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天狗のあまねとテングの隆生  作者: イリ―


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23/34

2週間

 今日も昨日と同じく天気がいい。

 隆生(りゅうせい)は南口であまねを待っていた。

 あまねとの出会いはたった二日前からなのに、もっと以前から知っているような妙な親しみを感じてきていた。最初は面倒だとも思ったが、それでも帰ってしまえば(しばら)くお別れなのだと思うと残念な気持ちもするから不思議なものだ。

 自分の状況も落ち着けば休日に高尾山に会いに行ってみるのも良いと思った。電車で一時間程度ならそんなに遠くない。


「隆生……」


 声に振り向くとそこにはあまねが立っていた。

 昨日までと様子が違う。

 何が違うのか、よく見ると服が違う。

 一体どこから持ってきたのか今日は洋服を着ていた。白いダッフルコートにスリムジーンズ、白いパンプスとやけに今時の女子である。もうどこから見ても天狗らしくはない。


 何となく照れかくしに「よう」とだけ小さく手を挙げた。

 違和感があった。

 あまねは挨拶に応えるでもなく、今にも泣き出しそうな顔でじっとこちらを見ている。


「おいおいおい、なんだよ会って早々そんな顔。どうかしたのか?」


 あまねはそれに答えず近付くと、そっと隆生に抱きついた。


「なになに? ちょっとあまね? ほんとにどうしたんだよ」


 突然のことに隆生は身動きできず固まった。ほんのりと甘い香りがする。何かの花のような香りだ。何だかいけないことをしているような気になって辺りを見回すが、こちらを見ている人はいないようだった。


「良かった。会えて本当に良かったよ、隆生」


 あまねは顔を伏せたまま隆生の服をぐっと掴んで放さない。

 流石に何かおかしいと感じた隆生は、そっと細い肩に触れて「何があった?」そう訊いた。


管狐(くだぎつね)が貰えなかったのか? それとも葉子さんと喧嘩したとかか?」


 あまねは首を振った。


「じゃあ何で…」

「隆生があの日……来なかったから」

「あの日?」

「わたしが管を手に入れて高尾に帰ったあの日だよ」


 高尾に帰ったあの日? 


「わたしはずっと待っていたのだよ」

「待ってたってのは分かるけど、こうしているじゃないか。それに帰ったって、高尾に帰るのは今日だろ?」


 何だか噛み合わない会話に隆生は気持ち悪さを覚えていた。あまねが首を振る。


「隆生……。君はあの日、この場所には現れなかった」

「現れなかった? ちょっと待てよ、話が分からない。何のことだ? 何を言ってるんだ?」

「思い出せないんだね、やはり」

「思い出せないって何だよ」


 顔を伏せたあまねが一度大きく深呼吸した。


「約束をしたあの日から、もう二週間も過ぎてしまったんだよ、隆生。二週間だ。高尾の秋季大祭も(すで)に終わってしまった。」


 二週間? 本当に訳が分からなかった。

 そっと離れ、顔を上げた彼女は怖いくらい神妙(しんみょう)な表情だった。その距離は近いのに、触れられない程の絶対的な距離に思えた。


「隆生、わたしは君に真実を話さなければならない」

「真実? 何だよそれ……」


 あまねの視線に気圧(けお)され考えがまとまらなかった。


「これまで何かおかしいと、君は思わなかったか?」

「おかしい、だって?」


 おかしいと言うのなら、そんなもの最初からだ。

 自称・天狗に絡まれて、たくさんの稲荷狐(いなりぎつね)が話すのを見て、翼の生えたあまねを見て、スカイツリーを天辺まで登った。これを普通だと思う方がどうかしてる。

 隆生はそう言った。

 あまねは何も答えない。段々と隆生はこの状況に(いら)つきを覚え始めていた。正しくは恐怖であったのかも知れない。それらを誤魔化(ごまか)すようにまくしたてた。


「なんなんだよ、何が言いたい? もしかしてアレか? あまね、君は新手の新興宗教の人間で高尾山だとか稲荷だとかそういう神様を利用して俺を信じ込ませて(だま)してましたとか、そんなドラマのワンシーンみたいなことをを言い出すつもりか? それとも君は催眠術師(さいみんじゅつし)で全部幻覚だったんです、なんて言い出すんじゃないだろうな? そんなことの方がよっぽど非現実的で馬鹿げてる!」


 あまねは何も言わない。隆生は叫ぶように言った。


「なんでだ! 何で何も答えない! 違うって否定しろよ、でなきゃ肯定しろよ! 一体何が何だか分からないじゃ――」


 そこで隆生は違和感(いわかん)に気付き、辺りを見回した。

 何かがおかしかった。

 周囲の様子に目を走らせる。

 新宿駅南口の歩道である。たくさんの人が行き交っている。ビジネスマン、OL、主婦、学生、ティッシュ配り、布地でも編みこんでいるかのように、交錯(こうさく)を繰り返して多くの人が流れていく。


 だが、誰も見ていない。


 それだけ多くの人々がいるにも関わらず、叫ぶ隆生のことを(いぶか)しげに見る者がいないのだ。ほんのひと時、視線を寄こす者さえいない。

 誰一人として隆生を見ていなかった。


「な…んでだ」


 隆生はふらふらと歩み出る。誰もそれに気がつかないように通り過ぎていく。


「なんで。なんで誰も俺を見ないんだ!」


 叫ぶ隆生の声も雑踏(ざっとう)に染み込むように消えていった。その叫びにさえ(わず)かに振り向く者もいない。自分がその場に存在すらしていないような孤立。

 世界から拒否されたように隆生は雑踏に立ち尽くした。


「なぁ、あんた! 俺のこと見えるよな!」


 通りすがったスーツの男の肩に手をかけようとした。

 しかし、その手は男をすり抜けた。

 男は何事も無かったように歩き去る。


「なんだ、これ……」


 隆生は自分の手を触れる。ある。そして周囲を見回す。


「なぁ、無視しないでくれ! 俺を見てくれよ!」


 OLの二人組みの前に立つが二人は気付くこともなくまっすぐ進み、隆生を()り抜けた。通り過ぎたその背を、隆生は愕然(がくぜん)と眺めていた。

 一体何が起きている?


「隆生……」


 あまねの声に隆生が振り返る。


「どういうことだ? 一体俺に何をした。」


 ()め寄り、隆生はあまねの肩を掴んだ。あまねには触れられる。あまねはその場で唯一、隆生を認識していた。


「一体何をしたんだ。どうして誰も俺に気付かない、まさか天狗の妖術か? なんでこんなことをするんだ」


 怒鳴るように叫ぶ。

 あまねは首を振った。


「何も。わたしは何もしてないよ、隆生」


 それはひどく悲しそうな顔だった。


「だったらこれは、これは何だ? お前が何もしてないのなら誰がこんなことをしたって言うんだ? 叶か? 翁か? 葉子さんか? それとも別の天狗だとか妖怪(ようかい)変化(へんげ)だとか、そんなのがやったとでも言うのか?」

「それも違う。誰も、何もしてない。すまない隆生、痛いから放してくれないか?」


 あまねは肩にかけられた手にそっと触れた。隆生は気付かぬ内に強く力を込めていた手を離し震える指先を押さえた。

 そんな隆生にあまねはゆっくりと(さと)すように言う。


「隆生。思い出して欲しい。これは今に始まったことだったかい? これまで君は何にも気付かなかったか? わたしと出会う前。わたしと出会ってから。今までのこと。本当は気が付いていたのじゃないのか?」


 思い出せ。その言葉に隆生は妙な拒絶感(きょぜつかん)を覚える。


「どうしてこの場所なんだ? 私たちはどうしてここにいる?」

「それは、あまね、君が約束だと言ったから……」

「本当にそうか?」


 違う。あまねとの約束がなくとも何故かこの場所にいた。


「ならば、食事をした記憶は?」

「なにを言ってるんだ。お前と一緒に……」


 違う。食べていたのはいつもあまねだけだった。

 空腹感もなかった。食事をした記憶が無い。


「切符は?」

「それはICカードで」


 違う。改札にカードを(かざ)した記憶が無い。あまねの後ろについて歩いていただけではなかったか。


「わたしと別れた後、次に出会うまで君は一体どこにいた?」

「そんなのもちろん家に帰って」


 違う。家には戻っていない。

 帰り道を辿(たど)った記憶も、家に居た記憶もない。あまねと別れた後、いつもどこかで記憶が途切れている。


「他にもおかしな事はあったはずだ」


 言われてみて初めて気がつく。

 あまねと一緒にいる時も、ずっと誰も反応していなかった。

 自分が誰にも見られないのは周りの人達が皆、あまねを見ているからだと思ったからだ。

 だが本当にそうなら、一緒にいる自分にも好奇(こうき)の目は向けられたはずではないのか? 

 隆生は自分の身体を探った。

 財布も無い、時計も無い、携帯もない、何も持っていないというのに何故今まで気付かなかった? 

 本当に気付かなかったのだろうか? 

 いや、気付いていたはずだ。だがそれに気が付いてもそのままにした。

 そんな事もあると理由をつけて目を逸らしていたのではないか?

 もしそうだとしたら、自分はこれまで一体何から逃げていた?

 

 急に脱力感を覚えて(ひざ)を付いた。

 あまねはしゃがんで隆生の顔を両手で包むように触れる。

 そして、その目を真っ直ぐに見た。

 隆生は力無くその目を見返す。

 あまねは(さと)すように、ゆっくりと一言一言をつないだ。


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