第十四章:未来への誓い
【前回のあらすじ】
和真が急行するも安土復活の儀式には間に合わず、ついにその姿がテンシュリアに君臨してしまう。圧倒的な力の差の前に、和真は為す術もなく蹂躙されるだけだった。テンシュリアはもう、破滅への道しか残されていないのか…
意識が暗闇と激痛の中を漂っていた。全身の骨がきしみ、内臓が揺さぶられるような感覚。復活したばかりの第六天魔王・安土から放たれた僅かな力の奔流だけで、和真の体は為す術もなく打ち砕かれた。
(強い…強すぎる…! これが… 俺が天守核を集めてしまった結果なのか…?)
薄れゆく意識の中、脳裏に浮かぶのは後悔と絶望。そして変わり果てた恭子の姿。あの冷たい瞳、狂信的な言葉…。信じていた絆は脆くも崩れ去った。
『…ククク、それで終わりか、異邦人よ』
頭上から嘲るような声が響く。安土の声だ。和真はかろうじて瞼をこじ開けた。視界は霞み焦点が定まらないが、巨大な黒い影が自分を見下ろしているのが分かった。
「まだ…だ…!」
和真は残る全ての力を振り絞り、地面に手をついて体を起こそうとした。だが全身に走る激痛と失われた力の感覚に再び膝をつく。
「ほら立ち上がれ。もっと楽しませろ」
安土はまるで面白い玩具を見つけたかのように口元に冷酷な笑みを浮かべた。
「貴様のその異質な力…もう少しだけ観察させてもらおうか」
安土は魔剣を振るうまでもないとばかりに、再び和真に向けて指先を向けた。今度は先ほどのような力の奔流ではない。目に見えない、しかし鋭利な何かが和真の体を切り刻むように襲いかかる!
「ぐ…あああっ! がはっ…!」
見えない刃が和真の体を切り裂き、地面に叩きつける。受け身も取れず、何度も地面を転がり、泥と血に塗れる。意識を保っているのが不思議なほどの一方的な蹂躙だった。
「安土様…お見事です!」
隣で跪いていた恭子が声を上げる。主君の圧倒的な力に打ちのめされる和真の惨状に、ほんの少しだけ心を痛めていた。
「ふん。こんな雑魚を相手にするのは退屈しのぎにもならんな」
安土は和真から興味を失ったように視線を外し、恭子へと向けた。
「それよりも犬山の娘よ。貴様の働き、まずは褒めてつかわす。この復活の儀、見事に成し遂げたな」
「は、はい! この恭子、安土様のためならばいかなる労苦も厭いません!」
恭子は深く頭を垂れた。
「うむ。だがな」安土の声のトーンが僅かに冷たさを帯びる。
「貴様が連れてきたこの異邦人…貴様はこの者を『駒』として上手く使ったようだが…その過程で余計な『情』も抱いたのではないか?」
安土の鋭い指摘に、恭子の体がビクリと震えた。
「そ、そのようなことは…! わたくしはただ、安土様の復活のためだけに…!」
「隠す必要はない。我には分かる」
安土は恭子の心の揺らぎを、まるで掌中の珠のように見透かしているかのようだった。
「まあよい。所詮は人の子、些末な感情に流されることもあるだろう。だが覚えておけ。貴様は我が覇道のための数ある道具の一つに過ぎぬ。代わりはいくらでもいるのだぞ?」
その言葉はあまりにも冷酷で、功労者であるはずの恭子に対する敬意など微塵も感じられなかった。ただ絶対的な支配者の、駒に対する無慈悲な宣告。
恭子の表情が僅かに曇った。彼女が復活を夢見ていた安土様はこんなにも冷たい、他者を顧みない存在だっただろうか? いやそんなはずはない。これは永い封印の影響で、まだ本来のお姿を取り戻されていないだけなのだ。きっとそうだ。そう、自分に言い聞かせようとした。
「…まず手始めに、この忌々しい異邦人を始末するとしよう」
安土は再び和真へと視線を戻した。和真は満身創痍ながらも、必死で安土を睨みつけている。
「貴様のような異質な存在は、やはり目障りだ。貴様の力は、我が完全なる支配の僅かな綻びとなりかねん。ここで消えてもらうぞ」
安土はその巨大な魔剣をゆっくりと振り上げた。剣先には、世界の闇全てを凝縮したかのような禍々しいエネルギーが集まっていく。あれを受ければ今度こそ間違いなく和真の存在そのものが消滅するだろう。
(ここまで…か…)
和真の脳裏に元の世界の風景、そしてテンシュリアで出会った人々の顔が走馬灯のように駆け巡った。キョウコさん…みんな…ごめん、俺は何もできなかった…。
安土の魔剣が振り下ろされる―――その瞬間。
黄金色の閃光が迸った。 それは和真の前に立ちはだかるように展開された強固な光の結界… 恭子が咄嗟に、和真を庇っていたのだ。
ドゴォォォン!!!
安土の魔剣が恭子の結界に激突する。凄まじい衝撃波が周囲に拡散し、大地が揺れる。恭子の結界は大きく歪んで亀裂が走るが、それでもかろうじて安土の一撃を防ぎきった。
「…なっ…!?」
安土が初めて驚愕の表情を見せた。そしてその表情はすぐに、烈火の如き怒りへと変わる。
「… 犬山の娘! 今何をしようとした!? この我に…刃向かうというのか!?」
安土の怒声が戦場に響き渡る。庇われた和真もまた、呆然としていた。なぜ? どうしてキョウコさんが俺を…?
恭子自身も自分が何をしたのか理解できていないようだった。ただ、体が勝手に動いたのだ。和真が殺されると思った瞬間、考えるよりも先に「守らなければ」という衝動が突き上げてきた。それは彼女が必死に押し殺してきたはずの和真への想い…あるいはただの、見捨てられないという人間としての情だったのかもしれない。
「わ、私は…違う…これは…!」
恭子は混乱し、弁解しようとする。だが安土の冷徹な視線がそれを許さなかった。
「言い訳は無用!」安土は魔剣を再び構えた。
その瞳には裏切り者に対する、一切の容赦も主従の情もない。
「我が覇道に迷いや裏切りは許されぬ! 所詮は犬か! 飼い犬に手を噛まれるとはこのことよな! ならばその主たる我が、直々に躾をしてくれるわ!」
安土の怒りは恭子へと向けられた。その攻撃は先ほど和真に向けられたものとは比較にならないほど苛烈で、殺意に満ちている。
「きゃああああっ!!」
恭子は自身の黄金の結界を最大強度で展開し、降り注ぐ安土の攻撃を必死で防ぐ。だが復活したばかりとはいえ、第六天魔王の力は圧倒的だった。結界はみるみるうちに削られ、彼女自身にも衝撃が伝わり、苦悶の声を上げる。
「キョウコさん!」
その光景を見た和真の中で、何かが弾けた。裏切られた怒りも絶望も、今はどうでもよかった。ただ目の前で、かつての仲間が圧倒的な力によって蹂躙されようとしている。それを見過ごすことなどできなかった。
和真は最後の力を振り絞って立ち上がる。まだ体はボロボロで、立っているのがやっとだ。だが彼の瞳には、諦めない意志の光が再び宿っていた。
「【構築】!」
和真は地面の瓦礫や自身の血さえも利用し、震える手で可能な限りの防御壁と、そして僅かながらも反撃の力となる武器を作り出した。
「カズマ…!?」
和真は恭子の隣に並び立った。満身創痍の異邦人と、主を裏切って戦うことを選んだ天守。絶望的な状況であることは変わらない。だが二人は再び、共に立つことを選んだのだ。
「愚かな。足掻けば足掻くほど苦しみが増すだけだということを、その身に教えてくれるわ!」
安土は二人を嘲笑うかのようにさらに強大な力を放ち始めた。黒い衝撃波、闇の刃、空間を歪ませる重圧…。まさに絶望的な力の奔流。
和真と恭子は必死で連携した。恭子が黄金の結界で攻撃を受け止め、和真が【構築】で防御を補強し【解析】で僅かな隙を探る。だが安土の力はあまりにも強大で、二人の抵抗は巨大な嵐の前の小さな木の葉のようだった。
黄金の結界は砕け、【構築】した攻撃は届くことがない。辛うじて残る恭子の最後の防御壁も…ついに破壊されてしまった。その衝撃で二人は吹き飛ばされる。
「はぁ…はぁ…もう…ダメか…」和真の意識が再び遠のいてきた。
「カズマ…!」恭子の声も、か細く弱々しい。
安土は勝利を確信し、とどめの一撃を放つべく魔剣を天高く振り上げた。その剣先には世界そのものを消滅させかねないほどの、暗黒のエネルギーが集束していく。
(終わった…)
和真が目を閉じた、その時―――
ゴゴゴゴゴゴッ!!!
突如、二人の目の前に見覚えのある頑丈な石の壁が何重にも出現した。 安土の放った暗黒エネルギーはそれらの石壁を貫通しながらも、ギリギリのところで軌道を逸らして直撃を防いでくれた。
「な…!?」
安土が驚きの声を上げる。和真と恭子も、信じられないといった表情で目の前の壁を見上げた。
「この壁は…まさか…!」
壁の向こうから聞き覚えのある、厳格で力強い声が響いた。
「…間に合ったようだな、異邦の若者よ。そして犬山の娘。耐久力は上げておけと忠告しただろう?」
ゆっくりと石壁が横にスライドするように開く。そこに立っていたのは―――恭子と防御対決をした、丸岡城の天守・丸岡 京。
「犬山のじゃじゃ馬姫君、よくも私たちを騙してくれましたわね。まぁ現状を察するに…今度は復活させた安土すら敵に回しているご様子、滑稽ですわ」
雅やかな扇子を手に不敵な笑みを浮かべるのは、彦根城の天守・彦根 桔梗。
「犬山の姫君にあった心の闇を今は感じません。安土復活の前に改心してほしかったものですが…やはり異邦の若者の存在が影を打ち消す力となったようですね」
姫路城の天守・姫路 玲奈は恭子の様子を見て少し安心しているようだ。
傷は癒えていないようだが松江志摩の姿もある。そこには、今まで出会ってきた11人の天守たちが勢揃いしていた。
「み、皆さん…! どうして…!?」和真は信じられない光景に声を震わせた。天守はそれぞれ離れた地で暮らしていたはずだが…。
「ふふ、野暮なことは聞きませんことよ」桔梗が扇子で口元を隠した。
「志摩殿からおおよその事情は聞いた」備中松山城の天守・備中 蒼月が安土を睨みつける。
「そして、海斗殿の力で急ぎ駆けつけた次第」松本城の天守・松本 剛が重々しく言った。
「昔、空間転移を可能とする天守が高知に居ると聞いたことがあってな…。早急に松江城にいる私に会いに来るようにと、高知城内の水面に映し出したのだ。」
どうやら和真が松江城を飛び出した直後、松江 志摩が動いてくれたらしい。彼女の『水鏡』は対象者の記憶や心に秘めている考えを水面に映し出す能力―それは、第三者だけでなく志摩自身の考えを映し出すこともでき、映し出す水面は選ぶことができるようだ。
「いやもうびっくりしたよ!いきなり知らない天守に呼びつけられたから、文句の一つでも言ってやろうと参上したら…安土が復活するから全天守を近江へ飛ばせって言ってくるんだからさぁ!」
高知城の天守・高知海斗がぼやくが、その表情は真剣だ。
「海斗殿が突然わたくしの所へやってきたので…わたくしの力で、残る天守の方々の居場所…魂の在り処を探し出して転々と移動してきたのです」
弘前城の天守・弘前 桜が補足する。そういえばまだ天守核集めの最中だったときも、海斗と桜は旧知の仲である様子だった。
「ほう…」安土は集結した十二天守を見渡し、初めてその表情に僅かながらも油断ならない色を浮かべた。
「これはこれは…懐かしい顔ぶれが揃ったものよな。かつて我を封じた者どもの末裔か。この私を封印した礼…たっぷりと返してやらんとな」
安土は再び魔剣を構え、その全身から世界を覆い尽くさんばかりの絶望的なオーラを放ち始めた。
だが和真の心に、もはや絶望はない。目の前にはかつて敵対し、あるいは協力して力を認めてくれた頼もしすぎる仲間たちがいる。
「皆さん…!」
和真は込み上げる熱い想いを抑えきれなかった。
「我ら十二天守の力、そして異邦の若者の持つ未知の可能性…その全てを結集し、今度こそ古の驕りの影を完全に打ち払うのです!」
丸岡城の天守・丸岡 霞が清らかな声で呼びかける。
「応!!」
天守たちの力強い声が一つに重なり、大地を震わせる。第六天魔王・安土と集結した現代の十二天守、そして異邦人の和真。テンシュリアの未来を賭けた、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
「行くぞ!」
剛が先陣を切って突撃する。その巨体から繰り出される太刀筋は大地を割り、衝撃波を生み出す。しかし安土はそれを魔剣でこともなげに受け止めて弾き返した。
「まずは貴様からか、黒烏!」安土は剛を嘲笑う。
「その武骨な力、我が前では赤子の腕にも等しいわ!」
「口だけは達者なことよ!」剛は怯むことなく、さらに重い一撃を叩き込む。
その隙に他の天守たちも動き出す。
「京! 壁を!」桔梗が鋭く指示を飛ばす。
「言われずとも!」
丸亀京が両手を地面に叩きつける。 ゴゴゴゴ!と音を立てて安土の周囲に巨大な石壁が瞬時に出現し、その動きを封じ込めようとする。
「小賢しい!」安土は魔剣を一振りして石壁を粉々に砕くが、一瞬の隙が生まれた。
「今ですわ! 玲奈様!」宇和島城の天守・宇和島 珠子が叫ぶ。
「ええ!」姫路玲奈は祈るように目を閉じ、その全身から清浄な白銀の光を放った!
「浄化の光よ!」
光は安土を包み込み、彼の纏う禍々しいオーラを中和しようとする。安土は僅かに顔を歪めた。彼の闇の力にとって、玲奈の清浄な力は天敵に近いのかもしれない。
「鬱陶しい光だ!」安土が光を振り払おうとした瞬間、備中蒼月が動いた。
「大地の怒りを知れ!」蒼月が地面に手を触れると、安土の足元から無数の巨大な木の根が突き出し、その巨体を絡め取ろうとする。
「霞! 霧を!」弘前桜が呼びかける。
「心得た」丸岡霞が印を結ぶと戦場は一瞬にして深い霧に包まれた。安土の視界を奪い、動きを制限するための霧だ。
「ふふ、面白い連携ですわねぇ」桔梗は扇子を広げ、霧の中に巧妙な罠を仕掛け始める。落とし穴、幻覚、拘束の術…。
「頼通! 分身で撹乱を!」伊予松山城の天守・伊予 頼通は頷き、自身の分身体を複数生み出して霧の中を駆け巡らせ、安土を翻弄する。
「海斗! 奴の位置は!?」和真が叫ぶ。
「任せろ! 空間の歪みで分かる!」高知海斗は目を閉じて空間の揺らぎから安土の正確な位置を探り出し、全員に伝える。
「志摩さん!」
「ええ!」松江志摩は水鏡を出現させ、古に封印を行った天守の幻影を映し出し、精神的な揺さぶりをかける。
「皆さん今です! 回復の力を!」弘前桜が両手を広げ、戦いで傷ついた仲間たちに癒しの光を送る。
そして、恭子も覚悟を決めていた。彼女は黄金色の結界を展開し、安土の放つ衝撃波や流れ弾から和真や他の天守たちを守る。その瞳にもはや迷いはない。自身の犯した過ちを償うため、そして、かつて心酔した主君の歪んでしまった姿を止めるために。
「犬山流防壁術・極!」
最後に和真が動く。
「【解析】! 安土の弱点は…やはりあの力の根源となっている、体内の核のようなものだ! だが防御が厚すぎる! 普通の攻撃じゃ届かない!」
和真は戦況を分析し、叫ぶ。
「皆さん! 俺が【構築】で特殊な武器を作ります! それを撃ち込むための、一瞬の隙を作ってください!」
「「「応!!」」」
天守たちの声が一つになる。彼らはそれぞれの能力を最大限に発揮し、安土へと怒涛の連携攻撃を仕掛けた。
剛の剛剣が鎧を打ち、京の石壁が動きを封じる。蒼月の根が絡みつくと同時に霞と志摩の幻術が惑わせ、桔梗の罠が発動する。頼通の分身が安土を撹乱し、珠子の生み出す水流が自由を奪う。玲奈の光が浄化を続け、桜が回復を支援し、海斗が位置を伝え、恭子が全てを守る。
「小癪な虫けらどもがぁぁぁっ!!!」
安土はさすがに苦戦を強いられているようだった。怒りの咆哮を上げ、その身からさらに強大な闇のエネルギーを放出して天守たちの攻撃を薙ぎ払おうとする。戦場は光と闇、破壊と再生が入り乱れる、まさに最終決戦にふさわしい激戦となった。
和真は【構築】スキルで作り上げた特殊な杭状の武器を構えた。それは松本剛との戦いで使った「インパクト・ソニック」の原理を応用し、さらに姫路玲奈の「浄化」のエネルギーを僅かに組み込んだ、対安土用の決戦兵器だった。これを安土の核に直接叩き込む!
和真は天守たちが安土の動きを封じる一瞬を待った。しかし、第六天魔王の力はなおも健在だ。
「終わりだ! 塵芥ども!」
安土は連携攻撃の僅かな隙間を突き、その両手に最大級のエネルギーを集束させ始めた。 まるで闇の太陽が二つ出現したかのようだ。その波動は周囲の空間を激しく歪ませ、天守たちの防御結界すらも軋ませるほどの凄まじいプレッシャーを放つ。
「まずい! あれは受けきれないぞ!」剛が叫ぶ。
「全員、最大防御!」玲奈の声が響くが、その表情には焦りの色が浮かんでいる。
安土がその破滅的なエネルギーを眼前の天守たちに向けて放とうとした、その瞬間―――
「させるかぁっ!!」
二人の少女の声が同時に響き渡った!
まず動いたのは丸亀京だった。
「石壁円陣・最大展開!!」
京は両手を大地に叩きつけ、自身の持つ土石操作能力を限界まで解放する。地響きを起こしながら巨大で分厚い、寸分の隙もない完璧な円形の石壁が瞬時に隆起した。 それは彼女のプライドと技術の粋を集めた、究極の物理防御壁だった。
しかし安土の放つ暗黒エネルギーは、凄まじい音と衝撃と共に壁を蝕み、亀裂を走らせ始める。彼女の完璧な壁も、絶対的な力の奔流の前には持ちこたえられないのか…!
「まだよ京!!」
叫んだのは犬山恭子だった。 彼女は京の作り出した石壁に飛び込むと、自身の黄金色の光エネルギーを結界としてではなく、まるで接着剤かのように亀裂の走る石壁全体へと流し込み始めたのだ!
恭子の光エネルギーは京の硬い石壁の隅々にまで浸透し、その構造を内側から支えて強化していく。それだけではなく、安土の放つ暗黒エネルギーの衝撃を結界の「柔軟性」によって巧みに受け流し、分散させた。
硬さだけでは砕かれる。柔軟さだけでは貫かれる。だがその二つが合わさった時――!
和真は目の前で起きている奇跡のような光景に、息を呑んだ。かつて可能性として口にした「どんな攻撃も通さない絶対防御」。それが今、まさに実現していた。
「ふん! 意地だけは良いな、犬山の娘!」
京は恭子の行動に悪態をつきながらも、その口元には確かな連携への手応えを感じている笑みが浮かんでいた。
「そっちこそ! 頑固な石頭が少しは役に立ったみたいじゃない!」
恭子も言い返す。いがみ合っていた二人の天守が、この極限状況で互いの力を認め合い、完璧な連携を見せている。
京の「絶対的な硬度」と恭子の「衝撃をいなす柔軟性」。二つの相反するようで互いを補完し合う究極の防御が融合し、安土の放った最大級の暗黒エネルギーを完全に受け止め、霧散させた。
「な…馬鹿な!? 我が力が…通じぬだと!?」
信じられないといった表情で、安土はその光景を見つめていた。
「今だ! カズマ!!」
京と恭子が同時に叫ぶ。絶対防御が作り出した、ほんの一瞬の隙。それこそが最後の好機!
「おおおおおおっ!!!」
和真は仲間たちが作り出してくれたその瞬間を逃さなかった。浄化のエネルギーを纏った杭を構え、安土の懐へと最後の力を振り絞って突撃する!
(みんなの想い、託された力、そして俺たちの未来のために!)
杭は安土の鎧の僅かな隙間…彼の力の源である魔力核が存在するであろう胸部へと、吸い込まれるように突き刺さった!
「なっ…!? この力…! まさか、またしても、この我がああああっ!?」
安土の顔に、初めて焦りと恐怖の色が浮かんだ。杭から放たれた浄化のエネルギーと内部破壊を引き起こす超振動が、彼の存在そのものを内側から蝕んでいく!
「ぐ…おおおおおおおおおっ!!!」
安土は断末魔の叫びを上げた。その巨大な体は黒い粒子となって崩壊し始め、禍々しいオーラも急速に消え失せていく。かつて世界を恐怖に陥れた第六天魔王は、現代の天守たちと異邦人の若者の手によって、今度こそ完全に消滅した。
黒い粒子が完全に消え去り、後に残ったのは静寂だけだった。
安土が消滅した瞬間、テンシュリアを覆っていた重苦しい空気は嘘のように霧散した。鉛色の雲は晴れ、空には久しぶりに暖かな太陽の光が降り注ぎ始めた。大地からは枯れていたはずの草木が勢いよく芽吹き、川の水は輝きを取り戻し、鳥たちが喜びの歌を歌い始める。異変によって失われていた生命力が、急速に世界へと還ってきたのだ。
「…終わった…のか?」
和真は呆然とその光景を見つめていた。全身はボロボロで立っているのもやっとだったが、心は不思議な達成感と安堵感に満たされていた。仲間たちもまた、互いの無事を確認して喜びを分かち合っている。
「カズマ…」
恭子が複雑な表情で和真に近づいてきた。彼女の体から放たれていた禍々しい光は、もう完全に消えている。
「私…本当にごめんなさい…。取り返しのつかないことを…」
「…うん」和真は静かに頷いた。
許すとか許さないとか、そういう問題ではないのかもしれない。ただ、彼女が最後に正しい道を選んでくれたこと。それが今は何より重要だった。
「でもありがとう、キョウコさん。君がいなければ勝てなかった」
二人の間に複雑な、しかし確かな絆が再び結ばれた瞬間だった。
他の天守たちも和真の元へと集まってきた。一人一人がそれぞれの言葉で和真の奮闘を称え、感謝の意を伝えてくれた。和真は照れながらも、胸が熱くなるのを感じていた。
「これで…本当に終わりなんだな…」
和真は感慨深く空を見上げた。長かった旅。辛いことも悲しいこともたくさんあった。でも素晴らしい仲間たちと出会い、共に戦い、そして世界を救うことができた。元の世界へ帰るという目的はまだだが、それでもこの達成感は何物にも代えがたい。
その時だった。
和真の体が突然、淡い光に包まれ始めたのだ。
「え…? なんだ、これ…!?」
「カズマ!?」
恭子が驚いて手を伸ばすが、その手は光の膜に阻まれて和真に触れることができない。
「まさか…!」志摩が目を見開いた。
「異世界での使命…安土を打ち倒し、世界の調和を取り戻すという目的が達成されたことで、彼をこの世界に繋ぎとめていた力が…消えようとしているのか!?」
「そんな! 嘘でしょ!?」
「おい、和真! しっかりしろ!」
だが光はますます強くなり、和真の体はゆっくりと宙に浮き上がっていく。彼の意思とは関係なく、強制的に元の世界へと送還されようとしているのだ。
「待って! 嫌だ! 行かないでカズマ!」恭子が涙ながらに叫ぶ。
「キョウコさん…! 皆さん…!」
和真も必死で手を伸ばす。別れたくない。まだこの世界でやりたいことが、話したいことがある。元の世界に帰りたかったはずなのに、今はこの世界を離れるのがたまらなく寂しい。
仲間たちの声が遠ざかっていく。光は最高潮に達し、和真の視界は白一色に染まった。
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ハッと目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の天井だった。
「……夢…?」
和真はぼんやりとした頭で呟いた。体を起こすと、窓からは柔らかな午後の日差しが差し込んでいる。机の上には読みかけの城郭の写真集が置かれたまま。全てが、あの不可解な現象に巻き込まれる前の日常の風景そのものだった。
(やっぱり全部、夢だったのか…? あの長い旅も出会った仲間たちも、キョウコさんも…安土との死闘も…全部…)
胸にぽっかりと穴が開いたような、言いようのない喪失感が広がった。あの世界での出来事はあまりにも鮮明で、あまりにもリアルだった。触れた温もりも感じた痛みも流した涙も、全てが本物だったはずなのに。それが全てただの夢だったとしたら、あまりにも空しく、悲しすぎる。
俯いて自嘲気味な笑みを浮かべた和真の視界に、ポケットからはみ出している何かが見えた。そっと指でつまみ出してみる。
それは恭子がくれた、犬山城の形をした手作りの木札だった。
手触りは滑らかで、どこか温かい。異世界で何度も握りしめた、あの時と全く同じ感触。そして微かにあの世界の…テンシュリアの匂いがするような気さえした。
「…夢じゃなかったんだ…」
和真の目から熱いものが一筋、また一筋と零れ落ちた。安堵と喜びと、そしてもう二度と会えないかもしれない仲間たちへのどうしようもない寂しさ。あの冒険は確かに存在したのだ。仲間たちとの絆も、世界を救ったという事実も、そしてあの最後の別れも。
元の世界に帰りたかった。ずっとそう願っていたはずなのに。和真の心を満たしているのは帰還の安堵感よりも、テンシュリアへの強い郷愁と仲間たちへの想いだった。
「…あの世界で過ごすのも、悪くなかったんだけどな…」
和真は木札を胸に当て、窓の外に広がる見慣れた景色を見ながら呟いた。空は青く、平和な日常が続いている。だが和真の心の中には、もう一つの決して忘れられない世界が確かに息づいていた。
いつかまた、あの世界へ行ける日が来るのだろうか?
それともこれは永遠の別れなのだろうか?
答えは、今は分からない。
けれど和真は顔を上げ、涙を拭った。異世界での経験と仲間たちとの絆は彼を成長させた。元の世界で前を向いて生きていくための、確かな力を与えてくれたのだ。
手の中の小さな木札が、あの世界の仲間たちが今もどこかで見守ってくれているかのように、確かな温もりを放ち続けていた。
ついに完結しました。最後までご覧いただき、本当にありがとうございます。
初めての作品ということもあり、読みづらい点があったかとは思いますが「テンシュリア」の世界観はお楽しみいただけましたでしょうか。
コメントや評価、考察などを広げていただけますと今後の活動の励みになります。どうぞ今後ともよろしくお願いします。




