55.従順たる道化②
クロンスは屋上にて、研修医タリラと対面していた。囚われたエリーを助ける為には、タリラを倒す必要がある。なので、どのようにして彼女に負けを認めさせるか、策を講じる。
「ふふっ。何か考えてるようだけど、私には筒抜けよん。」
タリラはそんなクロンスを小馬鹿にするように言う。しかし、クロンスは動じない。今はそれよりもタリラを倒す方法を考えたいからだ。
そうしてクロンスは屋上に設置されている柵へ触れることにした。それぞれ両端を手で触れる。すると、触れた部分はポロポロと剥がれるように腐っていく。
その拍子に柵が外れる。クロンスはそれを手に取る。神託の力で柵の端を腐らせて、武器にするのだ。
武器にする柵は彼女と同程度の長さ。右手にとって、早速タリラの元へと駆け出す。
「あららん。怖いわねぇ。」
彼女の近くで柵を振り回す。しかし、やはり手の内が読まれているのか、難なく避けられてしまう。
「乱暴なのはイヤよ。」
「なら、早く、どいて下さい。」
「んふふ。それは無理よん。」
人を小馬鹿にするタリラ。クロンスは汗を滲ませながら、次なる策を講じるのだった。
***
『ヤシキくん、くれぐれも気を付けて下さい。』
俺はクロンスさんの言葉を脳裏に浮かべる。彼女は今、研修医さんと戦っている。無理はしないでと言ったが、曖昧に笑う彼女は体を張ってしまうかもしれない。
だからこそ、俺は急ぐ。早く俺に会いたいという人に会って、エリーさんの安否を確認しなければ。
そうして校舎の北の棟へ到着する。渡り廊下を通ってそこへ足を踏み入れた途端、待ち構えていたのはフードを被った人間だった。その側にはエリーさんも居る。
「!エリーさん!怪我はない!?」
「ヤシキ!えぇ!アタシは無事よ!」
彼女に近寄る。どうやら本当に怪我はないようだ。俺はエリーさんの状態を確認すると、彼女の後ろにいる人間を見る。
「俺は来ましたよ。………だから、エリーさんは此処から離れさせて良いですよね。」
僅かな沈黙の後、フードを被った人間は口を開く。低く、重厚な声だ。
「良い。我はその女に興味などないからな。」
その物言いに腹を立てつつも、俺はエリーさんに向き合う。
「エリーさん。今、クロンスさんが研修医さんと戦ってるんだ。君に会うために。だから、解放されたって言いに行ってくれないかな。そうすればわざわざ戦わなくて良いだろうから。」
「ほう?果たしてそうかな。」
「…………何が言いたいんですか。」
割り込む男に苛立ちながら、その発言の意図を聞く。窓辺に腰掛けている男は愉快そうに答える。
「あの女は道理で動いてはいない。故に、戦う理由がなくとも戦い続けるだろう。己の享楽の為に。」
悔しいが、男の言い分は充分に理解できるものだ。確かに、研修医さんは自身が楽しむのを第一としている。だから、クロンスさんに戦う理由がなくなっても、逃がしてくれるかは分からない。
そう思っていると、隣にいるエリーさんは鼻を鳴らして声を発する。
「へぇ。なら簡単じゃない。アタシがクロンスちゃんに加勢して、研修医の先生を倒すわ。」
「………そっか。分かった。……研修医さんは心をよむ神託の力を持ってるから、気をつけてね。」
「心をよむ…。ヤシキ、それは遠くの人の心も読めるのかしら。」
俺は思い起こす。研修医さんは遠くの人の心も読めるのか。確か、彼女は突然現れた養護教諭の先生に驚いていたはずだ。つまり、遠くの人の心は読めない。心を読むのにも、何か条件がある筈だ。
「多分、読めないと思うよ。もしかしたら、近くにいる人の心しか読めないのかも。」
「なら安心したわ。思ったより、無敵ってわけじゃないわね。」
エリーさんは笑って、北の棟から去ろうとする。その前に、俺へ顔を合わせて言う。
「アンタも無理するんじゃないわよ。」
「うん。お互いにね。」
そうして、俺とエリーさんと別れた。




