第三章:翠巒(すいらん)の孤守
【前回のあらすじ】
【解析】と【構築】のスキルを得て異世界・テンシュリアへと転生した和真。12個の”天守核”を集めれば願いが叶うという。天守の1人である犬山恭子と共に天守核集めの旅を始めた和真は、2人目の天守・丸岡 霞に接触する。
霞に与えられた試練を突破した一行は無事2個目の天守核を入手した。次なる目的地は備中松山城。旅はまだまだ始まったばかりである。
丸岡城の天守核を手にした和真と恭子は、次なる地を目指して西へと歩みを進めていた。丸岡霞から得た情報は少なかったが、「変わり者の山の守り人」と評された備中松山城の天守・備中蒼月に会うべく、二人の足は自然と山々が連なる方角へと向かっていた。
丸岡城での試練と戦闘は和真にとって大きな経験となった。
自身のスキル【解析】と【構築】、そして恭子の天守としての能力。それらを組み合わせることで格上の相手とも渡り合えることを確信できた。この異世界で生き抜き、元の世界へ帰るという目標も案外かんたんに達成できるのではないだろうか。
「それにしても、霞さんの霧と幻術は厄介だったねー」
「ああ、本当に。キョウコさんの防御がなかったらどうなっていたか…」
「カズマの解析と即席の風起こしがなきゃ、私も危なかったよ。私たち結構いいコンビじゃない?」
恭子は悪戯っぽく笑いながら和真の肩を軽く叩いた。確かに、出会って間もない割には二人の連携は驚くほどスムーズだった。互いの能力を理解し、補い合う。それは、この過酷な旅において何より心強い要素だった。
数日歩き続ける中で、道中の風景は緩やかに変化していった。
なだらかな丘陵地帯が終わり、次第に険しい山々が連なる地形へと変わっていく。空気はより澄み渡り、木々の緑も一層深みを増しているようだ。時折、切り立った崖や深い渓谷が姿を現し、自然の雄大さと厳しさを同時に感じさせた。
ある夜。焚き火を囲みながら和真はふと、ずっと心の内で引っかかっていた疑問を口にした。
「なあ、キョウコさん。ちょっと聞きたいんだけど…」
「ん? なあに?」
「犬山城とか、丸岡城とか…キョウコさんたちの名前や城の名前なんだけどさ」
「うん、それがどうかした?」
「いや…実は、俺がいた世界にも同じ名前の古い城があるんだ。日本っていう国の、古いお城で」
和真の言葉に恭子はきょとんとした顔で瞬きした。
「へえ? カズマの世界にも? 犬山城と丸岡城が?」
「ああ。もちろん、キョウコさんや霞さんがお城そのものってわけじゃないけど…名前だけじゃなくて、特徴も少し似てる気がして。犬山城が川のそばの小高い丘の上にある感じとか、丸岡城が古くて霧が多いっていう話とか…」
偶然にしては出来すぎている。和真が「テンシュリア」に来てからずっと感じていた違和感だった。
恭子は顎に手を当て、うーんと唸った。
「カズマの世界の『お城』ねぇ…。そういえば、古い言い伝えで聞いたことがあるかも」
「言い伝え?」
「うん。『異邦人』は、私たちとは違う理の世界から来るって話だけど、その中にはテンシュリアの成り立ちに関わるような知識を持ってくる者もいた…とか、テンシュリアの天守や城郭は異邦人の故郷にある『何か』を映したものなんじゃないか…とかね。まあ、昔話みたいなものだけど」
恭子の言葉は、和真の中で点と点を繋げる鍵となった。
(やっぱりそうなのか…? この世界は俺がいた世界の城郭をモチーフにしてる…? だから、俺の持ってる城の知識がここで役立つことがあったのか…?)
それは、自分の存在がこの異世界と何らかの形で結びついている可能性を示唆していた。単なる偶然の転生ではないのかもしれない。
「そっか…だからキョウコさんは、俺が『異邦人』だってすぐに気づいたのかもな。俺の使った知識や技術が、この世界の常識から外れていたから」
「うん、まあね! カズマのあの橋架けとか、霞さんの謎解きとか、普通のテンシュリアの住人じゃ絶対思いつかないもん!」
恭子は得意げに胸を張った。
「ってことは、カズマは私たちの『元ネタ』を知ってるってこと? 面白いじゃん!」
恭子の反応は思ったより軽かったが、和真にとっては大きな発見だった。自分が持つ「現代知識」は、この世界においては単なる知識ではなく、世界の成り立ちそのものに関わる特別な意味を持つのかもしれない。
「これから会う備中松山城についても、何か知ってる?」恭子が興味津々に尋ねる。
「備中松山城か…確か、日本で一番高い場所にある山城だったはずだ。天空の城、なんて呼ばれ方もしてたな。攻略がすごく難しい城としても有名だった」
「へえー! 天空の城! カッコイイ! こっちの蒼月さんも山そのものみたいな、気高くて近寄りがたい感じの人なんじゃないかな? 霞さんとはまた違った手強さがありそう!」
恭子は目を輝かせている。和真の世界の情報がテンシュリアにも通じる可能性があると理解した上で、それを楽しんでいるようだった。彼女のこの切り替えの早さと好奇心の強さには時々驚かされる。
「手強いのは間違いないだろうな…」
自分の知識が次の攻略の手がかりになるかもしれないと考え、少しだけ気持ちが引き締まった。同時に、元の世界への郷愁がまた少し強く胸を締め付けた。
さらに数日後、二人は目的の山域へと足を踏み入れた。和真の知識通り、備中松山城のある山は周囲の山々の中でもひときわ高く、険しい様相を呈していた。麓から見上げても頂は雲に隠れて見えないほどだ。
「ここが備中松山城…蒼月さんの領域か」
「空気が違うね…濃い緑の匂いと、研ぎ澄まされたような静けさ…」
恭子が言うように、山に一歩足を踏み入れた瞬間から空気が変わったのを感じた。それは神聖さとも、あるいは極度の緊張感とも取れるような独特の雰囲気だった。そして、すぐに「歓迎」は始まった。
カサ…!
茂みの中から、何かが高速で飛び出してくる。
「危ない!」
和真は咄嗟に恭子を庇うように前に出る。飛んできたのは、硬く尖らせたドングリのような木の実だった。バシッ!と音を立てて和真のパーカーに当たるが、幸い大した威力はない。
「…威力は大したことないけど、正確に狙ってきたね」恭子が鋭い視線で周囲を見回す。
「完全に、私たちを『侵入者』として認識してる」
それからというもの、道を進むごとに自然を利用した巧妙な罠や姿なき攻撃が二人を襲った。蔓が足に絡みつき、木の根が地面から突き出し、時には小動物たちが陽動のように現れて注意を逸らす。攻撃も、石つぶて・木の枝・吹き矢のようなものまで、多彩かつ執拗だった。
「【解析】! 右前方、3メートル先に落とし穴! 偽装された枯葉の下!」
「了解! カズマ、左! 木の上から何か来る!」
和真はスキルで罠や攻撃の軌道を読み、恭子は天守としての勘と動体視力で迫る危機を察知する。二人は背中合わせになり、互いを守りながら慎重に山を登っていく。攻撃主であるはずの蒼月の姿は、依然として見えない。気配さえも、まるで森そのものに溶け込んでいるかのように掴みどころがなかった。
「くそっ…本当に山と一体化してるみたいだ…!」
「これが山城の戦い方…地の利を完全に掌握してるんだね…!」
疲労が蓄積していく。体力だけでなく、常に神経を張り詰めさせている精神的な消耗も激しかった。どれだけ進めばこの執拗な歓迎は終わるのだろうか。
半ば意地のようになって道なき道を進み続けた時だった。
ドドォォォン!!
突如、山の奥深くから大地を揺るがすような轟音と衝撃が伝わってきた。木々が大きく揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
「な、なんだ!? 今の音は…!?」
「罠や攻撃とは違う…もっと大きな、破壊的な何か…!」
二人は顔を見合わせる。これは蒼月が仕掛けたものではない。何か別の、予期せぬ事態が発生したのだ。先ほどの攻撃が嘘のように止んだのを訝しみながらも、二人は音のした方角へと急いだ。
辿り着いた先で、和真たちは信じられない光景を目にした。
巨大な岩石のゴーレム。高さは10メートルを超え、その無機質な体は周囲の自然とはあまりにも不釣り合いだ。ゴーレムはまるで山の生態系など意に介さないとばかりに、巨腕を振り回して行く手にある大木をへし折り、地面を踏み荒らしながらゆっくりと山頂方向へと進んでいる。
そして、その暴威にたった一人で立ち向かっている青年がいた。
森の緑に溶け込むような装束。手には木の弓。敏捷な動きでゴーレムの攻撃を躱し、時には地面や木々に触れて何かを囁いている。すると、地面から木の根が飛び出してゴーレムの足に絡みついたり、周囲の木々が枝をしならせてゴーレムの動きを阻害しようと奮闘している。
疑いようもなく彼こそが備中松山城の天守、備中蒼月だった。
だが戦況は絶望的だ。蒼月の放つ矢はゴーレムの硬い装甲に弾かれ、自然の力による妨害もゴーレムの圧倒的なパワーの前には焼け石に水。ゴーレムが進むたびに、蒼月が守ろうとしているであろう山の自然が無惨に破壊されていく。蒼月の表情には、焦りと自身の無力さに対する憤りが滲んでいた。
「あれが…蒼月さん…! でも、なんてものを相手にしてるんだ…!」
「ゴーレム…古代の兵器だって話だよ。どうしてこんな所に…?」
和真は状況を即座に判断した。蒼月は侵入者である自分たちを警戒し、試していたのだろう。だが、今はそれどころではない。このままでは蒼月も美しい山も、ゴーレムによって破壊し尽くされてしまう。
天守核を集めるという目的は一時忘れ、和真は決断した。
「キョウコさん、行くぞ!」
「うん!」
恭子も頷く。二人は蒼月が戦う場所へと駆け寄った。
「おい! そこの人! 俺たちも手伝います!」
和真は叫んだ。蒼月はゴーレムの攻撃を躱しながら、一瞬だけ驚いたようにこちらを見た。侵入者であるはずの自分たちがなぜ加勢しようとするのか、理解できないという顔だ。
「…何のつもりだ? お前たちも、この山の何かを盗みに来た盗人ではないのか?」蒼月は警戒を解かずに問いかける。
「今はそんなことどうでもいいでしょう! あのデカブツを止めないと、あんたもこの山も危ない!」
「…好きにしろ! だが、足手まといになるなら、容赦せん!」
それは、彼の精一杯のプライドと現状への焦りが入り混じった言葉だった。和真はそれを了承と受け取り、即座に行動を開始した。
「【解析】!!」
ゴーレムの巨体に意識を集中させる。構造、材質、動力源…あらゆる情報が脳内に流れ込んできた。
『対象:古代遺跡ゴーレム(型番不明・暴走状態)』
『動力源:胸部コア(高エネルギー反応)』
『材質:高密度花崗岩、関節部分に黒曜石(脆弱点)』
『弱点:胸部コア、関節部黒曜石、特定高周波音波への共振反応』
「キョウコさん、蒼月さん! あのゴーレム、胸のコアと関節の黒い石が弱点だ! それと、特殊な音に弱いみたいだ!」
和真は分析結果を即座に共有する。
「音だと?」蒼月が訝しげな声を上げる。
「よく分からないけど試してみる価値はある! キョウコさん、防御と足止めを! 蒼月さんは関節の黒い石を狙ってくれ! 俺は音を出す仕掛けを作る!」
「…チッ、指図するな!」
蒼月は悪態をつきながらも、即座に行動に移った。彼は再び自然と一体化するように気配を消し、ゴーレムの死角から関節の黒曜石部分をめがけて硬い木の枝を槍のように投擲した。
キンッ!という甲高い音と共に黒曜石に僅かなヒビが入るが、ゴーレムの動きを止めるには至らない。しかし、ゴーレムの注意は完全に蒼月へと向いた。
その隙に和真は【構築】スキルを発動。周囲に散らばるゴーレムが破壊した倒木や岩を利用して簡易的な投石器を組み上げた。さらに別の木片に【解析】が示した特定の周波数の音波を発生させるための微細な溝を【構築】スキルで刻み込む。
「キョウコさん、ゴーレムの足止めを頼む!」
「任せて!」
恭子は両手を地面につき、犬山城の防御能力を発動。地面から分厚い岩の壁を隆起させ、ゴーレムの進路を塞いだ。ゴーレムは邪魔な壁を巨大な腕で殴りつけるが、恭子は次々と壁を再生させてその巨体を受け止めた。
「今だ! 」
和真は完成した投石器に音波発生装置を仕込んだ木片をセットし、ゴーレムめがけて発射した。木片はゴーレムの胴体に命中し、直後、人間には聞こえない高周波音が響き渡る。
グゴゴゴ…!?
ゴーレムの巨体が明らかに怯んだように動きを止め、赤い目の光が激しく明滅した。
「効いてる! これならいける!」
「…面白い術を使う」蒼月もゴーレムの異変を認め、再び関節への攻撃を集中させる。
そこからは、三人の連携が始まった。蒼月が自然を操ってゴーレムを撹乱し、関節部を狙う。恭子が鉄壁の防御でゴーレムの攻撃を受け止め、仲間を守る。和真が【解析】で的確な指示を出し、【構築】で作った音波兵器や罠でゴーレムの動きを封じ込める。
最初はぎこちなかった連携も、戦闘の中で急速に洗練されていった。互いの能力を理解し、信頼し、補い合う。
「あと一息…! コアを狙うぞ!」
和真は投石器の狙いをゴーレムの胸部で赤く光るコアへと定める。
「蒼月さん、最大の攻撃を!」
「言われるまでもない!」
蒼月は天に向かって手を掲げ、何かを呟いた。すると周囲の木々が一斉にざわめき、無数の太い蔓や枝がゴーレムに襲いかかってその巨体を雁字搦めに締め上げる。ゴーレムがもがき、動きが完全に止まった。
「今だっ!!」
和真は残っていた一番大きな音波発生装置付きの木片を発射した。それは正確にゴーレムの胸部コアへと命中し、甲高い共振音を発する。
ギシャァァァァン!!
ついにゴーレムの胸部コアが甲高い音を立てて砕け散った。赤い光が消え、生命を失った巨大な岩の塊はゆっくりと前のめりに倒れ込み、大地を揺るがして完全に沈黙した。
激しい戦闘が終わり、森に静寂が戻る。三人はしばし倒れたゴーレムを見つめ、荒い息をついていた。
「…やった…のか?」
「みたいだね…」
「…………」
蒼月はゴーレムの残骸と荒らされた山の風景を黙って見比べていた。その横顔には、安堵よりも深い悲しみと怒りのようなものが浮かんでいるように見えた。
「…お前たちのおかげだ」蒼月は和真と恭子に向き直り、低い声で言った。
「わし一人では、あれを止めることはできんかっただろう」
「いえ…俺たちだけじゃ何もできなかったです」和真は正直に答えた。
蒼月の自然を操る力と地の利を活かした戦術がなければ、ゴーレムにダメージを与えることすら難しかっただろう。
「…お前は何者だ?」蒼月が低い声で尋ねる。
「俺は相良和真。信じてもらえないかもしれませんが、この世界とはまた別の場所から突然やってきました。」和真は正直に答えた。
「やはりその力…『異邦人』か」
「…はい」和真は短く肯定した。異邦人の言い伝えは、天守の間では有名なのかもしれない。
「なぜ、わしに手を貸した? お前たちもこの山の何かを狙う輩ではないのか?」
蒼月の疑念はもっともだった。和真は天守核を集めていることを正直に話すべきか迷ったが…ここで嘘をついても仕方がないと判断した。
「正直に言います。俺たちは、天守核を集めています。あなたの核も…目的の一つでした」
「…やはりか」蒼月の目つきが再び鋭くなる。
「でも!」和真は続けた。
「あのゴーレムがこの山を破壊しているのを見て放っておけなかった。あんたが必死に守ろうとしているものを、俺たちも守りたかった。それだけです」
和真の言葉に嘘はなかった。戦闘の中で、蒼月がどれだけこの山の自然を大切に思っているかが伝わってきたからだ。
「それにしても、なんで急にゴーレムなんか現れたんだ…?」
「…この山の地下深くには、わしらの知らない古い時代の遺跡が眠っている。コイツはそこから目覚めた『番人』のようなものかもしれん。何かのきっかけで目覚めて、暴走したのだろう」蒼月は苦々しげに言った。
「この山はただ美しいだけではない。危険な力も秘めている。だからこそ、わしがこの天守核の力をもって、この山の調和を守り続けねばならんのだ」
蒼月は自身の胸に手を当てる。
「…あなたの核は、この山の自然と繋がってるんですね」和真が確認するように言うと蒼月は頷いた。
「そうだ。この核はわしの力の源泉であり、この山の魂そのものだ。これを失えば、わしの力は大きく衰え、この山の守りも今のようにはいかなくなるやもしれん」
その言葉は重かった。天守核が単なる力の源ではなく、その土地や天守自身の存在そのものと深く結びついていることを改めて思い知らされた。
「それでも…お前たちは『願いが叶う』などという与太話を信じ、天守核を集めると言うのだな?」蒼月は鋭い視線で和真と恭子を見据えた。
「わしには、お前たちがその力を手にして何を成そうとしているのか、まだ見えん。ただ『願いを叶える』という曖昧な目的のために、この山の心臓を差し出すわけにはいかん」
蒼月の言葉は天守としての責任と、守るべきものへの強い想いに裏打ちされていた。簡単には譲れないという彼の意志がひしひしと伝わってくる。
和真はゴクリと唾を飲んだ。ここで、自分たちの覚悟を示さなければならない。
「俺の第一の目的は、元の世界に帰ることです。それは正直に言います」和真は真っ直ぐに蒼月の目を見て言った。
「でも旅を始めてキョウコさんや霞さん、そしてあなたと出会って…ただ帰れればいい、とは思えなくなっています」
和真は言葉を選びながら続けた。
「天守核を集めることで本当に願いが叶うなら…俺は自分のためだけじゃなく、この世界が良い方向へ向かうためにも使いたい。まだ漠然としていますが…でも決して、悪用するために力を求めているわけじゃありません」
「カズマの言う通りです!」恭子も力強く頷いた。
「私にも、叶えたい大切な願いがあります。それは、このテンシュリアの未来に関わること…。詳細はまだ話せませんが、カズマとならきっと正しい道を進めると信じています! あなたの核の力も、決して無駄にはしません!」
二人の真摯な言葉と瞳に宿る強い意志を、蒼月は黙って聞いていた。しばらくの間、重い沈黙が流れた。森の木々が風にそよぐ音だけが聞こえる。
やがて蒼月はふっと息をつき、厳しい表情をわずかに和らげた。
「…分かった。お前たちの目を信じよう」
蒼月は懐から深い森の緑を凝縮したような、静かで力強い輝きを放つ天守核を取り出した。
「持って行け。この核がお前たちの進む道を照らすことを願う。だが忘れるな。力には責任が伴う。お前たちが集める力が大きくなればなるほど、その責任も増していくということを」
蒼月は備中松山城の天守核を和真に手渡した。ひんやりとした感触と共に、大地の脈動のような温かく力強いエネルギーが和真の手に伝わってくる。三つ目の天守核。それは、共に戦い、互いの覚悟を認め合った末に得た重い信頼の証だった。
「ありがとうございます蒼月さん。このご恩とあなたの言葉を決して忘れません」
和真は深々と頭を下げた。恭子も隣で頭を下げる。
「…それで、次はどこへ行くつもりだ?」蒼月が尋ねる。
「まだ決めていませんが…何か、心当たりは?」
「ふむ…わしは他の天守の動向には疎いが…」蒼月は空を仰ぎ、思案するように言った。
「水の流れを辿ってみるがいいかもしれんな。この山の水はやがて大きな川となり、湖へと注ぐ。水の豊かなる地には、また別の力を持つ天守がいるやもしれん…」
水の流れ、湖…。それは次なる目的地への明確なヒントのように思えた。
「分かりました。ありがとうございます」
貴重な助言に礼を言い、和真と恭子は蒼月に別れを告げた。寡黙な山の守り人は多くを語らず、ただ静かに、力強く二人を見送っていた。その姿は険しい山々に溶け込むように、孤高で気高く見えた。
山を下りながら和真は手の中の三つ目の天守核を強く握りしめた。ゴーレムとの激戦で体は疲労しきっていたが、心は不思議な充実感に満たされていた。
「やったねカズマ! これで三つ目! 蒼月さん、最初は怖かったけど話せばわかる人だったね!」
「ああ。でも天守核を譲ってもらうのがどれだけ大変なことか、改めて思い知らされたよ。一つ一つの核に天守の人たちの想いやその土地の歴史が詰まってるんだな…」
集めた核の重みは、物理的なものだけではない。和真はその責任をひしひしと感じていた。
「水の流れを辿って湖へ…か。次はどんな天守が待ってるんだろうね?」
「さあな。でも、どんな相手だろうと俺たちは進むしかないんだ。元の世界へ帰るため…そして、もしかしたら、それ以上の何かのために」
和真は空を見上げた。テンシュリアの空はどこまでも広く、青く澄み渡っている。この世界の未来がどうなるのか、自分たちの旅が何をもたらすのか、まだ何も分からない。それでも今はただ仲間と共に前へ進むだけだ。
三つの天守核の輝きが、その道を導くように静かに和真の手の中で脈打っていた。