110.やり直しならば異世界へ!
雷を受けた明光くんの体は、まるで元々存在していなかったかのように、跡形もなく消える。塵のような光の粒になり、彼の体は風もないのに流れていった。
「…………終わった…。」
俺は肩の力を抜く。神、もとい明光くんはこの世界から居なくなったのだ。それはつまり、彼がかけた呪いも消えるということ。これで俺の望みは叶ったのだ。
「ヤシキくん!大丈夫ですか!」
教会の扉が勢いよく開く。中に入ってきたのはオッヘルくんを肩に担いだクロンスさんだった。やってきたのは彼女だけではない。エリーさんやリザベラ先輩、研修医さんと先生もいた。皆、ボロボロではあったが晴れやかな顔をしている。
担いでいたオッヘルくんを近くの椅子に下ろして、クロンスさんは近寄る。俺は心配させまいと、口を開く。
「大丈夫だよ。……もう、呪いを振りまく神様はいないから。だから、大丈夫。」
「!そうなんですね!」
朗報を聞いたクロンスさんは、ぱっと明るい表情になる。この顔を見た瞬間、俺は心の底から良かったと思えた。もう、彼女を苦しめるものはないんだ。
「一件落着、というわけだな。さて、帰るとするか。私は教会の修理について書類を作らなければな。」
手を合わせて先生は言う。書類、という単語を出した瞬間、僅かに瞼が動き苦しげな顔をしたが気のせいだろう。心の内で先生へ頑張れとエールを送る。
そんな先生を、研修医さんは愉快だと言わんばかりに笑う。
「あららん。大変ねぇ。」
「………タリラ。無論、貴様もやるのだ。学生じゃないんだからな。」
「え、い、嫌よん。楽しくない事務仕事なんて、ちょっと!引っ張らないで!?」
と、駄々をこねながら研修医さんは先生に引きずられていく。
「あたし達も、帰らなきゃね。よいしょっと。」
リザベラ先輩はそう言うとぐったりとした様子で椅子に座らされているオッヘルくんを引っ張る。どうやら彼を連れていくつもりらしい。手伝おうとした最中、俺よりも早くニィナさんがオッヘルくんの半身を支える。
「手伝うよ。…………その、うち、迷惑かけちゃったし。」
「…………ニィナちゃん、頭でも打ったの?」
「頭は打ってないよ!失礼だなぁ!」
「あははっ。ごめんね。それじゃあ2人でオッヘルくんを持っていこっか。」
3人の姿を見送る。残されたのは俺とクロンスさん、エリーさんだけだった。
「俺達も帰ろっか。」
「そうね。なんか、疲れたし。」
背伸びをするエリーさんに、クロンスさんは此処ぞとばかりに懐へ手を入れる。そして取り出したのはトカゲが乾燥した、彼女なりの非常食だった。それを俺達に近づける。とてつもない笑顔で。
「お疲れなら食べますか!沢山ありますよ!」
「え、遠慮しとくわ…。」
「俺も…。」
「なら私が全部食べちゃいますからね!」
「「どうぞどうぞ。」」
いつもの調子でクロンスさんはたらふくトカゲの干物を食べる。俺達は3人で、ゆっくり学校から帰る。普段のように、変哲もない帰り道を、友人と一緒に。
***
「ただいま帰りました!」
俺の声が家に響く。扉を開けた先には、ハインセさんがいた。
「おう。おかえり。丁度、飯ができたとこだぜ。」
「ほんとですか!?今日はお肉ですよね!?」
「そうだ。冷めないうちに食っちまおうぜ。」
「はい!」
リビングへ行き、テーブルへ座る。目前にはブロック状の肉が切り落とされて並べられていた。中々贅沢な感じだ。そして何よりも、料理を間に挟んだ先にはハインセさんがいる。彼は自分の作った料理に満足しているのか得意げな顔だ。
友人と帰宅し、家族と食卓を囲む。前世では考えられなかった光景だ。それが、当たり前のように存在してくれる。腹は空いているというのに、胸はいっぱいだ。
俺の異世界の生活はこれからも続いていく。前世とは打って変わった人生。何が起こるか分からないけれども、友と家族さえいれば問題はない。
緩む頬のまま、俺はハインセさん特製の料理に手を伸ばすのだった。
***
ヤシキが神と交渉をしてから十数年。彼の住む世界とは別の世界では、一人の男が墓前に立っていた。彼の頭上にはあの日を思い起こさせる、暖かな木漏れ日が差している。真冬の寒さを耐えるため着たコートも今日は用無しだ。
墓の近くにある道路へ1台の車が走る。音楽をかけているらしく、重低音が外にまで届いていた。されども、男は不快な顔をせずに墓前にたつ。花を供えて手を合わせる。
「まさか、八式って苗字だったなんてな。名前だと思ってた。」
独り言を呟く男は微笑み続ける。
「…………ありがとうヤシキ。オレ、今、楽しいよ。そうだ。週末には家族でドライブ行くんだ。事故らないように気を付けなきゃだよな。」
コートを脱ぎながら、男は墓をあとにする。
「じゃあなヤシキ。……お前の人生が良いものであるように、オレも祈ってるよ。」
そうして明光という名でもない、神という存在でもない、ただの人間の男は砂利の感触を確かめながら歩いていくのだった。




