3話
「着きましたよ、パトレシア様」
長かった移動も終わり王都に着くと、兵士が街を案内してくれた。大通りには多くの人々が行き交っており、市場には様々なものが売られている。
私が住んでいた村とは大違いだ。でもなんだか国全体に暗い雰囲気が漂っている。私がいない間に一体何があったの?
「それにしても先ほどの剣の腕には驚きました。まさかお一人で盗賊を追い払うとは……」
「ありがとうございます。でも、村の門番さんと比べたら私はまだまだです」
「ご謙遜を……パトレシア様の腕前でしたら、近衛兵とも張り合えると思いますよ」
ティレンド副将軍は街の中央にある王宮に着くと、門番に声をかけた。
「では、中にどうぞ」
王宮に入ると、兵士たちの掛け声が聞こえてきた。
「よろしければ見学していきますか?」
「えっ、いいのですか? ありがとうございます」
訓練所では兵士たちが馬に乗って模擬戦をしていた。訓練とはいえ迫力のある戦いに、思わず見入ってしまう。そのせいで猛スピードで突進してくる暴れ馬に気付けなかった。
「おい、待て! 勝手に行くな!」
兵士の怒鳴り声が聞こえて慌てて振り返ると、他の馬とは比べものにならない巨大な黒馬が突進してきた。
「パトレシア様、お下がりください!」
ティレンド副将軍が私を守るように前に立つ。でも黒馬は寸前の所で止まると私に頭を下げた。そして子犬のように嬉しそうに尻尾をパタパタと振る。
「あら、久しぶりねキング」
キングと呼ばれた黒馬は、元気よく鳴くと、巨大な顔で頬擦りをしてきた。その光景を見ていた兵士たちは目を丸くして私とキングを見比べる。
「ありえない、あの馬はクレア妃の愛馬、決して他の者には心を開かなかったのに……」
「あの娘は一体何者なんだ?」
兵士たちは訓練を一時中断すると、静かに様子を見に来た。
「ねぇ、また乗せてくれる?」
キングは嬉しそうに足踏みをすると、力強い声で「ヒヒーン!!!!」っと鳴いた。
「それじゃあ、よろしくね」
背中にまたがると、キングはリズミカルなステップを踏みながら駆け出した。そして徐々にペースを上げていき、猛スピードで訓練場を駆け抜ける。
「いいわよ、キング! やっぱり貴方は最高ね!」
訓練場を走り終えてキングから降りると、割れんばかりの拍手が送られた。
「流石です、パトレシア様。その黒馬はキングという名で、クレア妃の愛馬でした。決して王妃以外は乗せさせない忠誠心のある馬でした。それを手懐けてしまうとは……」
ティレンド副将軍は敬意の眼差しで私に感嘆する。なぜ乗りこなせるのか? それは私がクレア妃の生まれ変わりだから。でもそんな事を言っても信じてくれないし……
「実は村の人に教わりまして……」
私は適当に誤魔化すとキングから降りた。寄り道しちゃったし、そろそろマルクス王子の元に行かないと。
「ブルルル!!!」
訓練場を後にして王室に向かおうとすると、キングが私の行手を塞いで鼻を鳴らした。その瞳は「行かないで!」と訴えている。
「大丈夫よキング、帰る時にまた会いに来るから、それまで待っていてね」
私はキングを抱きしめると、綺麗に手入れされた立髪を優しく撫でてあげた。
まさかキングは……私がクレア妃の生まれ変わりだって分かったのかな? だから乗せてくれたの? いや、まさかね……
* * *
マルクス第一王子視点
「なんだか緊張するなぁ……」
城の者以外と会うのはとても久しぶりな気がする。噂によると彼女はとても美人らしい……クレア以外の女性を愛するつもりは微塵もないが、ほんの少しだけ期待している自分がいる。
僕は深く息を吐くと、軽く目を閉じて気持ちを落ち着かせた。どのように会話を始めるか? 顔も知らない、声も聞いた事もない人物を相手に何度も頭の中でシュミレーションをしてきた。
きっと上手くいくはず。そう思っていたのだが……扉がゆっくりと開いて彼女が入って来た途端、頭の中が真っ白になった。
「失礼します」
透き通った声と共に、噂通りの美人が優しく僕に微笑む。その瞬間、視界が滲み出して前がよく見えなくなった。
それが涙だと気づくのに少し時間がかかった。空いた口が閉じなくて喉が乾く。
頭では彼女の事を赤の他人だと言っている。でも魂が違うと叫んでいる。僕は彼女を食い入るように見つめると、絞り出すように声を出した。
「…………………クレアなのか?」
* * *
パトレシア視点
「…………………クレアなのか?」
マルクスは信じられない物を見るような目で私を見つめる。でもそれは私だって同じだった。まさかクレアと言い当てるなんて思いもしなかった。
「えっと……私は……」
「あぁ……すまない、そんなわけないな……彼女はもういないのだから……」
マルクスは困ったように笑って目を伏せた。
「君の作った薬はとても良かったよ。おかげで調子がいい」
「ありがとうございます。お役に立てて光栄です」
お薬が効いたのは良かったけど、随分とやつれて見える。昔のような覇気はなく、体も痩せている。きっと私が死んだせいでこんな悲惨な姿に……
それなのに私は第二の人生を楽しんでいた。これでは妻失格だ……夫が苦しんでいるのに、なぜもっと早く会いに行かなかったのだろう?
「ごめんなさい……」
「どうして君が謝るんだい?」
気がつくと私はポタポタと涙を流して泣いていた。自分だけ楽しい日々を過ごしていた罪悪感と、夫の無惨な姿に胸が締め付けられる。
「君の薬はよく効いた。もうしばらくここにいてもらえないだろうか?」
「はい、もちろんです!」
私は涙を拭くと、強く頷いた。村の娘に生まれ変わった私では身分が違いすぎる。どれだけ願っても前のように妻として隣に立つことはできない。
ならばせめて……全力でマルクスの看病をしよう。彼がもう一度、昔のように元気になるまで側にいよう。それが私にできる唯一の償いだ。
「ありがとう。よろしく頼むね。えっと……」
マルクスは困った表情でポリポリと顔をかく。そうだった……自己紹介がまだだったわね……
私たちは赤の他人。今日初めて会ったのだから知らなくて当然。分かってはいたけど、やっぱり辛いわね……
今の私はもうクレア妃ではない。彼女は死んだ。もうこの世にはいない。過去の思い出は胸の奥にしまって、そろそろ新しい一歩を踏み出さなくちゃ!
「初めましてマルクス様………」
私は深く息を吐いて気持ちを落ち着かせると、自分に言い聞かせるように自己紹介をした。
「パトレシアと申します! 以後、よろしくお願いします!」
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