32話
パトレシア視点
遠くに見える無数の黒い点が不気味に揺れ動く。あの一つ一つの点が敵兵である事は間違いない。その圧倒的な数に兵士の間でも不安の声が上がる。
空は相変わらず薄暗く、激しい風はナイフのように鋭くて冷たいものだった。
「パトレシア様、合図をお願いします」
ティレンド副将軍が私の隣に来て耳打ちをする。いよいよ始まるのね。
「みなさん聞いて下さい! この戦いで私たちの国の運命が決まります」
私は剣を抜くと空に掲げて叫んだ。彼らの目がより一層鋭くなる。
「ですが、恐れる必要はありません。私たちは決して負けません。愛する家族と友人を守るために、必ず勝利しましょう!」
兵士たちは一斉に剣を抜くと頼もしい声で「おおおおーー!!!」と叫んだ。それを合図に敵兵の方から黒い波が押し寄せてくるのが見えた。
「さぁ、行きましょう!」
私は敵軍に剣を向けると、先頭に立って前進した。それに続いて兵士が私の後に続き、地面が揺れる様な足音を立てる。
敵兵は黒一色で禍々しい。それに対してこちらは、色とりどりの鉢巻を巻いて各部隊がはっきりと分かるようになっていた。
「突撃!」
衝突の瞬間、私たちの部隊は計画通りに4つに分かれ、敵兵を巧妙に包囲した。まず、私が率いる白い鉢巻の兵士たちが前方を固め、一歩も引かない決意を示した。
「全員構えて! 敵兵を食い止めるのよ!」
風が吹き、鉢巻がたなびく。白い鉢巻は遠くからでもはっきりと見えるため、敵兵たちに強烈なプレッシャーを与えていた。
「さぁ、パトレシア様が敵兵を止めている今がチャンスです!」
左右からは、青と赤の鉢巻を巻いた兵士たちが進軍し、敵の側面を攻めた。ティレンド副将軍が率いる青い鉢巻の兵士が、その色のように冷静かつ迅速に動いて敵の弱点を正確に突く。
「お前ら! 俺に続け!」
一方、バトラ将軍は赤い鉢巻の兵士を引き連れて、その色が示す通り情熱と勢いに任せて敵兵を圧倒した。
「くそ、なんだこれは!」
「下がれ! 一度大勢を整えるんだ!」
敵兵は慌てふためきながら逃げ出そうとするが……
「待て、逃すな!」
マルクスが率いる黒い鉢巻を巻いた兵士が、逃げようとする敵兵に向かって一斉に矢を放った。黒い鉢巻は薄暗い空に不気味に溶け込むため、敵には死神の様に見えたに違いない。
「このまま一気に攻め込みます!」
色とりどりの鉢巻が風に揺れ、兵士たちが再び前進する。統一された動きは、まるで大蛇のように滑らかに移動しながら敵兵を飲み込んでいく。
全てが一瞬のうちに行われ、敵兵達は四方八方からの攻撃に対応できず、混乱と恐怖に陥った。
* * *
「お見事ですパトレシア様、敵兵は完全に撤退しました!」
赤い鉢巻をしたバトラ将軍が私の軍に合流して状況を教えてくれた。ふぅ……とりあえず初戦は勝利ね。
「パトレシア。素晴らしい作戦だったよ!」
黒い鉢巻をして、逃げようとする敵兵に矢を放っていたマルクスも私に合流して、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも、私がした事は色で識別して分かりやすくしただけよ」
「それがとても重要なのです」
最後に遅れて青い鉢巻をしたティレンド副将軍がやって来た。
「円滑な意思疎通が出来るのは戦場でとても重要な事です。この勝利はパトレシア様の作戦勝ちです」
「ありがとうございます。でもこれは優秀な兵士と皆さんがいたから出来たことです。あとここにはいけど、リアンのおかげです」
この作戦は薬屋のリアンが染色で使える植物を見つけてくれたから実行できたわ。流石にマフラーを編んでいる時間はないけど、鉢巻ならどうにかなったわね。
「ねぇ、今日の戦いはこれで終わりかしら?」
「そうだね、これだけ戦果をあげたのだから今日は十分だと思うよ」
私の問いかけにバトラ将軍とティレンド副将軍が同時に頷く。
「だったら敵兵も今日はもう襲ってこないだろうって油断しているわよね?」
何気ない私の疑問に皆んながハッとした表情を浮かべる。そうよね、今がチャンスよね?
「皆さん、よく聞いて下さい! このまま追撃をします。ただし怪我をした兵士は手当を優先して下さい。私と共にまだ戦える人はついて来て下さい!」
兵士たちは一斉に立ち上がると、再び掛け声を上げた。本当に頼もしいわね。
「皆んな、私の後に続いて!」
入り乱れていた兵士たちが瞬く間に色ごとに整列する。4色の部隊は馬にまたがると、色鮮やかな鉢巻をなびかせながら敵兵が逃げた先に向かった。
「おい、アルバード軍が攻めてきてるぞ!」
「なんだって⁉︎ 今日はもう十分戦っただろ!」
二戦目はもはや戦いにすらならなかった。予想通り敵兵は完全に油断していたため、圧倒的な勝利で終わった。
「お見事です。パトレシア様!」
勝利に続く大勝利に兵士たちも満足そうにしていた。一方敵兵は完全に降参していた。
「パトレシア、この後、彼らをどうするつもりなんだい?」
「そうね……じゃあ、全員私の元に集めてきて」
「いいけど、大丈夫?」
マルクスは少し心配そうにしていたが、言われた通りに敵兵を集めてきてくれた。どの兵士も傷だらけで、その瞳は恐怖に満ちている。
「皆さん、聞いて下さい」
私は一歩前に出ると、一人一人の目を見つめながら語りかけた。
「私には守るべき国と家族がいます。大切な人を守るためなら命をかけて戦います。ですが、それは皆さんも同じだと思います」
敵兵の間でざわめきが起きてちらほらと頷く兵士もいた。
「貴方たちにも大切な家族や友人がいるはずです。たとえ敵であったとしてもそれは変わりません」
私は医療班を呼ぶと彼らの手当を始めた。
「少し痛いですけど我慢して下さいね」
私は調合しておいた薬を取り出すと、怪我をした兵士に塗って包帯を巻いてあげた。彼らの目には驚きと感謝の色が浮かんでいた。
「なっ、なぜですか? どうして我々を助けてくれるのですか?」
「貴方たちに罪はありません。悪いのは戦いを命じたグレイオス陛下です。皆さんは母国に帰って下さい。そして大切な人との時間を大切にして下さい」
敵兵たちは涙を浮かべると、声を震わせて感謝を述べた。大切な人との時間を大事にする。それは私自身が痛感した事でもある。
前世のクレア妃だった頃は毒入りワインが原因で、マルクスよりも先に死んでしまった。そのせいでとても悲しい思いをさせてしまった。もうそんな思いはさせたくない!
「ありがとうございます!」
「このご恩は一生忘れません!」
「貴方こそが真の英雄です!」
私は笑みを浮かべて彼らと握手を交わした。その光景を見ていた味方の兵士から一斉に拍手が沸き起こる。ついさっきまでは敵だったけど、人として接した事で心と心が通いあった気がする。
「もう戦場で合わない事を願います。もし、怪我の具合が悪化したら教えて下さい。私の国で手当をします」
流石にあれだけ合戦をしたことで、重症の兵士もちらほらいた。
「あの……怪我が酷いので貴方の国で手当てを受けてもいいですか?」
「俺もお願いします」
ヒョロリとした目の細い男と、ずんぐりな男が私の元に来た。
「もちろんよ。一度帰還する部隊がいるからそこに混じって」
2人の男はこっくりと頷くと私に背を向けた。その後ろ姿はキツネとタヌキにそっくりだった。
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