34.臆病者
今日の保健室は人がごった返していた。それもその筈、なんと今日から研修医がやって来たからだ。噂によるとかなりの美人らしく、生徒は皆彼女目当てで保健室へ行っているらしい。
かくゆう俺も興味はある。なんというか、あれだけ人が集まっていてはイベントのようで浮足立ってしまう。
そのため、放課後になって早速保健室へと訪れることにした。さすがにこの時間にもなると生徒は少なくなっており、研修医さんを一目見ることは容易かった。
研修医さんは確かに、噂通りの美人だった。どうやら歳もかなり若いらしい。そうして眺めていると、ふと目が合う。
「あ、すいません。無遠慮に見てて。」
慌てて俺は謝る。しかし、彼女は不機嫌になることなく、むしろ声を弾ませた。
「いいのよん。思う存分私をみなさい。ヤシキトワくん。」
「あ、れ。俺、名乗りましたっけ。」
「いいえ。でも、私は物知りだもの。何だって知ってるのよん。」
研修医はそう言いながら、愉快な足取りで俺に近付く。少し怖い。思わず後退りするが、研修医さんは腕を引き寄せて急接近した。
「貴方、面白いわねん。」
「え、えと。顔に何か付いてたり…?」
「いいえ。見てくれじゃないわ。面白いのはここよん。」
俺の胸、心臓のある場所に彼女の指が触れる。いくら美人といえども、感じるのはドキドキではなく得体のしれない不気味さだった。俺は彼女の言っている意味が分からない。
「し、心臓がどうしたんですか…?」
「貴方の心臓、心は落ち着きがないわ。」
「それは、研修医さんに驚いてて、」
「いいえ。貴方のこれは驚きからじゃないわねん。言うなれば、不安や怯えかしらん?」
「…………ふ、不安と怯え…?俺が、いったい何に…。」
突然わけのわからないことを言われた。俺が不安がって、怯えている。彼女はそんなことを言う。けれど、俺には思い当たる節はない。その筈だ。きっと。
無意識に手を堅く握りしめると、研修医さんは怪しげに笑って言葉を続ける。
「そうねぇ。貴方は誰かに見捨てられるのが怖いのねん。」
「は…?い、いきなり、何を言ってるんですか。そもそも、俺は貴方と会ってまだ数分ですよ。なのに、何でそんなに知ったような、」
「知ったような、ではないわん。知っているのよ。言ったでしょう?私は物知りだって。」
彼女が物知りだなんて、そんな筈はない。たまたま俺の心を当てただけだ。占いと同じで、俺の特徴から偶然合致する話をしただけ。そんなのに耳を貸す必要はない。
「あぁ、可哀想にねぇ。そんなに母親に見捨てられたのが悲しかったのかしらん。」
「っ!俺、もう行きます!」
唐突に、彼女は母親のことを持ち出す。ハインセさんにだって話したことがないのに、何故研修医さんがそのことを知っているのか。
今の俺にはそんなこともどうでもよかった。今はただ、全てを見透かしたように笑う彼女から離れたかった。そうして、保健室を飛び出す。
「あららん。………また会いましょうねん。ヤシキくん。」
玩具を見つけたかのような、気分の良い声が去りゆく俺の後ろから掛けらるのだった。




