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天狗のあまねとテングの隆生  作者: イリ―


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隆生(りゅうせい)!」


 ぶんぶんと手を振りながら、あまねが駆けて来るのを隆生は眺めていた。

 昨日の悲しそうな雰囲気など微塵もなく、むしろ飼い犬が散歩に喜んで尻尾を全力で振っている様さえ重なって見えた。


「百歳の天狗様がいい歳してなんだよ。子供と同じじゃないか」


 あまねはむっとした様子で団扇に手をかける。


「待った、言い過ぎた。ごめん! ここでそれはやめてくれ!」


 分かればいい、とあまねは満足そうに羽団扇で口許を隠して笑った。


「それにわたしは二十歳(はたち)だ。基準が違うからと君は馬鹿にしているようだが、この私が老婆にでも見えるとでも言うのか? ん?」


 くっつきそうなくらいに、ぐっと近寄ったあまねから逃げるように顔を逸らした。しかし、あまねは食い下がる。


「ほれほれ、どうだ? わたしは老婆か?」

「わかった! 分かったから離れろ、見えないから。それでいいだろ!」


 隆生は天狗の得意げな顔をぐっと押し返した。


「うむ、最初からそう言えばいいのだ。顔も赤いぞ、素直ではないが照れる辺りはまだまだ可愛いところがあるじゃないか、()いやつよのぅ」

「ちげーし、ウゼェ」


 あまねはケタケタと笑う。今日は頭に頭襟(ときん)が乗っていない。


「頭襟どうしたんだ?」

「ん? あぁ、街に出るなら目立つから止めた方がいい、と葉子殿が言うのでな。洋服も貸してくれると言ってくれたのだが、葉子殿は背が高くて寸法が合わなかったから、とりあえず頭襟と数珠だけ外すことにした」


 頭襟と数珠のないあまねはそれだけでも印象が違っていた。お世辞でもなんでもなく洗練された雰囲気があった。田舎者の天狗のくせに、である。


「おかしいか?」

「べ、別に。でも団扇は持ってんだな」

「これは天狗にとっては命くらい大事なものだからな」

「ふぅん。で、(くだ)はどうしたんだ? あったのか?」

「それなんだが、連絡に時間がかかっているようで明日になりそうだ。兄君は気まぐれでふらふらするから見つけにくい、と葉子殿も呆れていたが」


 管はない、帰るのでもない。

 無性に嫌な予感がした。


「街に出るって何をする気だ?」


 あまねは呆れた様子で眉をひん曲げる。


「なにを言っているのだ隆生。ここをどこだと思っている? かの東京二十三区だぞ。せっかく高尾から出てきたんだぞ。明日まで時間が空いてしまったのだから、当然観光するに決まっているだろう! ならば君は引き続き案内役に決まっているじゃないか」


 どうせ暇なのだろ? とあまねはにんまりした。


「いや、ほら俺もさ、何だかんだで働き口探さないと生活が」

「つまり金だな。気にするな、ちゃんと謝礼は出すぞ、今日も全部わたしが払うから。一日くらいどうなるものでもあるまい?」


 逃げられない。そもそも相手は天狗である。最初っから拒否権など無いも同然なのである。更にはあまねの言う謝礼と支払いとは、十中八九お賽銭から出されるのだ。まるで税金の不正使用のような罪悪感さえ覚える。そんなもの貰う訳にはいかない。

 隆生はなんだか色々と憂鬱(ゆううつ)な気持ちになった。


「さて、今日は天気も申し分ない。どこに連れていってもらおうか」


 あまねは空を仰いでひとつ大きく伸びをした。

 しばらくあーだこーだと相談をしたところで、あまねはスカイツリーに行きたいと言った。なんでも高尾山からもスカイツリーは見えるのだそうだ。間近でどれほどのものか見たいという。行くのは構わないが自分も案内できるほど詳しくはない、と言うと「だったら丁度いいじゃないか」とあまねは嬉々として言った。


 新宿からは中央総武線で錦糸町まで出て、半蔵門線に乗り換えるのが早そうだった。

 あまねは途中、水道橋の辺りで神田川を眺めると、大きな川と堀のような石組みの眺めに喜んでいた。暫くして秋葉原駅を通ると突然「ここにいるのか?」と訊いてきた。


「何が?」と訊き返す。

「コスプレとかメイドとか?」

「まぁいるだろうな。有名だし」

「隆生は行ったことあるのか? メイドカフェとかいうのは」

「ないな。あんなとこ恥ずかしくて一人じゃ行けない」

「そうか? 面白そうじゃないか。日本における多様な文化の一つとして考えれば、世界的にも類を見ない貴重なものだとわたしは思うのだが。実際に海外ではコスプレも文化として受け入れられ、世界大会なるものも開かれていると聞く。にも(かかわら)らず当の日本人の多くはコスプレそのものを受け入れてはいるが自分には関係の無いものと捉え、且つ色眼鏡で見ているように思う。隆生も今恥ずかしいと言ったな、だがそれは誇るべき日本の多様な文化への冒涜に等しい行為とも言えるのではないのか? 勿論、多様であるからこその個人の主張である、と言われてしまえばそれまでではあるが、それでも日本人として――」


 一気呵成(いっきかせい)に話すあまねにあっけにとられた。


「おいおい、ちょっと待てよあまね。何だよ急に、高尾しか知らないテレビっ子が難しい言い方して。そういうところは流石に年の功――」


 ぎろりと睨む視線から目を逸らすと隅田川が見えてきたので、誤魔化すように「川だぞ」と教える。あまねはそちらに興味を示し「大きな川がたくさんあるんだな」と喜んで窓に張り付いた。

 先の神田川といい、山暮らしだからきっと大きな川は珍しいのだろう。そして年齢の話はもうやめようと思った。

 錦糸町で地下鉄に乗り換えると押上まではすぐである。ものの数分で到着すると地下改札の先に施設への入口が見えた。地下で駅と一体化した商業施設は、平日だったが多くの人で賑わっていた。


「どこに行っても凄い人だな。都会というのはどこもこう祭のようなのか?」

「それはお前が混雑するところにわざわざ行きたがるからだろ。豊川稲荷も王子稲荷もこんなに混雑してなかっただろうに」

「それはそうだが、こんなに人がいるのは祭事くらいしか知らないからな。まぁ祭や紅葉の季節ともなると高尾もすごいことになるのだが……」


 なぜか急にあまねは溜息を吐く。


「どうした? 人酔いでもしたか? 行くのやめとくか?」

「いやいや、ただ年末年始の繁忙を一瞬想像してしまっただけだ、気にするな」

「一体どれだけ忙しいんだ?」


 苦笑するとあまねは意味深な微笑を浮かべる。


「大晦日の高尾のロープウェイは夜でも止まらないって知ってたかな?」


 初日の出を求める客も多いのだろう。

 年に一度の大混雑を想像しただけでうんざりして考えるのをやめた。

 ざっと案内板を眺めてエスカレーターに乗る。あまねは乗ったら乗ったで最新設備の辺りの様子に目を輝かせていた。

 テレビを見てある程度の情報を知っていたとしても、百年という長い年月の間、山に住み続けた彼女には全てが新鮮で面白いのだろう。自分だって散々テレビで観ているエジプトのピラミッドやフランスのモン・サン=ミッシェルでも、間近で直接見ようものなら驚嘆することは間違いない。

 はしゃぐ彼女の姿を見た隆生は連れてきて良かったと素直に思った。


「すごく広いんだな、どこにいるのか全然分かんないぞ」


 あまねがどこからか持ってきたフロアガイドを広げて首を捻っている。それを横から覗き込んで隆生は自分達の場所を指した。


「駅からエスカレーターで上がったから、今いるのは一階のここだな。どうする?」

「スカイツリーはどこだ?」

「ここはツリーの下の建物だから外に出ればすぐ見えるし、この地図を見ると展望台の入口は4階みたいだからそこまで行くか? 見た感じ屋上庭園みたいな広場になってるようだし」

「ならそうしよう、あと、この中もちょっと見たい」

「わかった、でも勝手に動き回るなよ、迷子になるぞ。あまねはすぐにどっかに行くからな。今日はこんなに人がいるんだからすぐに迷子になるぞ」

「うるさいなぁ、そんなに言うなら手を掴んでおけばいいだろ」


 そう言ってあまねは隆生の手を掴んだ。


「なんでだよ! 離せ、別に必要ないだろ!」

「照れるな照れるな」

「うわ、引っ張るなよ」

「人間はこれをデートというのだろ? 良かったな、隆生!」


 そう笑ってあまねは道も分からないくせに先導を切って歩き出し、引っ張られ呆れながらそれについて行く。デートだなんて天狗のくせに何だか分かっているのか怪しいものだと思う。


 誰かとこうして触れ合うなどいつ以来だろう。

 あまねの手は小さくて温かかった。


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