信念
ビスタが買ったカバンが原因で
賊に襲われてしまう二人。
焦るラウは。
いきなりラウの血が逆流した。
腕輪が赤く光ったのだ。
それはナタリーが
危険な目に合ってることを意味していた。
どういう事だ?
ここは王都だぞ?
王都は魔王大戦のときにも
比較的治安は良かったはずだ。
ラウは町の中心部に向かいながら
気を大きく張り巡らせた。
まだ30%くらいか。
少年のラウはシンには遠く及ばない事に
苛立ちながらも王都のほどんどを気で覆う。
これだ!
ナタリーの気配を発見した。
ナタリーと・・・これはどこか懐かしい気。
それを囲むように悪意のある気が5つ。
その影にさらに大きな気が1つある。
<瞬歩>
連続で瞬歩を使いながら向かう。
10秒ほどでナタリーの元に着く。
遅さに苛立ちながらナタリーを確保した。
持続時間は短く、移動可能距離も低下している。
「ラウ!!」
ナタリーは驚いた。
『絆の腕輪』を発動させてから
あまりにも短い間にラウが着いたからだ。
腕輪には瞬間移動の魔法がついているのか?
そんな事を考えてる場合ではない。
気付いたナタリーはラウに伝える。
「ビスタも!!」
ラウはナタリーの視線を追うと
ナタリーが指をさす前に少女を確保した。
どこか懐かしい気はこの少女のものだった。
路地の入口側に立っていた1人は
来るときについでに倒しておいたので
囲みは崩壊していた。
逃げようと思えば逃げられる。
しかしラウにその選択肢は無かった。
悪意には悪意で応えなくてはならない。
応える力があれば尚更だ。
「遅くなった。ナタリー。この少女は?」
「全然遅くないよ。友達のビスタだよ。」
「初めまして。村から一緒に来た例のお友達?」
「そうだよ!もう大丈夫!ラウ強いんだから!」
「そうなのね!」
紹介されたビスタはやけに落ち着いていた。
今賊に襲われたとは思えない。
ラウは違和感に襲われた。
村を出てすぐ自分の力を見たナタリーが
安心するのは分かる。
実際、隠れてる1人を入れても
ラウにとっては何の脅威もない。
実際この場はもう制圧したも同然だった。
しかし、ラウの事を知りもしない
ビスタという少女が
こんなにも落ち着いてるのはなぜだろう。
まぁ今はいい。
3人は三角形をつくるように並んでいた。
ラウの後ろにナタリーとビスタがいる。
相手は4人。まだ諦めていない様子だ。
どうしてこういった輩は力の差が分からないのか。
呆れてしまう。
ある程度の戦闘経験があれば、
ラウがここに向かいざまに1人倒したところで
逃げているだろう。
もとよりラウは許す気はなかった。
《悪意を向ける者には悪意を
害意を向ける者には害意を
殺意を向けるものには死を》
これはシンの時からの最も重要な信念だ。
シンの前、ラウの前々世は日本の社畜だった。
名前は尾崎進一郎。
シンという名前はここからとった。
気弱だったが、元々体格だけは良かった。
幼い頃から正義感が強く、
曲がった事が嫌いな性格。
しかし日本人特有の性質か、
それをはっきり表せなかった。
そういったストレスからか
まだ学生の頃から、ドラゴンクエストという
ゲームを中心にRPGにハマっていた。
魔法への憧れはここで始まっている。
仕事にも趣味にも一度始めたらやり続ける、
という努力と根性を発揮していた。
就職してからはそこに付け込まれ
かなりブラックな働き方を強いられていた。
仕事を遅くまでしている関係で
帰宅するのはいつも深夜だった。
そんな時間では度々起こる事があった。
そして正義感の強さは災のもとだった。
帰りに度々誰かが襲われてる場面に出会った。
時にはいわゆるおやじ狩りの事もあったし
女性が襲われている事も多かった。
従来の正義感から見過ごすことが出来なかった。
基本的には声をかけるだけで
やめる輩が多かった。
複数人の時は殴られたりすることもあったが
興覚めするのかそれで終わることが多い。
ただその日は違った。
2人の女性が5人に襲われていた。
車で連れ去ろうとしていたのだ。
もちろん進一郎は止めに入った。
しかし、相手が悪かった。
難民として日本に入ってきた外国人だった。
人数も多かったので抵抗した。
女性達を助けた、と思った次の瞬間
頭を鈍器で殴られ背中を刺された。
騒ぎを聞きつけた通行人が通報してくれ
その場の女性たちは助かったのだが
進一郎は懸命な救命活動もむなしく
息を引き取ったのだった。
思えば幼い頃から施設で育ち
就職してからは社畜として働き
結婚どころか恋人も出来ず寂しい人生だった。
最後に人助けが出来たのが唯一の功績か。
そしてその行動を女神に評価され
シンに転生することを許された。
シンの時は転生時すでに青年だった。
殺意を向けてきたものも助けたいという
油断から命を奪われた。
今回は生きるために油断はしない。
そう心に決めた事だった。
《悪意を向ける者には悪意を
害意を向ける者には害意を
殺意を向ける者には死を》
賊のリーダーはまだ自信満々に口をひらく。
「そのカバンを置いていけ。中身ごとな!」
悪人のテンプレの様なセリフに笑ってしまう。
「なにを笑ってる!はやくしろ!」
仕方がない。
<打尾>
父の餞別の剣を抜くと同時に
残りの4人を倒した。
[おい。我を使わないのか]
普段はこちらから話しかけない限り
無口なデュランダルが珍しく話しかけてきた。
本当に無口で、時に意思疎通が出来る事を
忘れてしまうほどだった。
話しかけてくるなど、記憶にない。
〔姿を変えるのを見られるのは後の説明が面倒だ〕
[見られない速さで姿を変えられるが]
〔それにこの剣は父の渾身の作なんだ〕
[そういう事か。承知。我は休んでおく]
〔ありがとうよ〕
少ない言葉で理解してくれた愛剣、
今は愛杖か、に感謝する。
「そのくらいにしてもらおう。」
影から出てきた男が言った。
大きな気の正体はこの男だ。
杖を構えているところを見ると
魔法使いだろう。
左手の中指には、
とても目立つ大きな赤い宝石が入った
指輪をはめている。
魔法使いの気は当てにならない。
気の読み取りはシンの力であり
気は身体の強さに近い。
魔力を測れるものではないのだ。
気が小さくても
強力な魔法を使う魔法使いは沢山いた。
男が杖を振りながら
「マタスト!」
と唱えると、一瞬で景色が変わった。
うっそうと茂る森に囲まれたひらけた場所だ。
地面には魔法陣が描かれている。
特定の魔法陣に転移させられる魔法のようだ。
倒れていた賊達と、
ナタリー、ビスタも転移させられていた。
男は続けて呪文を唱える。
「サモン!」
と言いながら指輪をこすると
指輪から立派なドラゴンが現れた。
赤い鱗と大きな口。
目は黄色く蛇の様に瞳が細長い。
翼は身体の数倍の大きさで、
翼膜は赤紫に輝いている。
まるで赤い竜王だった。
「きゃあーー!」
転移に呆然としていた少女2人が
我に返ったようで、悲鳴を上げる。
目の前に現れた脅威は
生まれて初めての大きな恐怖だろう。
ラウは残念な気持ちを抑えきれなかった。
敵として人間の魔法使いと対峙するのは
シンも含めても初めての経験だった。
イリスは常に後方から魔法を撃っていたし
魔王大戦時は人同士が戦う事はなかった。
この相手が魔法使いだと判明し
魔法学校に入学する前に、
人同士で魔法使いが
どんな戦い方をするのか見てみたかった。
しかし今はそんなことを言っている場合ではない。
ドラゴンーーー
それは魔物の頂点に君臨する存在だ。
魔王はじめ魔族は『魔界』という
ある種の異界の住人である。
対して魔物は、人々が暮らすこの世界、
いわば自然界に多数存在する。
ゴブリンやオーク、そしてドラゴンなどの総称だ。
その魔物の頂点、ドラゴン。
魔王大戦では人間側について戦ってくれたと
聞いていたが、人間と協力したとは聞かないので
自分達を守るためだったのかもしれない。
ラウはとてつもない速さで思考した。
剣での戦闘力はまだシンの3割程。
魔法は学校入学前、お話にならない。
シンの3割でドラゴンに届くか。
しかし勝ち筋はそれしかない。
問題はそれだけではない。
おそらく今の力ではドラゴンは
勝てるか勝てないかの存在。
その勝ちを拾うためには
ドラゴンに集中しなくてはならない。
ナタリーとビスタを護るには
逃げてもらう必要もあるかもしれない。
2人が安全に逃げるためには、
他の脅威はあってはならない。
結論が出るとまずはドラゴンの気を引くため
一瞬で距離を詰め目に切りつける。
〈閃〉
軽く手で弾かれたが、これで優先目標は
ラウになったはずだ。
弾かれた勢いを利用して、
ラウは魔法使いに近付くと切りつけた。
魔法使いの男は、まだ気絶している賊達を
魔法で近くに移動させようとしていた。
ドラゴンを召喚して数秒で攻撃されるとは
思っていなかったのだろう。
〈散〉
難なく魔法使いを倒すと、位置を確認する。
思った通りドラゴンは少女2人に背を向けて
ラウを狙っている。
ラウはドラゴンと対峙した。
こんな状況だがラウは高揚していた。
RPGオタクの血が騒ぐ。
目の前にいるのは紛れもなく
憧れの存在ドラゴンだ。
ドラゴンを見るのは初めての経験だ。
しかもこんなに間近で。
さらに戦うともなればどうしても血が騒ぐ。
自分はドラゴンスレイヤーになれるのか。
しかし護衛対象がいる。
負けるわけにはいかない。
なれるのかじゃないな、なる、だ。
閃を弾くドラゴンに勝てるのか。
ラウを敵と定めたドラゴンは、
大きく息を吸い込むと
ラウに向かって炎を吐いた。
今回もお読みいただき
ありがとうございます。
※魔族と魔物について
本文で説明しようと思いましたが、
違和感があったので本作の設定を
ここで注釈します。
魔族 地球でいう悪魔のような存在
魔物 地球でいう動物や昆虫のような存在
悪魔なんているのかよ!
というセルフツッコミは無視します。
ファンタジーですから(笑)
本編も楽しんで頂けたら嬉しいです。
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