35.臆病者②
「あぁ、可哀想にねぇ。そんなに母親に見捨てられたのが悲しかったのかしらん。」
俺の頭には、前日の研修医さんの言葉が残り続けていた。こんなに彼女の言葉を反芻してしまうのは、それが事実だからで。
即ち、俺はやはり悲しかったのだ。前世において、母親に見向きもされなかったことが。だからこそ、来世を送ろうとする今でも人に見捨てられないかと怯えている。
でも、どうすれば良いんだ。人の心なんて読めないし、いつ変化するかも分からない。いつも楽しく過ごす友人や親代わりの人間だって、俺を見捨てるかもしれない。
「はは…。生まれ変わったのに、俺自身は変われてないや…。」
解決方法のでない問いを投げる。今はとにかく、研修医さんと会わないようにしよう。それが気休めの解決策だとしても、俺は内の不安を直視することなく過ごすことに決めたのだった。
そんな俺の決心虚しく、学園では研修医さんが面白がるように俺へ付きまとってきた。
「おはようヤシキくん。あららん?顔色悪いわねん。もしかして、昨日のことが原因かしらん?」
傷口に塩を塗りたくる彼女は何処か楽しげだ。それが一層俺を腹立たせる。
「やめてください。好き勝手言って。放っておいてくれませんか。」
「んふふ。そうもいかないわん。」
「…………どうして、そんなに構うんですか。」
俺は彼女を睨みつける。しかし研修医さんは怯むことなく、むしろ顔を綻ばせて穏やかに言った。
「だって、面白いんだもの。」
「は?」
「そんなに感情的になれるのって素敵よん。人間らしいものん。」
意味がわからなかった。それじゃあ、この人はたかが好奇心や趣味で他者を惑わす言葉を投げているのか。なんて身勝手なんだ。
「…………っ!」
得体のしれない相手に、俺は逃げ出す。きっと彼女には何を言っても無駄だろう。彼女は心のままに、他者へ踏み込むのだから。
我儘で、自分本意な在り方。でも、それが羨ましくもあった。
「あららん。……ヤシキくん!私は飽きるまで貴方につきまとうわよん!まだまだ知りたいことや見たいものがあるんだもの!」
研修医さんの声が廊下にこだました。




