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私と会うたびに赤毛の秘書のこと語る殿下とはもうやっていけません

作者: 塙瑶花
掲載日:2025/01/08


 私の目の前にいるのは、この国エキナセアの王太子アルウィン・レノ・エキナセア。その長い足を組み、光り輝く肩までのブロンドをさっと掻き上げて、ラピスラズリのような瞳を細めた。

それは、彼が大好きな人のことを語り始める時の仕草だと私は知っている。


「フレイア、ジョイスはね......」


お蔭で、私はすっかり彼女のことに詳しくなってしまった。


 アルウィン曰く。


騎士団の副団長でもあるアルウィンの下に、今からちょうど一年前に配属された秘書兼護衛。

その人の名は、ジョイス。赤い髪を後ろにきちっと束ね。緑の大きな瞳はいつも好奇心に満ちている。

騎士服が似合い、腕も立つ。年はアルウィンより一つ下の十九歳。

比較的小柄だが、体術は誰にも負けない。自分より大きな男を投げ飛ばす。

そんなに強いのに虫が苦手。芋虫を見ても逃げる。

読み物は、神話物から恋愛小説まで、何でも読む。詩歌の本も好き。

昼休みには、読んだ本の感想を嬉々として語る。

音楽は自分でもピアノを弾く。ワルツが好きで良く弾くのに、踊るのはあまり好まない。

青空の下で微笑むと天使のように見える。

下手な冗談は嫌い。文書仕事は完璧。

淹れるお茶は甘く香ばしい。

食べ物は、あまり好き嫌いはないが、強いて言えば辛いものが苦手。見た目グロテスクなのも駄目。

誰にでも分け隔てなく接する。皆に慕われている。

ドロ沼に嵌まった犬を汚れるのも厭わずに助け出す。

好きな人はいるらしいが良く分からない。


 えーと、他には何だったかしら?



 そんなに彼女を好きなら、なぜ私との婚約を解消しないのかと思う。

ジョイスも伯爵家の出身と聞いているので、身分的にはぎりぎり問題ないだろう。

優秀な人のようだから、王妃教育はこれからでもきっと大丈夫。

なにより、夫を守る力がある。


 私はまだジョイスと会っていない。アルウィンは私が騎士団に来ることを嫌がるのだ。

まあ、いずれ会う機会もあるでしょう。


 私は、やはりこの婚約を白紙に戻すように父親に頼むことにした。

侯爵の父は宰相をしているので、権力はこれ以上欲しいとも思っていない。領地経営も優秀な人材に恵まれて順調だ。王家の親戚なんかにならなくても全然大丈夫。


 元々は五年前、私が十二の時に王家の方から打診された婚約だ。

断っても良かったのだが、釣り合いのとれる高位の貴族家に適当な女子がいなかったらしい。

それなら伯爵家まで範囲を広げれば、ジョイスが見いだされたかも知れないのに。

私は、運が悪かったのね。


 私の気持ち? 

ジョイスが現れる前は彼に好感を持ってはいたと思う。でも、近くにいてもどこか遠くにいるような気がしていた。何度か花束や本を贈ってくれたこともあったけれど、きっと婚約者への義務だと思っていたのね。

今は、好きな人のことを延々と語る婚約者をどう思ったらいいのか分からない。


 今日は何て言っていた?


「街の警備の視察の帰りにある孤児院に寄った。ジョイスは子供たちと一緒にゲームや鬼ごっこをして遊んでね。子供に好かれる人なんだ」

「優しい人なのですね」

「ああ」


やけに嬉しそうだった。二人で出かけたようだから、何か良いことがあったのかしら。そういえば帰りに市場を覗いたと言っていたから、何かを買ってあげたのかもしれない。



 その日、屋敷に帰った私はちょうど学園から帰って来た私の可愛い妹とお茶をすることにした。

妹は私より二つ下の十五歳。私と同じアメジスト色の瞳を持つ美しい子だ。

今日は、ふんわりとした淡い桃色の髪を軽く両側に編み込んでいるのがとても可愛い。

アリアナはその外見に似合わず、とてもしっかりしている。

小さい頃は私の後ばかりついてきたのに、今では私が彼女に頼っている部分が大きい。


「ねえ、アリアナ。あなたのお婿さん候補の方はどうなっているの?」

「実はね、やっとこの人と思える人を見つけたの。お父様にはこれから話すわ。多分大丈夫だと思う」

「それは良かったわ。私の知っている人?」

「うーん、どうかしら。近々、紹介出来ると思うから楽しみにしていて」

「ええ......」


「お姉様、浮かない顔をしているけれど、どうかなさったの?」

「それが......、私...、殿下との婚約を解消しようかと思ってるの」

「あら、なんで?」

「殿下には好きな方がいらっしゃるの。赤毛の秘書の方で、彼女のことを語る時はとても嬉しそうなのよ」

「変ねぇ。私は殿下に、『フレイアの食べ物の好みは?』とか『フレイアに贈る花はどんな種類が良いと思う?』とか『フレイアが一番好きな読み物は?』とか『フレイアのラベンダー色の髪に似合うアクセサリーは何が良いだろう』とか、いつも聞かれるのよ」

「そうなの??」

「君に聞いたことは黙っててくれ、とおっしゃるから今まで言わなかったけど」

「いずれにしても、もう殿下とはやっていけないわ。あんなに愛しそうにあの方のことを語るのですもの」

「そう、残念ね......。お母様には?」

「きっと、反対されるから婚約解消が正式に決まってから言うわ」

「そうね。その方が良いかも」

「家では言えないから、明日、王宮のお父様の執務室に行って決着をつけるわ」

「だったら、学園も休みだし、私もついて行くわ」

「まあ、嬉しい!」




 次の日、父の執務室に入ると、大勢の文官が鬼気迫る形相で仕事をしているので、なにか申し訳ないような気持ちになる。

とりあえず皆に差し入れの焼き菓子を出して、お茶を淹れることにした。

お茶を淹れる時は、雑念が消えて心が凪いで行くのが分かる。私にとっては大好きなひと時だ。

皆、恐縮しながらも、いつも嬉しそうにお菓子を食べてお茶を飲んでくれるので、私は温かい気持ちになる。


さて、執務室の隣の小さな応接間で父と向かい合った。

私は、ここ半年ばかりの殿下の言動を説明し、昨夜、必死で書いた『アルウィン・レノ・スペンサー王太子殿下とフレイア・アンテロープの婚約解消について』の下書きを差し出した。

これを正式な形にしてもらって殿下と私の二人のサインをする。最後に父にサインを貰い、陛下に差し出す。

陛下に異存がなければ、婚約解消が成立する。まあ、事情が事情だから陛下も反対しないでしょう。


父は仕事のことに気を取られているのか、心ここにあらずと言った感じだ。

それでも理解はしてくれたようだった。


「分かった。話は分かった。お前の書いた文書なら間違いはないだろう。カート、ちょっと来てくれ」

そう言って、秘書の一人のカートを呼んだ。彼は秘書の中では古株で、落ち着いた風貌の、とても感じのいい人だ。


「フレイアの書いた下書きを、正式な文書にしてくれるか」

「はい。かしこまりました」


「フレイア、悪いが、みんな忙しいから、この文書が出来たら自分で王宮の方の殿下の執務室に持って行ってくれ」

「はい、そうします」


父は会議があるからと、慌ただしく執務室を出て行った。


アリアナと雑談をして、お茶を飲んでいる間に文書が出来上がった。

カートはとても心配して、私に尋ねた。


「フレイアお嬢様、本当に婚約を解消されるおつもりなのですか?」

「ええ」

「フレイアお嬢様は若い文官にも人気ですし、隙あらば殿下に代わりたいと思う輩も何人かいますから、そうなると彼らは喜ぶでしょうね」

「えっ、まさか」

「だから、殿下はいつも牽制していましたね。フレイアお嬢様を見ることも許さないというほどに」

「そう......。でも、もういいの。決心が鈍らないうちに殿下の執務室に行ってくるわ。アリアナはどうするの?」

「私はお父様がここに戻ってくるまで待っているわ。自分の婚約のことで話があるから。お姉様、先に帰っていて、どのくらいの待つか分からないもの」


私はアリアナの言葉に頷いて、カートに軽く頭を下げ、父の執務室を出た。

アルウィンの執務室は同じ階にあるので、数分で着く。


 執務室のドアをノックしたら、秘書のエドが出て来た。


「これはフレイアお嬢様。ただいま殿下は所用で席を外しておりますが、すぐに戻られると思いますので、どうぞ中の応接間でお待ちください」

「ううん、いらっしゃらなくて丁度良かったわ。この封筒を渡してくださる?」

「かしこまりました」


私はそのまま踵を返し、侯爵家の馬車の待っている車寄せに向かった。すっきりとしたはずなのに、足に何かが絡まっているような気がして前に進まない。


 これでアルウィンとの関係は終わり。

もう彼からあの人の話を聞かなくてもいい。望んだはずなのに、このもやもやとした気持ちはいったい何なのだろう。

五年間の楽しかった思い出が甦る。

婚約した最初の頃は、母と私、そして王妃様とアルウィンで山の上の王家の別邸や、湖畔の我が家の別邸に遊びに行った。

別邸のベランダから輝く星空を見て、星座の名前を言い当てたり、雲一つない青空の下で一緒にボートに乗ったりした。

あの時の私たちは、いつも笑い合っていたような気がする。

そう言えば、泥だらけの子狐を助けたこともあったわ。

三年目くらいから殿下も帝王教育が始まり、私も王妃教育が始まったので、一緒に遊ぶ機会は減って行った。それから何となく距離が出来てきたのかしら。

一年半前の社交界デビューの時も、ほんの指先だけをそっと触っただけのエスコートだったし、あまり目を合わせてくれなかった......。



 馬車まで辿り着くのにいつもの倍の時間がかかった。

何だか体から力が抜けて馬車の座席に座り目を瞑ってため息を吐いた。

その途端、「待ってくれ」と言う声がして馬車の扉が開いた。


「フレイア、これはどういうことだ」


息を切らしたアルウィンが、先程の書類を持って馬車の中に乗り込んできた。


「私達が婚約解消すれば、殿下は好きな方と結婚できますでしょ? 愛することのない私と結婚しても不幸なだけですわ」


「俺の好きな方って?」


「ジョイス嬢です」


彼は、「ああー」と頭を抱えた。


そして、私の手を取り

「俺に付いてきてくれ、騎士団の副団長室に行く」

そう言うと書類を馬車の中にポンと投げ入れた。


殿下にエスコートされながら、いえ、この場合は引っ張られながら、騎士団の建物に向かった。


彼の手はますます私の手をしっかりと握る。こうして手を繋ぐのは、何年振りなのだろうとふと思った。あの別邸に遊びに行った頃とは全然違う。彼の手はもうすっかり大きくて少し骨ばっている。ほんわりとした温かさが心地いい。引っ張られているのになぜか安心する。


 騎士団の建物に入ると、副団長室までは、騎士たちの訓練場の脇の廊下を通らなくてはいけないようだ。

そこを通った途端に、騎士たちの声がする。


「おおー、副団長の婚約者だぞ。聞きしに勝る美しさだ」

「ラベンダー色の髪が風に揺れて光っている。神々しいな」

「傾国の美女か。いや、それは困るな」

「副団長が羨ましい!」


訓練の騎士たちが、一斉にこちらを見て、口々にそんなことを言う。

まだ新兵と思われる若い一団では、「手を振ってみよう!」と言って私たちに手を振るから、私も思わず軽く手を振ったら、飛び上がって喜ばれた。


アルウィンは

「だから、ここにフレイアを連れてくるのが嫌だったんだ」とブツブツ言っていた。


 副団長室の扉を開けた途端、目についたのは赤い髪を後ろできちんと結わえている背の高い男性だった。

アルウィンが苦虫をかみつぶしたような表情で言った。


「フレイア、これが秘書のジョイスだ」

「えっ?」


すると、目の前にいる人が

「ジョイス・ブルーメルと申します。ブルーメル伯爵家の次男です。どうぞお見知りおきを」

私に丁寧な騎士の礼をした。


私は、頭が混乱した。女性ではない? たしかにジョイスと言う名は男性にも付けられる名前だ。


ジョイスが男性だったとしても、私は彼に尋ずねるべきだと思った。


「体術が得意とか?」

「ええ、まあ誰にも負けない自信はあります」

「虫が苦手?」

「いいえ。どちらかと言うと好きです」

「読み物は?」

「殆ど兵法書ですね」

「ピアノをお弾きになる?」

「いえ、まさか」

「お茶を淹れるのが得意?」

「さあ? お茶は飲めさえすれば良いと思っています」

「食べ物は辛いものは駄目?」

「そんなことないですね」

「青空の下では天使?」

「は?」


私はアルウィンを振り返った。

「もしかして男性がす......」

彼は慌てたように頭をぶんぶんと横に振った。


そして、「フレイア、天使は君だ」と言った。


ジョイスが

「私は隣の部屋で仕事をしていますので、用事がありましたらお声を掛けてください。それでは失礼します」

そう言って、さっさとその場を後にした。


 残された私に、アルウィンが頭を下げた。


「フレイア、勘違いさせてゴメン。あの話は、ジョイスを土台にして、俺の君への想いを告げたんだ」

「昨日の孤児院の話は?」

「昔、一緒に孤児院で慈善活動をしたことがあったろう? その時のことだ。君は子供たちにとても好かれていた」

「ああ、あの帰りに市場に寄って髪飾りを買ってくれたことがあったわね」

「昨日はそれを着けて来てくれたから嬉しかった」

「そ、そうだったの。犬の話は、あの時の子狐の話?」

「そうだ。君は洋服が汚れるのも構わずに泥の中に入って行って、動けなくなった子狐を助けた。近くに母狐がいて心配していたよね」

「ええ、そんなこともあったわ。それにしてもなぜこんなことを?」

「どんどん美しくなる君に、俺はどう接していいか分からなくなっていた。どうやって愛を伝えたらいいのかとジョイスに相談したら、君に関する本当の事や俺の気持ちを織り交ぜて話してみたらどうかと言われた。アリアナから君の事はいろいろ聞いていたからね」


「はあ......自分のことって、案外、見えないものなのね」

「そろそろ真実を言わなくてはと思っていたんだ」

「私は、あなたに好かれていないと思って。だから......」

「ごめん、もしかして少しは嫉妬してくれたのかな?」

「嫉妬? あの気持ちが嫉妬というの? だとしたら、自分自身に嫉妬していたの?」


私の目から滴が溢れ頬を伝うのが分かった。


アルウィンは酷く狼狽えて「だ、抱きしめてもいい?」と私に聞いた。

だから、私はそっと頷いた。

彼は優しくそれでいて力強く私を抱きしめた。私も彼の背におずおずと腕を回した。

しばらくそうしていたら、行き場を探して彷徨っていた不安な心が嘘のように消えた。


「なぜ、もっと早くにこうしなかったんだろう。お互いの鼓動で、気持ちが通じ合えたのに。俺は馬鹿だ」

アルウィンが私の耳元で呟いた。


彼は私の額に額を合わせて、その怜悧な顔を綻ばせた。声がとても優しい。


「フレイア、結婚式の日取りを決めていい?」

「ええ」

「良かった! フレイア、愛しているよ」

「わ、わたしも......」







〈アリアナ視点〉



「良かった。良かった。計画が上手く行って本当に良かった」


私は、ジョイスと一緒に隣の部屋で聞き耳を立てていた。


頭脳明晰なくせにヘタレな殿下と、優しくて頭も良い、そして誰よりも美しいのに恋愛脳が全く働かないお姉様。


本当に、二人には苦労させられたわ。


 そろそろ結婚式の日取りを決める時期が近付いていると言うのに、二人の仲がちっとも進展しない。

お父様は、私とジョイスの正式な婚約発表は、お姉様たちの結婚式の日取りが決まってからと言うし、そうしたらもう、二人でいろいろ画策するしかないじゃない?


ジョイスと知り合ったのは、ヘタレ殿下のお蔭と言えなくもないから、それには感謝しているけれど。


 あれは、ジョイスが殿下の秘書兼護衛になって間もなくだった。

ジョイスが殿下の使いで、我が家にやって来た。


お姉様とお母様はお茶会でいなかった。殿下のことだから、お姉様の予定を繊密に把握していたに違いない。


 ジョイスに初めて会った時、私には珍しく心が浮き立った。

赤い髪をきちんと後ろに留めて清潔感と逞しさが同居していた彼に、運命的なものを感じた。


ジョイスの方も世の中にこんな可愛い人がいるのかと感激して、自分と人生を共にする人はこの人以外にあり得ない。そう思ったという。


つまり私たちは一目で恋に落ちてしまったのだ。


 殿下から頼まれた内容と言うのは、『半年先の婚約記念日に本を贈りたいと思っているのだが、どんな本が良いと思う』だった。


「相変わらずね」

「そうなんだ。優秀な上司なんだけどな」

「お姉様は、この婚約は政略的なもので自分が殿下に好かれている訳ではないと感じているの」

「え? 殿下は小さい頃のお茶会で会った君の姉上が忘れられなくて、諸外国からの縁談も全て蹴ったと言っていたぞ」

「ストレートに気持ちを伝えればいいのに」

「まあ、育ちの良さがブレーキになっているんだろうな」


 それから私たちは何度か会って、お互いの気持ちを確かめた。

もちろんお母様にはすべて話している。


 お母様は、しっかりとジョイスの経歴や実家の状況を調べ上げていた。

「まあまあ合格ね」

そう言われたのは、ジョイスに二回目に会おうとしている時だったから、さすがに宰相の妻だけあって仕事が早い。


 学園の男の子たちは私が婿養子を取る立場だと知っているせいか、王女様のように私を持ち上げる。それが、鬱陶しくて、好きだと言う気持ちを抱くことが出来なかった。

でも、ジョイスはとても自然に私の心に寄り添ってくれる。

この人なら、一緒に侯爵家を盛り立てていけるだろうと思った。


 知り合ったきっかけがきっかけなだけに、なんとなく大好きなお姉様には私たちのことを話せないでいた。それはジョイスも同じで、殿下に私たちのことを言うのを躊躇っていた。


 ジョイスと初めて会ってから半年後。ジョイスにプロポーズされた。

彼の実家も喜んでくれたし、何の問題もないはずだった。


そろそろ、お姉様にも話そうと思った矢先に、お母様が浮かぬ顔をして、私たちに告げた。


「お父様がね。婚約自体は許可をするけれど、『そろそろ殿下とフレイアの結婚の日程を決めなくてはいけない。それなのにあの二人からは何の相談もない。アリアナたちの正式な婚約発表は結婚式の日取りが決まってからだ』とおっしゃってね」

「面倒ごとは一緒にってことね」

「まあ、そうね」



 それからジョイスと私はあの二人の仲を進展させる方法を考えた。刺激がないのがいけない。お姉様一筋の殿下に女性の影なんかないし、お姉様も殿下以外の人は考えてもいないだろう。


それならば......。


お母様にはいろいろアドバイスして貰ったし、お父様はもちろん、カートやエドまで巻き込んだ。



 そうして、半年に渡った私たちの計画がやっと成功した。

偶然に助けられた部分もあるけれど、お姉様と殿下がお互いの気持ちを確かめられたことは、私も本当に嬉しかった。

 副団長室の隣の部屋で、ジョイスと私はお茶で祝杯を挙げた。




 それからひと月も経たずに、殿下とお姉様の結婚式の日取りが正式に発表された。


 その後すぐに、私達の婚約発表の夜会が我がアンテロープ侯爵家で開かれた。


私の社交界のデビューでもある。

私は薄い水色のドレスに身を包み、頭には白い花で編まれた花冠を着けている。

ジョイスは私を眩しそうに見つめて、ため息を吐きながら「はあ、妖精か......」と呟いていた。

こうして率直に言ってくれるのは、とても嬉しいものだ。殿下も見習ってほしい。


 殿下とお姉様は二人仲良く手を繋いで壇上に立った。

殿下と気持ちが通じ合ったお姉様は、殿下の瞳と同じ華やかな紺色のドレスを纏い、自信に満ちて、いつもよりさらに美しい。


「ジョイス、アリアナ、婚約おめでとう。楽しい婚約時代を過ごしてくれ」

殿下はそう言った後に言葉を続けた。


「すでに知っていると思うが、私たちの結婚式の日程が決まった。これからは忙しくなるのでこのような夜会に出ることも出来ないだろう。この場を借りて私たちを見守ってくれた方々に感謝する。これからも、優しく、時には厳しく、我々を手助けしてくれると嬉しい」


お姉様も殿下の傍らで、力強く頷いていた。


大きな拍手がホールを満たした。私とジョイスも満面の笑顔で拍手をした。

めでたし、めでたし。


壇上を下りた二人はそれぞれの友人たちに囲まれていた。

すると殿下はその友人の輪を抜けて、私たちの所へやってきた。


祝いの言葉を掛けてくれるのかと思い、礼を執った私たちに投げかけた殿下の言葉は。


「どこからどこまでが計画のうちだったんだ?」






〈フレイア視点〉


一件落着、ジョイスが男性だと知ってとても安心したし、殿下の気持ちも分かった。

でも、どこか釈然としない気持ちが残っている。


アリアナとジョイスが婚約したと聞いて、ピンときた。

母に聞いたら、二人が知り合ってから一年近くなると言う。


だとしたら、すべては仕組まれたと言うこと。殿下もジョイスとアリアナのことは知らなかったようだから、少し驚いた様子だった。


私は、母とアリアナとジョイスを前にして、いろいろと問い質した。

アリアナが言うには、

「ちょっと刺激を与えれば、きっとお姉様が殿下への気持ちに気づくだろうと思ったの」


母が目を伏せてそれに続けた。

「まずあなたの気持ちを自覚させるべきだなんて余計なことを言ってしまったわ」


「それで、どんな計画を立てたの?」

「まずは少し殿下に女性の影があると思わせる。お姉様は自覚していないけれど、お姉様と結婚したいと思っている人はたくさんいるのよ。殿下は自分だけが嫉妬しているのは不公平だといつも思っていたらしいの」

「私、べつに他の殿方とどうこうしたことなんかないわ」

「でもね、殿下は落ち着かなかったみたい。だったらはやく日取りを決めればいいのに、ジョイスにフレイアの気持ちが今ひとつわからないとか言うから」


「私が助言しました。それならば私の名前を利用してフレイア様のことを語れば良いのではないかと。フレイア様が自分の事だと気が付けばそれでいいし、気が付かなければ少し嫉妬させることで殿下との結婚に前向きになるのではないかと」


「考えたら、殿下とは月一回か二回会う程度だから、まさか六か月も続くとはだれも思っていなかったのよ」

母が釈明すると、アリアナも続けてこんなことを言う。

「ジョイスのことを話すときにお姉様の瞳が揺れるのが何とも魅力的でつい本当のことを言いそびれたって」


「カートやエドは知っていたの?」

「一応こういう事をしているとは言ったけど、彼らは取り立てて殿下をあおることはなかったのよ。お父様はあの通りだから、流れに任せていただけ」


まだまだ言いたいことはあったけど、婚約の決まった二人をあまり問い詰めてもいけないと思い、私は溜息をつきながら彼らに言った。


「それで三人とも私に言うことがあるわよね?」

「「「ごめんなさい!」」」



その話の後すぐに、王妃様からお茶会に招待された。

王妃様は私にとっては第二の母のような人だから、今回のことを愚痴ってしまった。


「まったく、我が子ながら情けないわ。少し懲らしめましょうよ。そうだ、いい考えがあるわ」

そう言って呼んだのは、ダークブラウンの髪を三つ編みにした見目麗しい騎士だった。


「フレイア、彼女はノエルよ。ルシア王国から、こちらに近衛騎士として一時的に派遣されているの。昨日、着任したばかりよ」

「彼女?」

「ええ、素敵でしょ? 女性にしては背も高いし一見男性に見えるわよね」

「確かにそうですね。とても素敵な方です」

「彼女はあちらの国の近衛騎士団長と結婚しているのよ」

「そうなのですか。えーと、それで?」

「丁度あなたに王室から護衛を付けようと思っていたから、彼女を貴女付きの護衛にするわ」

「はい?」

「アルウィンには、決して女騎士って言わないのよ。なるべく仲良さそうにしなさいね」

「ノエル。フレイアの担当にするから、いつも一緒に、出来るだけ傍にいてね」

「かしこまりました」


私が何処へ行くにもノエルが護衛としてついてくるようになった。何と言っても女同士だからとても気が楽だ。彼女は、いつも私の手を優しく取り、エスコートしてくれる。


私たちは、本当に楽しく過ごした。彼女の国の事や結婚生活の事。風習の違い。そんなことを取りとめもなく話した。今までの友人には未来の王妃ということでどことなく遠慮されていて、心から楽しめて話せる人はいなかったから、親友が出来たような気になった。


そんなある日、殿下がノエルに言った。


「ノエル、フレイアとの距離が近くないか?」

「護衛としては当然のことかと」


「フレイアはいいのか?」

「なにが?」

「噂になっているぞ。ノエルと仲睦まじいと」

「それが、どうかしましたか?」

「俺たち、そろそろ結婚するんだ。まずくないか?」

「私、殿下に咎められるようなことは何もしていませんわ。ジョイスの事の方が酷いと思いますけど」

「それはそうだよな......」


ノエルが護衛騎士に着任して二か月、アルウィンもそろそろ限界だろうと思ったころに、また王妃様に呼ばれた。


「薬が効いたようね。アルウィン、仕事にミスが多くなっているらしいわ」

「そうですか」

「ノエルの夫の近衛師団長が明日やってくるの」

「まあ、それは嬉しいわね。ノエル」

私は後方のノエルを振り返った。ノエルが彼をどんなに愛しているかいつも聞いている。

「はい」

「そこで、少しお膳立てをするわ」

王妃様が、悪戯をする少女のように微笑んだ。


次の日、殿下の執務も騎士団の方も休みなので、私達は殿下の私室のバルコニーでお茶をすることになった。

もちろん侍女やノエルもいる。

しばらくして、ノエルが呼び出されて、部屋を出て行った。


すると、殿下が声を落として私に言った。


「そろそろノエルを他の騎士に代えないか?」

「王妃様が私のために付けてくれた騎士ですので、王妃様に許可を取ってください」

「わかった。そうする」


私は微笑んで立ち上がり、バルコニーから下を覗いた。


「あら、ノエルだわ」

「下に?」

殿下も私の傍らに来た。


ノエルが綺麗な姿勢で庭を歩いている。前方から体格の良い人が黒髪をなびかせて駆けて来た。

そしてノエルをしっかり抱き締めると「寂しかったぞ」と言ってノエルの唇にキスをした。


「え? なんで?」

「殿下、あの方はノエルのご主人よ。ルシア王国から、今、着いたのね」

「ご主人って?」

「ノエルは女騎士よ。素敵でしょ?」

「うそだろ!」


アルウィンはその場に蹲った。

すかさず私はアルウィンに言った。


「私の気持ち、少しは分かった?」

「ああ、あの時は本当にごめん。もう二度とあんなことはしない」

「二度もあったら、もう結婚なんて考えないわ」

「そうだよな」

「私達、不器用だから、きちんと向き合って話し合うようにしましょうね。すれ違いは嫌」

「うん、約束する。君に背を向けられたら俺は生きていけない」


(うふふ、これで結婚後の主導権は私が握ったわ!)



 ~ おしまい ~


ラスボスは、王妃様だったのかもしれませんね。

では、またよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
両親も妹も王宮の連中もみんな、危ない橋を渡って踏み外し、利き手じゃない片手でぶら下がってる状態だったのわかってるのかな? フレイアがモヤモヤを吹っ切り、普通の足取りで馬車に向かってたら、オシマイだった…
(´・ω・)ごめんなさい。王太子に対して… 「ヴァカなのこいつ?」 (´・ω・)…と、言う感想しか抱けませんでした。もしくは… 「天元突破クラスのアホ」 (´・ω・)…とでも申しましょうか… (´・ω…
みかんとか言う奴の感想キショすぎてワロタ。 誰もお前の話なんか聞いてね〜w なんで他人の作品の感想欄で自分語りしてんだこいつ。
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