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38.臆病者⑤

 突如始まった俺と研修医さんの勝負。勝利条件は簡単。俺が彼女を円の外に出せばいいだけだ。しかも、神託の力を使ってもいいとのこと。

 ならば話しは早い。俺は早速手を組んで、『無知なる愚者』を発動させる。それにより透明になった体で研修医さんへ近付く。


 そして、思い切り彼女を円の外へと押し出そうとした。がしかし、研修医さんは俺がここに居ると知っているかのように体をひねって回避をする。


 「言ったじゃない。私は物知りだって。貴方が今、何処にいるのか、何をしようとしているのかもお見通しなのよん。」


 そうだ。恐らく彼女は心が読めるのだ。それは相手の姿が見えなくても同様。つまりは、俺が彼女を押し出そうとしても的確に避けられてしまうというわけだ。

 どうしたものか考えていると、余裕綽々な研修医さんは鼻歌交じりに話を始める。


 「ねぇ?言ったじゃないのん。貴方は何かを成し遂げられる人間じゃないって。だって私をここから出すことすら叶わないんだものん。早く諦めちゃいなさいよ。みっともないわよん?」


 思えば、研修医さんは人を逆撫でする発言ばかりしている。心を読める彼女はそうすることで、人をおちょくり楽しんでいるんだろう。

 だが、心を読めるというのにそればかりしているのは何て勿体ないことなのだろうか。


 「……………。考え事をしても無駄よん。貴方如きの頭じゃあ打開策は出てこないもの。無駄な労力を掛けるのは賢くないわよん?」


 やや間を置いて、彼女は俺へと呼びかける。それでも、研修医さんの言葉は俺にとって何の意味もないものだ。だって彼女はただ相手を不快にさせて面白がっているだけ。そんな哀れな人間の言葉を聞く必要もない。


 「……哀れ…?たかが子供のくせに私を哀れむのかしらん…?」


 子供のくせに、なんて言うが研修医さんだってまだまだ青二才だろう。確か話では最年少で研修医になったらしい。そのため俺とはそれほど歳は離れていないはず。

 

 「そんなの、どうだっていいわ。」

 

 そうだ。どうだっていい。俺は貴方に興味なんかない。今日はただ証明したかっただけだ。俺は恐怖と共にでも歩むことが出来るという証明を。


 「証明?無理よん。だって、現に貴方は私を一歩も動かせてないものん。何故だか分かるかしらん?それは貴方が恐れているからよん。恐怖は私の耳によく届くもの。そのおかげで貴方の一挙手一投足が予想できるわん。」


 成る程。それはつまり、一時的にでも心を殺せば良いということか。そうすれば彼女は心を読めなくなり、俺のことを感知できなくなる。

 単純な話でよかった。


 「単純ねぇ。大口は叩くもんじゃないわよん。みっともない。」

 初めて会ったときと比べて、随分口数が増えましたね。俺は気付けましたよ。貴方の言葉が上っ面のものでしかないと。貴方の言葉自体は恐れるに足らないと。


 「………だったら、早く私を円の外に出してみなさい!」

 言われなくたってやりますよ。


 1,2度深呼吸をする。そして脳裏には友人やハインセさん、教師の姿を思い浮かべる。

 俺には彼らとの思い出がある。これからも増やしていけるものがある。だからそれを思うこの瞬間だけは恐怖から解放される。


 そうすれば、体だけでなく心もまた透明になれる。そんな気がするんだ。





 

 

 「…!?聞こえなくなった!?本当に、心を押し殺したって言うのん!?………きゃっ!?」


 研修医さんの背を押した俺は神託の力を解除する。そして円の外にでてしまった彼女を見る。


 「俺は貴方の趣味に口出しはしません。でも、これではっきりしたはずです。俺に構ったって面白くないって。」


 勝負は終わった。彼女を外に出した俺の勝ちだ。俺の証明はこれで完了した。

 たとえ恐怖を秘めていても人は、前に進める。

 

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