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第七章:空駆ける悪戯(いたずら)

【前回のあらすじ】


宇和島城の天守・宇和島うわじま 珠子たまこと協力し、海の異変の元凶だった『深淵ノ主』を撃破した和真と恭子。6つ目の天守核を手に入れた2人の旅は、ようやく折り返し地点に到達したのだった。

宇和島の天守・珠子から託された六つ目の天守核は、まるで清らかな海の心そのもののように和真の手の中で静かな輝きを放っていた。彼女の切なる願いと海の生物たちの想いを受け止め、一行は再び東へと船を進めた。珠子が示した次なる目的地は「空間」のことわりを操るという天守が待つ土地、高知。


数日間は比較的穏やかな航海が続いた。甲板で海風に当たっていた和真は、ふと船べりに座って何かを熱心にいじっている恭子の姿に気づいた。


「キョウコさん、何してるんだ?」


「ん? ああ、これ?」恭子は少し驚いたように顔を上げ、手のひらに乗せていた小さな木片を隠すように握りしめた。


「うーんと、ただの暇つぶしだよ。手持ち無沙汰だから、漂着した木でも削ってみようかなって」


「へえ…器用なんだな」


「まあね! これでも、お城の手入れとか見て育ったんだから!」


和真がそれ以上尋ねる前に恭子は「ちょっと休憩してくる!」と言って、そそくさと船室へ戻ってしまった。和真は少し不思議に思いながらも、それ以上深くは追求しなかった。


そんな出来事も忘れてしまうくらい、その後の船旅は以前にも増して奇妙なものになった。海の荒れ模様は相変わらずだったが、それに加えて和真たちは不可解な「空間」の異常に遭遇し始めたのだ。


ある時は船が一瞬別の海域にいるかのような景色を見たかと思うと、次の瞬間には元の場所に戻っていた。またある時は濃い霧に包まれたかと思うと、コンパスも星の位置も全く当てにならず丸一日近くも同じ場所をぐるぐると彷徨い続ける羽目になった。


船乗りたちの間では「この海域は神隠しに遭う」「時空が歪んでる」といった恐ろしい噂が囁かれ、彼らの顔には疲労と恐怖の色が濃く浮かんでいた。


「空間の歪み…珠子さんの言っていた通りだ。異変は海や大地だけでなく、空間そのものにも及び始めているのか…?」


和真は不安定に揺らぐ水平線を見つめながら、深刻な表情で呟いた。天守核を集めるごとに世界の崩壊が加速しているのではないかという疑念は、もはや無視できないほど大きくなっている。だが今さら引き返すこともできない。進む先に答えがあると信じるしかなかった。


数日後、疲労困憊の船旅の末ようやく目的の港へと辿り着いた。港は活気に満ち溢れていたが、どこかせわしなく、落ち着かない雰囲気が漂っている。人々は足早に行き交い、ふっと角を曲がった人物がまるで瞬間移動でもしたかのように、すぐさま別の場所から現れたりする。気のせいかと思ったが、どうやらこの町ではそういった不可解な現象が日常の一部となりつつあるらしい。


町で高知城の天守・高知海斗こうち かいとについて尋ねてみると、返ってくるのは彼の不思議な能力に関する噂ばかりだった。


「海斗様かい? ああ、わしらの守り神様よ! けどまあ、掴みどころがないお人じゃな。神出鬼没でどこから現れるか分からん」


「瞬間移動なんざお手の物らしいぜ。この前も市場で財布をスラれそうになった時、いきなり海斗様が現れて犯人を捕まえてくれたんだ!」


「けど最近はその海斗様も頭を悩ませちゅうみたいじゃ。町ん中で、人がいきなり違う場所に飛ばされたり道が繋がらなくなったり、おかしなことが増えちゅうき。海斗様がなんとかしてくれゆうけんど、異変の力が強うなっちゅうのかも…」


高知の町もまた、空間的な異変の影響を受け始めていた。人々は守護者である海斗を信頼しているようだが、その裏には隠しきれない不安が漂っている。


和真と恭子は、ひとまず高知城を目指してみることにした。城は町の中心部に堂々とそびえ、天守閣と追手門が独特の配置で見事に調和している。しかし、城に近づいても海斗の気配は全く感じられない。城の衛兵に聞いても「海斗様はおられる時もあれば、おられぬ時もある」と要領を得ない返事ばかり。


「どうする? 城で待っていても会えるか分からないぞ」


「うーん、困ったね…。こんなに気配がないなんて、まるで存在してないみたい」


恭子が途方に暮れたように言った、その時だった。


「おーい! 君たちが噂の天守核コレクターさんかい?」


突然、すぐ背後から明るく人懐っこそうな声がした。驚いて振り返ると、そこには軽やかな旅装束に身を包んだ快活な笑顔の青年が立っていた。歳の頃は和真たちと同じくらい。少し癖のある髪が風に揺れている。


「あなたが…高知海斗さん?」和真が尋ねる。


「いかにも!」青年はニパッと笑った。「…って言いたいところだけど」


次の瞬間、青年の姿が掻き消えて声だけが頭上から降ってきた。


「残念、そいつはただの『残像』だよん!」

「なっ…!?」


慌てて見上げるが、そこには誰もいない。


「こっちこっちー!」


今度は少し離れた屋根の上から声がする。見ると、先ほどの青年が悪戯っぽく手を振っていた。


「なんなんだ、一体…!」


「あはは! 俺に会いたかったんだろ? 簡単には捕まらないぜ?」


青年――高知海斗は、まるで和真たちをからかうのを楽しむかのように次々と場所を変えながら話す。空間転移能力を遊びのように使っているのだ。


「ふざけないでください! 俺たちは、あなたに話があって…!」


「話なら俺に触れることができたら聞いてやるよ」


海斗は屋根から飛び降り軽やかに着地すると、にやりと笑った。


「ただし、この街全体が俺の庭だ。さあ、楽しい楽しい鬼ごっこの始まりと行こうか!」


海斗はそう言うと再び姿を掻き消した。


「待て!」


和真と恭子は海斗が消えた方向へと駆け出した。しかし、そこには何の痕跡も残っていない。七人目の天守との接触は、これまでの誰とも違う、あまりにもトリッキーな形で始まった。


高知の街全体を舞台にした海斗との「鬼ごっこ」は熾烈を極めた。


「あっちだ!」


「いや、こっちに気配が!」


海斗は瞬間移動を繰り返し、和真たちを翻弄する。市場の喧騒の中に紛れたかと思えば、次の瞬間には寺の鐘の上に座っていたり、川の対岸から手を振っていたりする。物理的な戦闘能力は高くないのかもしれないが、その空間操作能力は驚異的だった。


「くそっ、追いつけない…!」


「カズマ落ち着いて! あの動き、よく見ると…!」


恭子は持ち前の勘と観察力で、海斗の動きの中に僅かなパターンや予兆を見つけ出そうとしていた。犬山城の「地の利を読む」能力が空間の繋がりや歪みに対しても微かに反応しているのかもしれない。


和真も【解析】スキルをフル活用する。海斗自身の動きだけでなく、彼が移動した後の空間に残る微かなエネルギーの残滓や空間の歪みの兆候を読み取ろうと試みた。


『空間歪曲(微弱)を検知。座標XXX, YYYに転移の可能性 高』

『エネルギー残滓分析:転移パターンに特定の偏りあり? 短距離・視認可能範囲への転移が比較的多い』


「キョウコさん! あいつ、意外と近くにばかり飛んでるかもしれない! それに飛ぶ前に一瞬だけ空間が歪む!」


「本当!? よし、なら…!」


二人は連携し、和真が【解析】で転移の兆候を捉えて恭子がその予測地点へと先回りするように動く。何度か空振りはあったものの、次第に海斗の動きを捉えられるようになってきた。


しかし海斗は一枚上手だった。追いつかれそうになると今度は空間そのものを歪ませて妨害してきたのだ。まっすぐな道が突然曲がりくねって見えたり、短い距離が果てしなく遠く感じられたり、同じ場所を何度もループさせられたり…。


「うわっ!? なんだこれ!?」


「ループさせられてる! どこかで道を変えないと!」


物理的な戦闘よりも、むしろ精神的な消耗が激しい。海斗の悪戯のような妨害に、和真は次第に焦りを感じ始めていた。


(くそっ、遊ばれてるだけじゃないか…! このままじゃ埒が明かない! それに、こんなことしてる間にも世界の異変は…!)


焦りが募り、余計なことまで考え始めてしまう。


(本当に俺は元の世界に帰れるのか…? テンシュリアの異変が天守核を集めているせいだとしたら…?そもそも、願いが叶うなんて伝説は本当なのか…?)


焦り、不安、そして罪悪感。様々な感情が渦巻き、和真の足が重くなる。集中力が切れて反応が鈍り始めた。


「カズマ! 危ない!」


恭子の鋭い声と、ドンという衝撃。気づけば恭子が和真を突き飛ばし、和真がいた場所に瓦礫のようなものが落下していた。海斗が空間転移で落としてきたのだろう。


「…悪い、キョウコさん。助かった…」和真は地面に手をつき、息を切らしながら謝った。


「しっかりしてよ! らしくないじゃない、カズマ」


恭子は和真の隣にしゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んだ。その瞳にはいつもの快活さだけでなく、和真の苦悩を理解しているかのような深い色が浮かんでいた。


「…少し、自信がなくなってきたんだ」和真はぽつりと本音を漏らした。


「俺のやってることが、本当に正しいのかどうか…。元の世界に帰りたい。でも、そのためにこの世界を危険にさらすことになるかもしれない。それに…天守核を集めたって、本当に願いが叶う保証なんてどこにもないじゃないか…」


弱音と共に、心の奥底にあった不信感まで口にしてしまう。そんな和真の言葉を、恭子は黙って聞いていた。彼女は和真の悩みの全てを理解しているわけではないだろう。しかし、和真が深い迷いと不安の中にいることは痛いほど伝わっているようだ。


恭子はおもむろに、自身の懐から何かを取り出す。


それは恭子が船の上で隠すようにいじっていた小さな木彫りの札だった。手のひらに収まるほどの大きさで、恭子の故郷である犬山城の天守閣が彫られている。その優美で気高い姿が小さな木片に見事に再現されていた。


「これ、あげる」


恭子は少し照れたような、でも真剣な眼差しでその木札を和真の手に押し付けた。


「え…? これって…」和真は驚いて恭子を見る。


「うん、私が作ったんだ。犬山城のお守り。旅の途中で少しずつ削ってたの」


恭子ははにかんだ。


「カズマが今何に悩んでるのか、私には全部は分からないかもしれない。異変のこととか願いが本当に叶うかとか…そんな難しいこと、考えても今は答えなんて出ないよ!」


きっぱりとした口調だった。それは悩みを否定するのではなく、今はそれよりも優先すべきことがある、という彼女なりの叱咤激励のようだった。


「でも一つだけ確かなことがあるでしょ?」恭子は続けた。


「高知海斗を捕まえない限り、私たちは先に進めない。願いを叶えるかどうかも、異変をどうにかするかも、全部その先の話じゃない!」


恭子の言葉は、複雑に絡み合った和真の思考を目の前の現実に引き戻した。


「それにね、カズマ」恭子の声のトーンが少し和らぐ。


「カズマが思ってるほどカズマは無力じゃないよ。霞さんの霧も、京さんの石壁も、宇和島の海中戦だって、カズマのスキルや勇気があったから突破できたんじゃない。私一人じゃ絶対に無理だった」


彼女は和真への絶対的な信頼を口にした。それはお世辞や気休めではなく、これまでの旅で実感してきた本心からの言葉に聞こえた。


「だから信じてる。カズマなら、あの空間操作だってきっと破れるって。…私だって自分の叶えたい願いのためにここまで来たんだ。カズマがここで諦めたら、私の願いも叶わない。だから…ね?」


恭子は少しだけ照れたように視線を逸らしながらも、和真の手をぎゅっと握った。


「だから、今は難しいこと考えるの一旦お休み! まずは目の前のアイツを捕まえる! それだけ考えよう! …この木札はそのための…なんていうか『約束の印』みたいなものかな。絶対諦めないっていう、私とカズマの」


恭子の揺るぎない信頼と、共に困難に立ち向かおうという強い意志が和真の心に再び火を灯した。そして手のひらの木札の温もりが、確かな絆の存在を伝えてくる。


(そうだな…今は立ち止まっている場合じゃない。悩むのは後だ。まずは目の前の壁を…あの海斗を超えなければ…!)


「…ありがとう、キョウコさん」和真は恭子の手を握り返し、力強く頷いた。


「俺、もう少し頑張ってみるよ。まずは絶対あいつを捕まえる!」


「うん、その意気!」恭子は満足そうに笑って立ち上がった。


「よし、じゃあ作戦会議! あの空間使いをどうやって捕まえようか!」


和真も立ち上がり、恭子からもらった犬山城の木札をポケットにしまい込んだ。小さな木札が迷いを振り払い、進むべき道を照らす確かな道標のように感じられた。


その瞬間、異変が起きた。二人が追いかけていた路地の先で空間がぐにゃりと歪み、まるでガラスが割れるような音と共に黒い亀裂が出現したのだ。亀裂の向こう側には禍々しい何かが蠢いているのが見える。


「なっ…! あれは!?」


「空間の裂け目…! まずい、あれに吸い込まれたら…!」


裂け目は徐々に広がり、周囲の建物や物品を吸い込み始めている。


「ちっ…! こんな時に面倒な!」


少し離れた屋根の上から海斗の舌打ちする声が聞こえた。彼は鬼ごっこを中断し、裂け目を塞ごうと両手をかざして空間エネルギーを集中させている。だが裂け目の拡大する力の方が強いのか、彼の額には汗が浮かび、表情には苦悶の色が見える。


「海斗さん! あんたの力でもあれは止められないのか!?」


「うるさい、 俺の力を舐めるな! …と言いたいところだが、最近どうも調子が悪くてな…。この世界の空間自体が不安定になってやがるんだ!」


海斗もテンシュリアの異変の影響を受け、その能力を完全には制御できなくなっているらしい。


(世界の空間が不安定…? だからあんな異変が…そして海斗さんの力も…)


和真は、この状況を打開する鍵が自分にあるかもしれないと直感した。


(海斗さんの力はこの世界の空間法則に基づいている。でも、俺は異邦人だ。この世界の理に完全には縛られていない可能性がある…それなら…!)


和真は恭子に叫んだ。


「キョウコさん! あの裂け目は俺が何とかするから海斗さんの援護を!」

「えっ!? カズマ、何を…?」

「いいから!」


和真は裂け目に向かって走り出すと、両手を前に突き出し【構築】スキルと【解析】スキルを同時に発動させた。


(空間の歪みを【解析】し、その流れを読む…そして【構築】スキルでその歪みを固定する!)


それは、これまでやったことのない全く新しい試みだった。物質ではなく「空間」そのものを操作しようというのだ。異邦人である自分ならあるいは可能かもしれないという、一縷の望みに賭けて。


和真の手に淡い光が集まる。それは物質を作り出す時の光とは違い、不安定で、空間そのものを掴み取るような奇妙な感覚だった。


「うおおおおっ!!」


渾身の力を込めて裂け目に向かってスキルを発動する。裂け目の縁の空間が、まるで凍りつくかのようにピタリとその動きを止めた。 拡大が止まったのだ。


「なっ…!? おい異邦人! お前、何をしやがった!?」


屋根の上から海斗の驚愕の声が響く。自分の専門分野であるはずの空間操作を、和真がいとも容易く(見える形で)やってのけたことに信じられないといった様子だ。


(よし…! やっぱり、俺はこの世界の法則の外側にいる…!)


確信を得た和真は、さらにスキルを応用する。


(次は…海斗さんのいる屋根まで…!)


【解析】で自身と海斗の間の空間座標を正確に把握し、【構築】スキルでその二点間を結ぶ「ありえない近道」――ごく短距離、ごく短時間だけ存在する空間のトンネルのようなものをイメージして生成する。


景色がぐにゃりと歪み、次の瞬間、和真は海斗がいる屋根の上に立っていた。瞬間移動ではない。空間を無理やり繋げたのだ。


「…ははっ」


目の前に突然現れた和真を見て海斗は驚きを通り越し、もはや笑うしかないといった表情を浮かべていた。


「俺の『庭』で俺より上手く空間を弄るとはな…降参だ、異邦人。お前の勝ちだよ」


海斗は両手を挙げ、あっさりと敗北を認めた。


「いやー参った参った! まさか空間そのものを固定したり繋げたりする奴がいるなんてな!」


近くの茶屋で一息つきながら、海斗は実に楽しそうに笑っていた。あれだけ翻弄されたのが嘘のように、今は気さくな態度だ。恭子はまだ少しむくれているが。


「お前のその力…【解析】と【構築】とか言ったか? それは、どうやらこのテンシュリアの物理法則や空間法則をある程度無視できるみたいだな。異邦人ならではの特別な力ってわけだ」

「みたいですね…自分でも驚いてます」


「その力があれば…最近頻発しているこの忌々しい空間の歪み…異変に対して、何かできるのかもしれんな」


海斗は少し真剣な表情になった。


「正直俺の力だけでは、あの裂け目を完全に塞ぐのは難しかった。世界の歪みが俺の能力のキャパシティを超え始めてるんだ」


海斗もまた、世界の異変に深く苦慮していたのだ。彼の軽薄に見える態度の裏には、守護者としての責任感と焦りがあった。


「そうだ、これが目的だったよな」


海斗はそう言うと、何もない空間に手を差し入れた。するとその手の中に、きらめく星空を閉じ込めたような深い藍色の天守核がスッと現れた。


「これが高知城の天守核。俺とこの土地の空間を繋ぐ『座標』そのものだ」


海斗は、それを和真に差し出した。


「お前に託そう。その不思議な力で有効に使ってくれ。…それでだ」


海斗は悪戯っぽく笑った。


「もしお前の願いが叶う日が来たらさ、ついででいいからこの歪みきったテンシュリアの空間を、ちょちょいと元に戻す手伝いをしてくれよな? 頼んだぜ、異邦人!」


それは忠告でも願いでもなく、まるで友人に頼み事をするかのような軽い口調だった。だがその言葉には、この世界の未来を和真に託すという確かな期待が込められているように感じられた。


「…分かりました。できる限りのことは、やってみます」


和真は海斗の期待に応えたいという気持ちと、まだ拭えない葛藤の間で揺れながらも七つ目の天守核を受け取った。これで残るは五つ。


「それで、次はどこへ行くんだ?」海斗が尋ねる。


「特にアテはないんですよね…何か情報があったりしますか?」


「伊予に丸亀、宇和島にももう会ってるんだよな…。そしたら後は”弘前”くらいしか知らんな…」


「弘前…って、ここからだと船を乗り継いでも数ヶ月はかかる距離だよ!?」


恭子が声を上げる。これまでにないほど長い旅路になりそうだ。


「…まあ安心しろ。面白い奴にはサービスしてやるのが俺の流儀だ」


海斗は立ち上がると、再び悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「 俺の空間転移で、その弘前までひとっ飛びさせてやるよ!」

「えっ、本当ですか!?」

「おう! ただし!」海斗はニヤリと笑った。


「着地点の正確な保証はなしだ! 最近は空間が不安定だからな。ま、せいぜい頑張れや!」


海斗が指を鳴らすと、和真と恭子の足元に眩い光の魔法陣のようなものが現れた。


「うわっ!?」

「きゃあ!」


次の瞬間、強烈な浮遊感と共に二人の体は光に包まれ、景色が急速に捻じ曲がっていく。空間転移が始まったのだ。


「それじゃあなー! この茶屋は奢っといてやるから、達者でやれよー!」


海斗の呑気な声が遠ざかっていく。薄れゆく意識の中で、和真はポケットの中の木札をぎゅっと握りしめた。


強烈な眩暈と衝撃の後、和真と恭子は硬い雪の地面の上に叩きつけられるようにして放り出された。


「いって…!」


「うぅ…ひどい目に遭った…」


二人同時に呻き声を上げ、ゆっくりと身を起こす。周囲を見渡すと、そこは先ほどまでの温暖な港町とは似ても似つかぬ、見渡す限りの銀世界だった。


冷たい風が吹き抜け、粉雪が舞っている。遠くには雪を被った山々が連なり、近くには葉を落とした木々が寒々と立ち並んでいる。


「ここ…どこだ…?」


「さ、寒い~~~!!」


恭子は腕をさすりながら震えている。間違いなく、ここは北国だ。


「た、多分…弘前の近くなんだと思うけど…海斗の奴、本当に正確な場所までは制御できなかったみたいだな…」


海斗の無責任な言葉を思い出し、和真はため息をついた。無事に目的地近くまで来られたのは幸いだが、ここからまた新たな探索が始まるのだ。


和真は無意識のうちにポケットに手を入れた。指先に小さな木札の感触が伝わる。あのときの恭子がくれた言葉と木札の温もりが、今の和真を支えていた。


(悩んでばかりもいられない。今は進むしかないんだ)


和真は白い息を吐きながら、雪景色の中にそびえるであろう次なる城へと想いを馳せた。残る天守は五人。旅はいよいよ終盤へと差し掛かろうとしていた。北の地で待ち受ける新たな出会いと試練に向けて、和真は決意を新たに雪を踏みしめた。

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