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第十三章:絶望と覚醒、魔王復活

【前回のあらすじ】


最後の天守・松江まつえ 志摩しまの能力により、恭子の恐ろしい計画が晒されてしまう。引き返せなくなった恭子は裏切りを宣告。隠していた本来の力で志摩に致命傷を与え、現実を受け入れられない和真からすべての天守核を強奪して去っていくのだった…

どれほどの時間が流れたのだろう。和真の意識は深い闇の底から、ゆっくりと浮上してきた。最初に感じたのは全身を苛む鈍い痛みと、心を押し潰すような重く冷たい絶望感だった。


(そうだ…俺は…キョウコさんに…)


最後に見た光景が脳裏に蘇る。豹変した恭子の姿。奪われた十二の天守核。そして彼女が放った容赦ない一撃…。信じていた仲間からの、あまりにも残酷な裏切り。


「う…っ…」


呻き声と共に重い瞼をこじ開ける。見慣れない、しかし静かで落ち着いた雰囲気の和室の天井が目に入った。清潔な布団がかけられ、体には丁寧に包帯が巻かれている。どうやら誰かに介抱されたらしい。


「…気が付かれましたか」


穏やかだが、どこか憂いを帯びた声がした。体をゆっくりと起こすと、枕元には松江城の天守・松江志摩が静かに座っていた。彼女も肩や腕に包帯を巻いており、顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。恭子との戦闘で彼女も深い傷を負ったのだ。


「志摩…さん…」和真の声は掠れていた。

「ここは…?」


「松江城内の一室です。あなたが気を失われた後、わたくしも何とかここまで戻り、手当てをさせていただきました。…申し訳ありません。わたくしの力が及ばず、あのような結果を招いてしまい…」


志摩は深く頭を下げた。その瞳には自責の念と悔しさが滲んでいる。


「いや…悪いのは俺です。俺がキョウコさんを…信じすぎていたから…」


和真は力なく首を振った。唇を噛み締める。裏切られた怒りよりも、どうしようもない虚しさと自分の愚かさへの後悔が込み上げてくる。これまでの旅は一体何だったのだろうか。集めた天守核は、結局最悪の形で、それを最も欲していた者の手に渡ってしまった。


「志摩さん…教えてください」


和真は震える声で尋ねた。


「あの水鏡に映ったことは…全部、本当なんですか? 天守核を集めると願いが叶うっていうのは、嘘で…本当は、安土…とかいう昔の魔王みたいな奴を復活させるためのものだったんですか? そしてキョウコさんは…最初から、俺を騙して…?」


知りたくないような、しかし知らなければならない真実。和真は志摩の答えを待った。


志摩は痛ましげに和真を見つめると、静かに、しかしはっきりと語り始めた。それはテンシュリアに隠された血塗られた歴史と、巧妙に仕組まれた陰謀の全貌だった。


「…ええ。残念ながら水鏡が映し出したものに偽りはございません」


志摩の声は重かった。


「犬山の一族…彼らは、かつて隠密に安土に仕えていたようですね。それをかつての英雄は見破ることができず…核を預ける十二の家計の一つとしてしまった。犬山一族は安土が封じられた後もその復活を悲願とし、いつか十二の核を集めて主君を現世に呼び戻すことだけを考えてきた…。そのために『願いが叶う』という偽りの伝説を流布し、核を集めようとする者が現れるのを永い間待ち続けていたようです」


「じゃあ、キョウコさんは…」


「ええ」志摩は痛ましげに頷いた。


「犬山恭子はその一族の末裔。おそらくは物心ついた時から、安土復活を使命として教え込まれてきたのでしょう。あなたと出会ったのも偶然ではないのかもしれません。あなたの持つ異邦人としての特殊な力と純粋な願い…それらは彼女の計画を遂行する上で、またとない『駒』となったはずですから」


恭子の笑顔、励ましの言葉、共に戦った日々…その全てが、計算された演技だったというのか? 和真は頭を殴られたような衝撃を受けた。信じていたものが音を立てて崩れていく。


「そんな…馬鹿な…」


絶望感が和真の全身を支配する。自分はただ利用されていただけ。それも、世界を破滅させるかもしれない恐ろしい計画のために。これまでの旅は全てが無意味だったどころか、むしろ害悪でしかなかったのだ。


「…わたくしも迂闊でした」志摩は悔しそうに言った。


「犬山の娘の心の奥底にある強い意志には気づいておりましたが、それがこれほどおぞましいものとは…水鏡で真実を映すまで見抜けなかった。最後の核を渡そうとしてしまったわたくしにも責任があります」


「いや…」和真は力なく首を振る。


「悪いのは俺です。彼女の嘘に気づけなかった…」


しばらくの間、部屋には重い沈黙が流れた。和真はただ呆然と、自身の無力さと取り返しのつかない事態を噛み締めていた。


やがて和真は顔を上げた。その目には絶望の色がまだ残っていたが、同時に怒りと、そして諦めきれない何かが宿っていた。


「…キョウコさんはどこへ行ったんですか? あの十二の核を持って…」


「…分かりません」志摩は首を横に振った。


「ですが目的は明らかでしょう。安土復活のための儀式を行うはずです。それにはおそらく、古の安土城があった場所…あるいはその力の残滓が最も強く残る場所が選ばれるはず。しかし、それが具体的にどこなのか…わたくしにも…」


「…近江おうみだ」


和真は呟くように言った。


「え?」


「俺がいた元の世界では、安土城は琵琶湖っていう大きな湖のほとり…近江という場所にあったんです。もしかしたら…このテンシュリアでも同じ場所が…?」


それは確証のない推測だった。だがこれまでの経験上、テンシュリアの地名や城の位置は元の世界と奇妙な一致を見せることが多かった。そして何より、他に手がかりがない今はそれに賭けるしかなかった。


「近江…琵琶湖のほとり…」


志摩はその地名を反芻した。


「あり得るかもしれません。かの地は古くから強い力が渦巻く場所として知られています…」


「なら行かないと!」


和真は立ち上がろうとしたが、全身の痛みに顔を歪めた。


「恭子さんを…いや、安土の復活を止めないと!」


もはや元の世界へ帰りたいという個人的な願いのためではない。騙され、利用されたことへの怒りもある。だがそれ以上に、自分自身の手で招き入れてしまったかもしれない世界の危機を何としても食い止めなければならないという、強い責任感が彼を突き動かしていた。


「ですがその体では…! それにわたくしもあの娘との戦いで深手を負ってしまい、すぐには動けません。他の天守の方々に知らせるにも時間がかかりすぎる…」


志摩は苦渋の表情を浮かべた。


「なら俺が一人で行くしかありません!」


和真は決意を固めた。


「時間は一刻もありません。儀式が始まる前に俺が恭子さんを止めます!」


「無茶です! 今のあなたではあの娘の相手にすらならないでしょう! ましてや、もし安土が復活してしまったら…!」


「それでも行くんです!」和真の瞳には迷いのない強い光が宿っていた。


「これは俺が始めたことでもある。俺自身でけじめをつけなきゃならないんだ」


和真の決意は固かった。志摩もそれ以上は止められないことを悟ったのか、深いため息をついた。


「…分かりました。ですが、今のあなたの力だけでどうやって近江まで…? ここからでは馬を使っても数日はかかります」


「俺のスキルを使います」和真は言った。


「【構築】スキル…これまでは物を創り出すだけに使ってきましたが、もっと別の応用ができるかもしれない。例えば…」


和真は自身の体の構造、エネルギーの流れを【解析】し、そして【構築】スキルを発動させるイメージを描いた。


(体内のエネルギーを極限まで燃焼させ、一時的に身体能力を飛躍的に向上させるブースターのようなものを構築する…! 風や大地のエネルギーの流れを読み取り、それを推進力に変える機構も…! 体への負担は計り知れないだろうけど、やるしかない!)


それは彼のスキル本来の使い方を逸脱した、極めて危険な賭けだった。だが今の和真に他の手段はなかった。


「…分かりました。どうかご無事で…」


「ありがとうございます、志摩さん」


和真は志摩に深く一礼すると、部屋を飛び出した。


城の外へ出ると和真は大きく深呼吸し、精神を集中させた。


「【構築】リミットブレイク・ブースト!!」


和真の全身から青白い光が迸る! スキルが発動し、彼の肉体内部に限界を超えるための機構が強制的に組み上げられていく。全身の筋肉が軋み、血管が浮き上がり、凄まじいエネルギーが体内を駆け巡るのを感じる。同時に、経験したことのないような激痛と生命力が急速に削られていくような感覚にも襲われた。


「ぐ…おおおおおっ!!」


だが和真は歯を食いしばって耐えた。そして目標の地、近江へと向かって大地を蹴る!


その速度はもはや人間のそれではない。景色が後方へと猛烈な勢いで流れ去っていく。風を切り、山を越え、川を飛び越え、ただひたすらに東へ、近江へと向かって突き進む。体は悲鳴を上げ、意識も朦朧とし始めている。だが和真の足を止めるものはなかった。恭子を止めなければ…安土を止めなければ…という強い意志だけが彼を突き動かしていた。


どれだけの時間が経過したのか。和真の限界を超えた疾走は、ついに終わりを告げた。目の前に広大な湖…琵琶湖が広がっている。湖畔には、ひときわ異様な空気を放つ一帯があった。


そこはかつて安土城が建っていたとされる場所なのだろう。城の物理的な痕跡はほとんど残っていない。だが空間そのものが禍々しいエネルギーで歪み、黒い霧のようなものが渦巻いている。空には不吉な暗雲が垂れ込め、大地からは怨念のような呻き声が聞こえてくるかのようだ。常人ならば近づくだけで発狂してしまうかもしれないほどの圧倒的な負のオーラ。


そしてその中心部…歪んだ空間の最も濃い場所で、彼女はいた。


犬山恭子。


彼女は十二個の天守核を地面に描かれた複雑な魔法陣のようなものの上に配置し、両手を天に掲げて何事かを一心不乱に詠唱していた。十二の核は禍々しい黄金色の光を放ち、互いに共鳴し合って凄まじいエネルギーを生み出している。安土復活の儀式は、まさにクライマックスを迎えようとしていた。


「キョウコさーーーーん!! やめろーーーーーっ!!!」


和真は残る最後の力を振り絞り、叫びながら儀式の場へと突っ込んだ。


「…カズマ!?」


恭子は和真の突然の出現に一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに冷徹な笑みを浮かべた。


「来たのね、ご苦労さま。でももう遅いわ!」


恭子の周囲に強力な黄金色の結界が展開され、和真の突進を阻む。


「なぜだ! なぜこんなことをするんだ! 世界がどうなってもいいのか!?」


「世界なんてどうでもいいのよ!」恭子は叫んだ。


「私にとっては安土様が全て! あの御方の復活こそが、この歪んだ世界を正す唯一の方法なんだから!」


その瞳には狂信の色しかない。和真の言葉はもう彼女には届かない。


「儀式はもう止められない!」


恭子が詠唱の最後の句を叫んだ瞬間、十二の天守核がひときわ強く輝き、一つに融合するかのように光の柱を天へと放った!


大地が激しく揺れ、空が裂けるような轟音が響き渡る。 空間の歪みが極限に達し、その中心から計り知れないほどの巨大なプレッシャーと絶対的な存在感を放つ「何か」が、ゆっくりと姿を現し始めた!


黒い鎧を纏い、その身の丈は優に三メートルを超える。背には禍々しい六枚の翼が生え、手には闇そのものを凝縮したかのような巨大な魔剣を握っている。そしてその顔…兜の奥から覗く瞳には、冷徹なまでの支配欲と万物を見下す傲慢さが宿っていた。


第六天魔王・安土。


永きに亘る封印から解き放たれ、このテンシュリアの大地に再び降臨したのだ。


「…ククク…素晴らしい…。この感覚、この力…永かったな…」


安土は自身の復活を確かめるようにゆっくりと体を動かし、そして低く、しかし威圧的な声で言った。


「ご復活、おめでとうございます! 安土様!」


恭子が感涙にむせびながらその場にひざまずく。


「貴様は…そうか、犬山一族か。ご苦労であった。褒めてつかわす」


安土は恭子を一瞥したが、それは便利な道具に対する態度かのようだった。


安土の視線が、結界の外で呆然と立ち尽くす和真へと向けられた。


「…ほう、あれは異邦人か。我を封印した存在が、今度は我を復活させる『鍵』となったとは…。クク、面白い。余興に少しばかり遊んでやるか」


安土はまるで虫けらでも見るかのように、和真を見下した。その瞳には欠片ほどの敬意も脅威も感じていない。ただ絶対的な強者の、気まぐれな戯れ。


「おのれ…安土…! キョウコさんを…みんなを騙して…!」


和真は怒りと絶望で体が震えながらも最後の力を振り絞り、スキルを発動させた。【構築】で作り出せる限りの武器を生成し、安土へと向かって放つ!


だが―――


パキン!


安土は指先一つ動かさずに和真の攻撃を全て弾き返した。いや、攻撃が安土に届く前に彼の周囲に存在する圧倒的なオーラによって粉々に砕け散ったのだ。


「…なんだ、この程度なのか」


安土はつまらなそうに言った。


「蟻が天に唾するようなものよ」


安土はゆっくりと手を和真に向けた。特別な技を使うまでもない。ただ純粋な「力」の奔流が和真へと向かう。


「ぐ…あああああっ!!」


回避することも防御することもできない。和真の体は、見えない巨大な力によって赤子の手をひねるように打ちのめされ、地面に叩きつけられた。骨が軋み、内臓が揺さぶられ、意識が再び遠のいていく。


(強い…強すぎる…! これが…安土…! こんなものに…勝てるわけが…)


薄れゆく意識の中、和真は安土の高らかな笑い声と絶望に染まるテンシュリアの空を見た気がした。第六天魔王の完全復活。それは世界の終わりを告げる鐘の音のように、和真の心に重く冷たく響き渡っていた。

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