36話
「パトレシア、君はもう十分戦った。すぐに医療班の元に向かって手当てを……」
「大丈夫です。最後まで見届けさせてください」
本当は今すぐ休みたい。身体中がボロボロで動くたびに激痛が走る。でも、王妃としてこの戦いを見届けないといけない! そんな思いが伝わったのか、渋々承諾してくれた。
「分かった。じゃあ、僕の側から絶対に離れないでね」
「うん、ありがとう」
私はマルクスに支えられながら大広間を進み、扉に手を当てた。皆んなに見守られながら力をこめて開くと、年老いた白髪のおじさんが怯えていた。ついに追い詰めたわよ!
「グレイオス陛下、もう諦めて下さい!」
「何を言っておる、ここまで来て諦めるか! 衛兵たちこいつらを捕まえろ!」
後ろの扉がしまって隠れていた兵士が一斉に現れる。廊下や大広間に1人も兵士がいなかったのは、ここで待ち伏せしていたからなのね。
「まずい、パトレシア! 扉を閉められてしまった」
マルクスが必死に叫ぶ。まさか誘き寄せられたの?
「残念だったなパトレシア、お前たちはここで終わりだ!」
グレイオス陛下は頬を歪ませて悪魔のような笑い声をあげた。
「さぁ、やれ!」
ジリジリと敵兵に追い詰められる。犠牲が出るのを覚悟して反撃に出ようとすると……
「グレイオス、もう諦めろ」
後ろの扉が勢いよく開いて、1人の男が入ってきた。えっ、どうして彼が?
「ちょっとアモン、どうして生きているのよ?」
扉の向こうから現れたのは、なんとアモンだった。
「勝手に殺すなよ姫様……まぁ、瀕死状態なのは変わらねぇけどな」
アモンは虚ろな目でニヤリと笑みを浮かべる。
「なぁ、姫様、悪いけど剣を貸してくれないか? さっきの戦いでガタがきてるんだよ」
「それは私も同じよ。携帯用のナイフならあるけど……それでいいの?」
「あぁ、構わねぇ」
アモンはナイフを受け取ると、敵陣に向かって突進した。
「おい、何をしてるんだ!」
「もう俺たちの負けだ。悪あがきはやめろ」
「なんだと? クソ、あの男を殺せ!」
グレイオス陛下の命令を受けて、兵士たちがアモンを取り押さえようと囲い込む。数本の剣が彼の背中に突き刺さり、大量の血が吹き出す。それでもアモンは止まらなかった。
「お前らは、何をモタモタしてるんだ! 早く仕留めろ!」
歯軋りをしながらグレイオス陛下は喚き散らす。顔を真っ赤にして怒鳴る姿は、子供みたいに幼稚で滑稽に見えた。
「あんたはいつも命令ばっかりだな。自分の身くらい自分で守ったらどうだ? もう少し姫様を見習え」
「なっ、なんだと?」
アモンは兵士の間をすり抜けて、グレイオス陛下と対峙した。
「くそ、使えない奴らだな! もうよい!」
グレイオス陛下は剣を抜いて反撃に出た。普段のアモンなら避けられるはずだけど、手負いのせいか動きが鈍っていた。鋭い突きがアモンの胸に突き刺さる。
「お前は地獄に落ちろ!」
「それはお前も同じだろ!」
アモンは胸に刺さった剣を抜こうともせず、むしろ前進して窓の方に向かって突進する。
「おい、待て、まさか……やめろ!!!!!」
バリンっとガラスが割れる音が響き、アモンとグレイオス陛下が外に落下していく。悲痛な叫び声が耳に届き、少し遅れて地面に衝突する音が聞こえてきた。
* * *
「陛下……」
「グレイオス様……」
「あぁ……なんてことだ……」
主人を失った近衛兵たちは力無く項垂れて床に膝を着く。
「今だ、全員捉えるんだ!」
敵が怯んだ隙を見逃さず、マルクスはすぐに命令を出して敵兵を捉えていく。
「私たち……勝ったの?」
「あぁ、僕たちの勝利だ!」
その言葉を聞いた瞬間、感極まった思いが爆発して、私はマルクスに抱きついた。
「もうこれで、パトレシアを狙う輩はいないからね」
マルクスはギュッと私を抱きしめて長い髪を優しく撫でる。抱擁の中、2人の瞳から涙が溢れて頬を濡らす。その涙は安堵と喜びの混じったものだった。
「無事に勝利出来て本当によかったわ」
「全部君のおかげだよ。本当にパトレシアには助けられてばっかりだね」
「ふふっ、私1人の力じゃないわ。皆んなのおかげよ」
私はそっと割れた窓ガラスの方に向かって外を見渡した。お城の周辺を警戒していた部隊が私に気づいて歓声を上げる。
「終わったのね……」
「うん、これで終わりだよ」
私たちはもう一度抱きしめ合うと、戦いの終わりと勝利の喜びを分かち合った。雲の隙間から差し込む太陽の光が私たちを照らす。それは祝福されているみたいだった。




