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第九章:黒き城の武人

【前回のあらすじ】


弘前城の天守・弘前ひろさき さくらから、テンシュリアに存在したという古の黒い影の存在を知らされる和真。心の輝きを桜に認められ、8つ目の天守核と残りの天守の居場所がわかる地図を入手する。


残りの天守を確認すると、それは元の世界で『国宝』に位置付けられる天守ということに気づいたが…?

弘前ひろさき さくらが『友』と呼ぶ、温かく力強い南風に乗って和真と恭子は北国を後にした。眼下に広がる景色は雪景色から徐々に緑を取り戻し、やがて険しい山々が連なる雄大な中部山岳地帯へと変わっていった。


風は約束通り二人を信州・松本の近く…盆地を見下ろせる小高い峠の上で、そっと降ろしてくれた。


「着いたみたいだね、松本に…」


「ああ。桜さんには感謝しないとな」


眼下には広々とした盆地と城下町、そして黒く雄大な姿でそびえ立つ松本城が見えた。北国とは全く違う、澄んだ空気と力強い山々の息吹が感じられる。どこか張り詰めたような雰囲気も漂っていた。


峠を下り、松本の城下町へと入る。町並みは整然としており、武家屋敷と思われる立派な屋敷が多く見られる。道行く人々の目つきも鋭く、どこか尚武の気風が感じられた。弘前の穏やかさや高知の自由さとも違う、規律と実力を重んじるような空気だ。


情報を集めるために入った茶屋で二人は松本城の天守・松本剛まつもと たけしについての噂を耳にした。


「剛様かい? そりゃあテンシュリアでも右に出る者はいないと言われる、真の武人よ」


「曲がったことが大嫌いで何事も正々堂々。お力も半端じゃねえ。あの黒い『カラス城』は剛様の力の象徴。物理的な攻撃なんざ、赤子の手をひねるようなもんらしいぜ」


「最近はどうも城に籠もりっきりで、来る日も来る日も鍛錬に明け暮れておられるとか。なんでも、この辺りでもおかしなことが起き始めてるらしくてな…」


「ああ、聞いたぜ。古い鎧が勝手に動き出したり、鍛冶場の火が異常に燃え上がって手が付けられなくなったり…力そのものが暴走してるような気味の悪い話だ。剛様もそれを鎮めるために、ご自身の力をさらに高めておられるのかもしれん」


松本周辺では「力」そのものに関連する異変が起きているらしい。武人である剛にとってそれは自身の存在意義にも関わる、看過できない事態なのだろう。国宝五城の一角であり純粋な「武」を体現する天守との対面に、和真はこれまで以上の緊張感を覚えていた。


松本城は噂に違わず黒く・雄大で一切の無駄がない、機能美に満ちた城だった。黒漆喰で塗られた壁は光を吸収し、重厚な威圧感を放っている。五重六階の天守閣を中心に複数の櫓や渡り廊下が巧みに連結され、複雑かつ堅牢な防御網を形成していた。「カラス城」の異名はその黒い威容に由来するのだろう。


城門へと進むと、そこには槍を構えた屈強な衛兵たちが微動だにせず警備にあたっていた。彼らの佇まいには先の高知の衛兵のような軽やかさはなく、松本の武人らしい実直さと隙のなさが感じられた。


和真たちが近づくと、衛兵の一人が静かに、しかし鋭い声で制止した。


「何用かな」


その一言だけで、相手の実力が伝わってくるような重みがあった。


「私は犬山城の天守、犬山恭子。こちらは連れの相良和真。松本の天守、剛殿にお目通りを願いたい」


恭子が相手の空気に合わせるように、普段よりも落ち着いた声で名乗った。衛兵は僅かに目を見開いたが、動揺する様子は見せない。


「犬山の天守殿…遠路ご苦労である。して、御用向きは?」

「天守核について直接お話ししたい儀がある」

「…承知した。しばしお待ち願おう」


衛兵は短く答えると別の兵に取次ぎを命じた。待つ間、城門の周囲には張り詰めたような静寂が流れていた。やがて取次ぎから戻った兵士が「剛様がお待ちである。こちらへ」と二人を城内へと案内した。


城内もまた質実剛健そのものだった。装飾はほとんどなく、ただひたすらに広く、動きやすく、そして守りやすいように設計されている。すれ違う武士たちの目つきも鋭く、誰もが気を抜いていない。この城全体が一つの巨大な武芸道場のような雰囲気を醸し出していた。


案内されたのは城の中核部にある、広大な板張りの空間だった。道場、あるいは演武場と呼ぶべき場所だろうか。その中央に一人の巨漢が静かに立っていた。


年の頃は三十代ほどだろうか。身の丈は和真よりも頭二つ分は高く、鍛え上げられた肉体は黒光りする武者鎧のような装束に包まれている。その装束はまるで松本城の黒い壁そのものを纏っているかのようだ。腰には身の丈ほどもある巨大な太刀を差している。短く刈り込まれた髪。鋭く、しかし濁りのない真っ直ぐな瞳。言葉を発せずとも、その場にいるだけで空気を支配する圧倒的な「強者」の風格。彼こそが松本城の天守、松本剛に違いなかった。


「…犬山の娘か。そして異邦の者と見えるな」


剛は地響きのような低い声で言った。その声には感情の起伏はほとんど感じられない。ただ事実だけを述べているかのように淡々としている。


「わしが松本城を守る松本剛だ。用件は聞いている。天守核を求めに来たのだろう?」


「はい」和真はその威圧感に呑まれそうになりながらもはっきりと答えた。


「俺たちにはどうしても叶えたい願いがあり、そのために12の核を集めています」


「願い、か…」剛は僅かに眉をひそめた。


「力なき者の願いなど砂上の楼閣に等しい。真の願いとは、己の力で掴み取るものだ」


剛の視線が和真と恭子を射抜く。それは二人の覚悟と、そして何より「力」そのものを見定めようとする武人の目だった。


「天守核が欲しくば、道理は一つ」剛は、ゆっくりと腰の太刀に手をかけた。


「わが力を超えてみせよ。小細工は無用。この場で正々堂々、雌雄を決しようぞ!」


それは交渉の余地なき、純粋な力比べの宣告だった。国宝五城、最初の関門。松本剛との真剣勝負が始まる。


「二人まとめてかかってくるがいい。わしは逃げも隠れもしない」


剛は巨大な太刀を抜き放ち、静かに構えた。その姿には一点の隙もない。和真と恭子は顔を見合わせて頷き合う。一対一では勝ち目はないだろう。ここは連携で挑むしかない。


「行きます!」


恭子が先陣を切った。彼女は俊敏さを活かし、剛の死角に回り込もうとする。しかし剛は巨体に見合わぬ速さで反応し、太刀を一閃させた。


ズオォォッ!!


太刀筋は恭子を捉えていなかったが、その風圧だけで周囲の空気が裂けるような衝撃波が発生し、恭子の動きを阻害する。


「くっ…!」


恭子は咄嗟に防御結界を展開するが、剛は即座に距離を詰め第二撃を繰り出した。今度は太刀そのものが結界に叩きつけられる!


ドゴォォン!!!


凄まじい衝撃音と共に恭子の結界に大きな亀裂が走る。これまで対峙したどの相手よりも、桁違いの物理攻撃力だ。


「キョウコさん!」

「まだやれる!」


恭子は後退しながらも結界を維持し、さらにその形状を変化させる。硬い壁ではなく、衝撃を受け流す湾曲した盾のように。剛の猛攻を紙一重で捌き続ける。だが、明らかに防戦一方だ。


(パワーもスピードも、規格外だ…! あれにどうやって攻撃を当てる…!?)


和真は【解析】で剛の動きと鎧を分析する。


『対象:松本剛(天守)』

『能力:超常的な物理攻撃力・防御力・耐久力。卓越した武術技量』

『装備:黒曜鎧(仮称・物理ダメージ大幅軽減、自己修復機能あり)』

『弱点:…解析困難。動きに僅かな癖(右足重心?)、鎧の関節部分に構造的限界? 精神攻撃への耐性は未知数』


「弱点がほとんど見えない…!」


剛の強さは丸亀城の天守・丸亀まるがめ けいのような特殊能力ではなく、純粋な身体能力と武技に裏打ちされた、あまりにも真っ直ぐで揺るぎないものだった。


(物理攻撃はあの鎧には通じない。かといって精神攻撃なんて俺にはできない…! なら、やることは一つ!)


和真は【構築】スキルを発動。狙うは直接的なダメージではなく、剛の動きの阻害と恭子のサポート。


「【構築】足元!」


和真は剛が踏み込もうとした床板をスキルで瞬間的に泥のように軟化させた。剛は僅かに体勢を崩すが、すぐに立て直し和真を睨みつける。


「小賢しい真似を…!」


剛はターゲットを和真へと変更し、突進してきた。その速度は戦車が突っ込んでくるかのようだ。


「させるか!」


恭子が横から飛び出し、再び防御結界を展開して剛の前に立ちはだかる。同時に和真は【構築】で道場の太い柱の影から目くらましとなる煙幕のようなものを発生させた。


視界を奪われた剛の動きが一瞬止まる。その隙に、恭子は光の矢を放った。狙うは鎧の隙間…関節部分だ。しかし、光の矢は鎧の表面で弾かれ効果がない。やはり物理的な性質を持たない攻撃は通用しにくいらしい。


「ちっ…!」

「キョウコさん無理しないで! あの鎧は硬すぎる!」


煙幕が晴れ、再び剛が姿を現す。彼の表情は変わらないが、その瞳の奥にはわずかに苛立ちの色が見えた。


「…なるほど。異邦の者は搦め手、犬山の娘は守りとか。悪くない連携だ。だが!」


剛は太刀を大きく振りかぶった。その刀身に黒いオーラのようなものが集まっていく。


「わが『黒』は全てを砕く!」


渾身の一撃が振り下ろされる。それは、先ほどまでとは比較にならないほどの圧倒的な破壊力を持っていた。防御結界ごと恭子を叩き潰そうというのか!


「キョウコさん!!」


和真は咄嗟に【構築】で作り出せる限りの強度を持つ盾を生成し、恭子の防御結界の前に割り込ませた。


だが――


ドガァァァァァァァァァァンンン!!!


想像を絶する轟音と衝撃。和真の盾は一瞬で消し飛び、恭子の防御結界もガラスが砕け散るように派手な音を立てて粉々になった。二人を凄まじい衝撃波が襲う。


「ぐっ…あぁっ!?」

「きゃあああっ!!」


二人とも木の葉のように吹き飛ばされた。受け身を取る間もなく、道場の硬い壁に激しく叩きつけられる。視界が明滅し、全身の骨がきしむような激痛が走る。そのまま意識は深い闇へと落ちていった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


どれくらいの時間が経ったのだろうか。


最初に感じたのは薬草のような独特の匂いと背中に感じる柔らかな布団の感触だった。重い瞼をゆっくりと持ち上げると、見慣れない簡素な木造の天井が目に入った。


「…ここは…?」


掠れた声を出すと、すぐに近くから声が返ってきた。


「おお、気が付かれましたか」


見ると傍らには、白髪の混じった医官か薬師のような身なりの老人が座っていた。


「無理はなさらないでくだされ。酷い衝撃を受けておられましたが、幸い骨に異常はありませぬ。全身打撲と軽い脳震盪といったところでしょうな」


老人は穏やかな口調で説明した。


「あの…俺たちは…」


「剛様との立ち合いで気を失われたのです。ここは城内の一室。剛様のご命令で手当てをさせていただきました」


「剛さんが…俺たちを…?」


てっきり、敗北した自分たちは城外に放り出されるか捕らえられるかと思っていた。だが手当てを受けているとは…。


「隣の娘さんも先ほど意識が戻られましたぞ。もう心配はいりませぬ」


老人の言葉に和真は隣の布団に目をやった。そこには、顔面蒼白ながらも心配そうにこちらを見つめる恭子の姿があった。


「カズマ…よかった…」

「キョウコさんこそ…大丈夫か?」

「うん…なんとかね。でもすごかったね、あの人の一撃…全然、歯が立たなかった…」


恭子の声には僅かな恐怖と強者に対する畏敬のようなものが滲んでいた。和真も同感だった。あの「黒」の一撃は、次元が違う。まともに喰らえば命があったかどうか…。


「あの…剛さんは?」和真は老人に尋ねた。


「剛様は道場にてお待ちです」


「え…?」


「言伝を預かりました。『目が覚めたのならいつでも再戦に応じる。心が折れぬ限り何度でも挑んでくるがいい』と」


老人は剛の言葉を淡々と伝えた。その言葉に、和真と恭子は顔を見合わせた。殺すことも捕らえることもできたはずなのに、手当てをさせ、再戦の機会まで与える。それは敗者に対する侮辱ではなく、相手の挑戦を受けるという武人としての誠意であり、度量の大きさを示していた。


(これが…”国宝級”の天守…松本剛…)


その強さだけでなく器の大きさにも和真は打ちのめされるような思いだった。同時に、心の奥底で何かが燻り始めているのも感じていた。悔しさ、そして、このままでは終われないという反骨心のようなもの。


「…分かりました。ありがとうございます」


和真は老人にお礼を言うと、まだ痛む体をゆっくりと起こした。恭子も和真に支えられながら起き上がる。


「どうするカズマ? 再戦するって言っても…勝てる気がしないよ…」


恭子が不安げに呟く。


「…正直、俺もそうだ。でも…」和真は拳を握りしめた。


「ここで諦めたら、俺たちは何も得られない。それに剛さんは俺たちに『心が折れぬ限り』って言ってくれたんだ。なら、折れるわけにはいかないだろ?」


和真の瞳には再び闘志の火が灯っていた。


その日の午後は回復と作戦会議に費やされた。城の者が用意してくれた食事を取り、薬湯を飲んで体力を回復させながら二人は剛を攻略する方法について徹底的に話し合った。


「やっぱり、正面からのぶつかり合いじゃ勝てない。あのパワーと防御力は異常だよ」


恭子が腕を組んで唸る。


「ああ。俺の【構築】による防御もキョウコさんの結界も、あの『黒い一撃』の前には無力だった。物理的な攻撃や防御では限界がある」


和真も同意する。


「何か別の方法…でも、剛さんは小細工は無用って言ってたし…」

「いや、小細工じゃない。もっと根本的な…あの鎧そのものを無力化する方法はないか?」


和真は気絶する直前に【解析】で得た情報を反芻していた。解析困難なほどの防御力を持つ黒曜鎧。しかし、どんなものにも弱点や限界はあるはずだ。


(物理的な破壊が無理なら…内部に直接干渉する方法は? 例えば…音、とか?)


ふと、あるアイデアが閃いた。音波、特に超音波は物質を透過し、内部で共振や破壊を引き起こすことがある。あの鎧がどれだけ硬くとも、内部構造を持たないわけではないはずだ。もし鎧の固有振動数に近い超音波を叩き込むことができれば…?


「キョウコさん、もしかしたら…」和真は自身のアイデアを恭子に説明した。


「物理的な衝撃じゃなくて『振動』を鎧の内部に直接響かせるんだ。もしうまくいけば、鎧を壊せなくても中の剛さん自身にダメージを与えたり、体勢を崩させたりできるかもしれない」


「振動…? そんなことできるの?」


「俺の【構築】スキルなら可能かもしれない。超音波を発生させて、一点に集中させる装置を作る。問題は…どうやってあの剛さんの懐まで近づいて当てるかだ」


それは極めて危険な作戦だった。剛の攻撃範囲に飛び込み、至近距離でスキルを発動する必要がある。一瞬でも隙を見せれば今度こそ命はないだろう。


「…やるしかない、か」恭子は覚悟を決めた顔で頷いた。


「私がもう一度、全力であの人の注意を引きつけて隙を作る。カズマはその一瞬に賭ける…そういうことね?」


「ああ。キョウコさんには危険な役を頼むことになるけど…」


「いいよ。カズマの作戦を信じる。それに、私もあの人に一矢報いたいからね!」


恭子の瞳にも強い決意の光が宿る。二人は再び立ち上がった。敗北を知り、それでもなお折れなかった心が二人をさらに強く結びつけていた。


翌日。再びあの広大な道場へと足を踏み入れる。中央には変わらぬ威容で松本剛が静かに立っていた。その姿は、まるで黒い山のようだ。


「…来たか」剛は二人を見ると、短く言った。


「心が折れていなかったこと、まずは褒めてやろう。だが覚悟はできているな? 次は手加減できんかもしれんぞ」


「望むところです!」和真と恭子は同時に叫んだ。


再戦の火蓋が切って落とされる。


剛の攻撃は前回同様、いや、それ以上に激しさを増していた。太刀から繰り出される斬撃と衝撃波が道場を縦横無尽に駆け巡る。


「させない!」


しかし、恭子の動きは前回とは明らかに違っていた。ただ受け止めるのではなく、より積極的に動いて剛の攻撃を予測し、受け流し、いなしていく。防御結界の形状を瞬時に変化させ、臨機応変に対応していた。犬山城の「柔軟な防御」が、極限の状況下でさらに研ぎ澄まされていた。


「ほう…少しは動きが読めるようになったか、犬山の娘!」


剛は感心したように言いながらも攻撃の手を緩めない。


「当たり前でしょ! 同じ手が何度も通用すると思うな!」


恭子は必死に剛の猛攻を凌ぎながら、和真が懐に飛び込むための「一瞬」を作り出そうとしていた。和真もまた、その瞬間を逃すまいと神経を研ぎ澄ませていた。


(今じゃない…まだだ…!)


剛の動きには隙がない。和真は【構築】で作り出した煙幕や閃光で援護しつつ、タイミングを待つ。


そして、ついにその時が来た。恭子が自身の防御結界を盾のように前方に突き出し、剛の視界を完全に塞いだのだ。それは前回の敗北を招いた「黒い一撃」を誘うかのような、捨て身の陽動だった。


「愚かな! 同じ轍を踏むか!」


剛は予想通り、太刀に黒いオーラを集束させて最大の一撃を放とうとする。そのほんの一瞬の予備動作――そこに、僅かながら最大の隙が生まれていた!


「今だ! カズマ!」


恭子の絶叫と同時に和真は地面を蹴った。目標は剛の懐、鎧の胸部! 全神経を集中させて【構築】スキルを発動! 両腕に超音波発生・集束装置を瞬時に形成する!


「【構築】! インパクト・ソニック!!」


剛が「黒い一撃」を放つよりも早く、和真は剛の胸元に到達して両腕から不可視の衝撃波を叩き込んだ!


ドォン!!!


物理的な音ではない。鎧の内部に直接響き渡るような、鈍く、重い衝撃音。


「なっ…!? ぐぅぅっ…!?」


剛の体が大きく揺らいだ。内側から突き上げるような未知の衝撃に、彼の屈強な肉体が悲鳴を上げる。太刀を握る手が緩み、不動の山のような巨体がついに片膝をついた。


「…馬鹿な…わしの鎧が…いや、内部に直接…?このような技が…」


剛は、信じられないといった表情で和真を見上げた。


和真もまた、肩で息をしながら膝をついた剛を見下ろしていた。勝った、という実感はない。自分たちの全力をぶつけ、ほんの少しだけ、この絶対的な強者を揺るがすことができた、という事実だけがあった。


道場には静寂が戻っていた。片膝をついたまま剛はしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと立ち上がり、太刀を鞘へと納めた。そして和真と恭子に向き直る。その表情には驚きと、かすかな称賛の色が浮かんでいた。


「…見事だ」剛は静かに、しかし力強く言った。


「まさか一度打ち破った相手がこれほど早く立ち直り、わしの剛を破る策を見つけ出してくるとはな」


剛は自身の敗れ(というよりは、一本取られたこと)を潔く認めた。二人が諦めずに挑んできたその「心」の強さを称賛するようだった。


「お前たちの勝ちだ。約束通り、わしの天守核を渡す」


剛は懐から、黒曜石のように深く重々しい輝きを放つ天守核を取り出した。その輝きは、彼の揺るぎない精神と強靭な力を象徴しているかのようだ。


「お前たちならば託すに値しよう。受け取れい!」


剛はまるで秘伝の巻物を授けるかのように、厳かに天守核を手渡した。九つ目の天守核。国宝級の天守最初の、そして最大の難関を突破した証。その重みと責任を、和真は両手で確かに受け止めた。


「ありがとうございます、剛さん。この核に込められた想い、決して忘れません」


和真は心からの敬意を込めて、深く頭を下げた。


「それで、次はどこへ向かう?」剛が尋ねる。


「地図によれば、次は近江・彦根です」


「彦根か…」剛は僅かに眉根を寄せた。


「天守の名は『彦根ひこね 桔梗ききょう』…その戦い方は、わしとはまるで正反対と聞く。策謀や仕掛けを得意とする、油断ならぬ相手だ。わしのような真っ直ぐな戦い方ではおそらく通じんだろう。くれぐれも注意していくがいい」


剛は次の相手についての的確な情報を、武人らしい簡潔さで与えてくれた。


「ここから彦根までは険しい山々を越えねばならんが…」


剛は傍らに控えていた部下の一人に目配せした。


「しばし待て。長旅に耐えうる、最上の馬を用意させよう。わしからの餞別だ。達者でな」


空間転移のような派手さはないが、実直な彼らしい最大限の配慮だった。和真と恭子は用意された二頭のたくましい駿馬に跨り、黒く雄大な松本城を後にした。


一度は打ち砕かれた心が再び燃え上がる。九つの天守核が袋の中で確かな重みを増していた。残るは三つ。いずれも国宝の天守なので強敵だろう。和真と恭子は次なる目的地、策謀渦巻くという彦根城へと気を引き締めて馬を進めた。


旅はいよいよクライマックスへと近づいていた。

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