王都への旅路
村を出発したラウとナタリーは馬車で王都に向かう。
期待に胸を膨らませた二人に、最初の試練が訪れる。
フォーレ村から王都までは馬車で十日ほどかかる。
途中でいくつか村に寄り、野営も交えて進む予定だ。
馬車が村を出てからしばらく、
ナタリーはずっと泣いていた。
親の前では心配かけまいと気丈に振舞ってはいたが、
まだ11歳の少女。
親と離れて暮らすのは大きな不安があるのだろう。
「大丈夫?」
ラウはいたたまれず声をかけた。
「うん、平気。
ただやっぱりお母さん達と離れるのが寂しくて。
ラウと一緒に行けるのは嬉しいし、
置いて行かれる方がきっと悲しいけど、
それでもちょっと色々考えると涙が出ちゃって。」
気持ちは分かる。
ラウに出来るのは安心させる事だけだった。
「ラウ、あの約束覚えてる?」
「ん?」
「これからずっと私を・・・」
「守るって言った事?
もちろん覚えてるよ!」
少女一人守れないなど、剣神の名が泣く。
それでなくとも「守りたい」という感情は
大きくなっている。
「それなら私は大丈夫!
ラウが約束を守ってくれてる間は
もう泣かないって、私も約束するよ!」
「じゃあお互いずっと約束を守っていこう!」
ラウの言葉にナタリーは涙を拭うと、
決意の表情を見せた。
「そういえば、お父さん餞別くれるって言ってたな」
そう言うとラウは父が載せてくれた
荷物の確認を始めた。
自分でまとめた着替えなどの荷物の他に、
見覚えのない大きな革袋が一つある。
中を確認すると、まず、なかなかの剣が目に入る。
鞘から立派で、田舎町ではそうは売ってない代物だ。
ラウは手に取り、抜いて確認した。
頑丈そうで持ちやすい。
それから小さな盾も入っていた。
パンと焼き菓子もある。
これは母からだろう。そして、小袋。
中には金貨と手紙が入っていた。
「ラウ、門出を祝うのに何がいいか迷ったが、
鍛冶屋の俺がしてやれることはそうない。
父さんが気合を入れて鍛えた剣と盾、
それと出来る限りの金貨を送る。
剣や盾は使わなければ売って資金にしなさい。
そのために装飾も少し豪華にしておいた。
ラウは母さんと父さんの宝であり、
誇りであることを忘れないように。」
読み終わると同時に両親への愛情と感謝が胸に溢れ、
ラウの目から一筋の涙がこぼれた。
ラウは驚きを隠せなかった。
シンだった頃には自分が泣くなど
考えられなかったからだ。
ナタリーが泣いていた理由が分かった気がした。
自分の為の人生、と決めていたが、
両親、ナタリーの家族、そしてフォーレ村の皆に
何かあったら駆けつけよう。
そう心に誓った。
村を出てから二日目。
まだ最初の村にも着いていないので
昨日は野営だった。
ラウとナタリーには初めての経験だった。
田舎の校外はとても星が綺麗だった。
シンの時は野営など日常茶飯事だったが、
空き時間は剣を振っていたし
何か異常があれば当然気付くので
見張りを立てず寝ていた。
ただ星を見る時間などなかった。
こんな落ち着いた夜もいいな、
ラウはそう感じた。
御者のおっちゃんも人が良さそうで、
王都近くの村に奥さんと6歳の娘と
暮らしている、と話してくれた。
そしてありがたい事に料理も美味かった。
この世界は馬車が中心の移動手段で、
野営も多い。
野営の時には馬車の御者が料理をすることが多く、
従って御者には料理上手が多い。
おかげで昨日は良く眠れたし、
朝の食事も美味かった。
街道の治安はそこそこいいのか、
ここまで何事もなく馬車は進んでいる。
見晴らしのいい道を抜け、
森に差し掛かった。
時間は夕方に差し掛かっていたが、
木洩れ日が心地よかった。
「坊ちゃん達。
なんかきな臭いでっせ。」
御者が言う。
ラウも良くない雰囲気を感じ取っていた。
道の先を見ると、人が数人
道をふさぐように立っている。
見るからにガラの悪そうな野党だ。
「子供だと思ったらなかなかどうして、
将来有望な女の子だな。
小僧、金目のモノとお嬢ちゃんを置いていけば
命はとらないぜ。」
リーダー格の男が言うと隠れていたのか、
馬車を囲むように仲間が出てきた。
敵は10人。
馬車からみて左右と後方に3人、前方に4人だ。
「早く出しな!」
「死にてーのか!」
馬車を取り囲みながら言う。
やれやれ、人が感傷に浸ってるのについてない。
隣を見るとナタリーが震えている。
御者も
「命だけは・・・」
と命乞いに必死だ。
今迄順調だったのに、
こんなに早く「約束」を果たすことになるとは。
ラウはナタリーの頭を撫でて安心させると、言った。
「僕たちは王都の魔法学校に行くところです。
到着予定は知らせてあるし、すぐにバレますよ?
それに、お金だけならまだしも
人をさらったりしたら、罪が大きくなりますよ」
野党のリーダー格の男が下品に笑いながら言った。
「ゲシゲシ(笑)。罪だってよ!
罪が怖くて野党が出来るかよ!」
まぁその通りだ。
ラウも説得出来るとは思っていなかった。
戦うしかないなーーー
父の革袋から剣を取り出すと同時に抜く。
すぐにナタリーを飛び越え空中で剣を左右に振る。
馬車の外に着地したときには
二人峰打ちで倒していた。
護衛対象がいる戦いの時は
対象に近い敵から倒すのが鉄則だ。
「今ならまだ許してあげるけど」
「逆らうってのか?!やっちまえ!!」
リーダーの号令で野党が一斉にかかってくる。
今のやり取りの後、
まだ襲い掛かってくるのはセンスがない。
ある程度の戦闘経験があれば、
力の差を理解し引き上げるだろう。
ただこいつらは金を出せば殺さないと言った。
こちらも殺さないでおこう。
ナタリーをさらおうとしているのなら
簡単には傷つけないだろう。
ナタリーがいる馬車の左側の敵はあと一人。
すれ違いざまに倒して馬車の前に回る。
御者がやられては、
自分で馬車を走らせる必要があるからだ。
前には4人。
相手が剣を振り上げてる間に
4人に峰打ちを食らわせ右に回り込む。
右には3人。
顔をめがけて突いてきた剣を
最小限の動きでかわすと
3人にも峰打ちを叩き込む。
「何が殺さないだ
頭狙ってきてるだろ」
つぶやきながら後方に回ると、
あろうことか一人が
ナタリーに向かって剣を振るっている。
ここまでは達人レベルの最小の動きだとはいえ、
誰が見ても目で追うことは出来たろう。
峰打ちでも速すぎれば殺傷能力はある。
殺さないようにすれば、必然的に動きは遅くなる。
ナタリーの前で人を殺したくないのも事実だった。
結果、後方にいた一人がナタリーに
切りつける隙を与えてしまっていた。
それまでは命を取ろうとは思っていなかったが
今はナタリーに殺意のある剣を向けている。
ラウはそれを見た瞬間、ギアを上げた。
<瞬歩>
瞬間ラウは剣を振る野党の横にいた。
<閃>
野党の腕が身体と離れる。
<撃>
ラウの突きで切った腕と剣が木端微塵になる。
これらはシンが使っていた技の名前だ。
技に名前など付けなくてもいいのだが、
使う時や教える時に分かりやすくするために
前々世、日本人の時の影響で、
漢字で単純な名前を付けていた。
ラウは自分が思っていた以上に
怒りが込み上げてきた。
ナタリーを傷つけないだろう、
という自分の読みの甘さと
殺意はないだろう、という期待の甘さに。
本当はそれだけではないのだが。
<散>
ラウが技を繰り出すと
残りの野党の身体も粉々になる。
技の影響で土はえぐれ、
野党側の木々はまるで道を開くように倒れた。
ナタリーの様子を確認すると、
剣を切り上げられた恐怖で目を瞑っていた。
見られていないことに安堵すると、
もう一度頭を撫でる。
「もう大丈夫。やっつけたよ!」
「え?」
回りを見て安心したのか、
ナタリーは力が抜けている。
「御者さんももう大丈夫だよ」
「え、あ、うん。坊ちゃんお強いんですね。」
「まぁ少し鍛えてきたからね」
本当は「少し」鍛えたレベルではないが。
馬車の前に行くとリーダーを起こす。
「後ろにいた三人は殺意を向けてきたので処理した」
ラウは続ける。
「お前も命が惜しかったら
あとのやつをまとめて引き揚げろ。
そして二度と人を襲うな。
次に会ったら、分かるな?」
さらに続ける。
「それから、武器と金目の物は置いていけ。
人の物を取ろうとするなら
取られる覚悟もあるのだろう?」
「へ・・・へい。すいませんでしたぁ!」
リーダーは、倒れている部下たちを起こすと
剣と小銭が入った革袋を置いて
足早に立ち去っていった。
野党が見えなくなると、
だんだんと落ち着きを取り戻した御者は
馬車を出した。
「それにしても坊ちゃん、本当にお強い!
いや~この先も坊ちゃんが
いてくれたら安心ですね!」
御者が調子よく言う。
先ほどの戦利品を全て渡したので
気を良くしている。
小銭と思ったが
意外に入っていたのかもしれない。
ナタリーはまだ力が入らないようだが、
なんとか口を開いた。
「約束・・・守ってくれてありがとう・・・」
「まだまだ一回だけだよ!」
「そう・・・だね。簡単に約束っていってごめ・・」
命のやり取りを現実的に考えていなかったのだろう。
危険な目にあって精神的にもショックを受けている。
「これからもちゃんと約束まもるから」
ラウが肩を抱きながら言うと、
ようやくいつもの笑顔になる。
「うん、よろしくね。」
これからも・・・
剣を餞別にくれた父に感謝しながら、
ラウはその言葉を噛みしめていた。
今回はラウになってから初めての戦闘でした。
物語を分かりやすくするため、設定にある事も色々端折っていますが
分かりにくかったらご指摘下さい。
また土日を除く、毎日12:30に更新する予定なので
また覗いてもらえたらうれしいです。
フォロー・コメントもお気軽にお願いいたします。
やる気に繋がります!
※12/11 改行等修正