1話
マルクス王子視点
アルバード王国の第一王子、マルクスは今日も部屋にこもって昔の思い出に浸っていた。
「クレア……」
彼女は本当に素晴らしい王妃であり、愛すべき妻でもあった。国民からは慕われ、慈悲深い彼女の事を嫌うものは一人もいなかった。それなのに……
「くそ……どうしてこんな事に⁉︎」
国の最高峰の医者によると彼女の死因は謎の病。ありとあらゆる手を尽くし、様々な治療を施したが、全て無意味に終わった。
「クレア……君は本当に死んでしまったのか?」
実はどこか別の場所に生まれ変わって2度目の人生を満喫しているんじゃないか? そんな妄想が浮かんでは消えていく。
「まぁ……そんなわけないか……」
マルクスは深くため息をつくと、ぼんやりと窓から王国を見下ろした。
パトレシア視点
「2度目の人生最高!!!!!!」
ここはアルバード王国の端にある小さな村。その村に住んでいる私は、今日も鍛錬に励んでいた。
思い返せば最初は大変だった……自分の葬式に出た後は行く当てもなく、暗い森の中を彷徨い、体はボロボロで喉はカラっから。もう何度も死にそうになった。
でも、奇跡的に村を見つけ、村の人々はよそ者の私を受け入れてくれた。そして食べ物と住む場所を与えてくれた。
さらに剣の使い方や薬の調合方法まで教えてくれた。村の人々には感謝してもしきれない。
「さてと、そろそろ行こうかしら?」
剣の素振りが終わったら次はランニング。まだ早朝のため村の人々は眠っている。そのため川の流れや、木々のざわめきがよく聞こえてくる。
そんな自然豊かな場所を堪能しながら走るのはとても気持ちがいい。クレア妃の時は絶対に出来なかったわ。
ただ一つ心残りなのが……
「マルクスは私がいなくても平気かしら?」
出来る事なら会いに行きたいけど、今の私はただの村の娘……当然、面会なんて出来るはずがない。
それに『クレア妃の生まれ変わりなんです!』と言っても、怪しまれて追い出されるのがオチね……
「さてと……そろそろ朝食の準備をしなくちゃ」
私は小屋のような小さな家に戻ると、台所に向かった。宮廷と比べたら質素な家だけど慣れてしまえば問題ない。
早速鍋に火をつけると、山菜や採れたての野菜を入れて、香辛料を加えた。この特製スープは美味しくて体にも良いから気に入っている。
朝は自主練に励み、昼間は村に薬を売りに行く。そして夜は薬草の調合をする。休みの日は村の人に新しい薬の知識を教わったり、剣の手合わせをお願いする。
そんな充実した日々は流れるように過ぎていき、気がつくと2年もの月日が経っていた。
* * *
17歳になった私は村の皆んなから美少女と言われるようになっていた。
太陽の光を浴びて輝く銀色の長い髪、健康的な小麦色の肌。澄んだ青い瞳はまるで宝石のようだった。
日頃の鍛錬によってウエストは細く引き締まっていたが、体の一部は主張が激しく、少女らしい初々しさと妙な色気が合わさっていた。
「おはようパトレシアちゃん」
「パトレシアちゃん、この前のお薬よく効いたよ!」
村の中心にある屋台にお薬を並べていると、みんなが私に声をかけてくれた。村の人々は優しくて家族みたいな絆で結ばれている。
生まれ変わった当初は苦労する事も多々あったけど、今では大切な第二の故郷となった。
「パトレシアちゃん、いつもの薬を頼むよ」
「はい、こちらですね」
常連客の対応が終わり一息ついていると、見慣れない商人が部下を二人連れて私の店に訪れた。旅の方かしら?
「予備の傷薬が欲しいんだが……まさかあんたがここの店主かい?」
「はいそうですけど……」
中年の男が怪訝そうな表情で私を見つめる。
「そうかい、それは驚いた! 俺は商人としてかれこれ10年は経つけど、あんたみたいな奴は初めて見たな。せっかくだからアドバイスをしてやるよ。商売は女のやる仕事じゃない! そこらの飲み屋で働いたほうがよっぽど儲かると思うぜ」
中年の男は嫌らしい目で私をジロジロと見ると、品のない笑みを浮かべる。
「お客様、何をお買い求めですか?」
私は適当に聞き流すと、作り笑顔で対応した。
「いや、特に何もないな。小娘が作った薬なんて怖くて買えやしない。なぁ、それより俺と飲みに行かないか?」
「結構です。私は今、仕事中なので」
「けっ、そうかい、そうかい、それは悪かったな」
中年の男はつまらなさそうに謝ると、私に背を向けた。このまま放っておいてもいいけど、旅の途中で怪我をされたら後味が悪いわね……
「待って下さい。よければこれを持って行って下さい」
私は『一番優秀な薬屋から譲ってもらった傷薬です』と言って商人に渡した。
「あと、この時期の森は危険なので気をつけて下さいね」
「はいはい、ご忠告ありがとさん」
男は私から奪うように薬を受け取ると、部下を連れて村を出て行った。
* * *
商人視点
「クソ、どうしてこんな目に遭うんだよ!」
パトレシアから薬を受け取った商人の男は、大木にもたれかかって嘆いていた。
あれは村を出てすぐの事だ……
近道をするために薬屋の娘の警告を無視して森に入ったら、不運な事に子連れの熊と遭遇してしまった。
親熊は俺たちを見つけると、唸り声をあげて追いかけてきた。何とか命は助かったが全員ズタボロでもう一歩も歩けない……
「リーダー、もう動けないです……」
「やっぱり近道して森に入るからこんなことに……」
二人の部下が弱音を吐く。こんな事ならあの娘の言う事を守るべきだったなぁ……
「そういえば……薬があったよな……」
俺は例の娘から貰った薬を取り出すと、覚悟を決めて傷口に塗ってみた。どうせこのままだといつか死ぬ。だったら賭けてみるか……
「なっ、なんだこれは⁉︎」
「どうしたんですリーダー?」
「お前もこれをつかってみろ!」
俺はすぐに残りの薬を部下に渡した。信じられない事に痛みが消えて、出血も止まった。
「これは凄い、なんだこの薬は⁉︎」
俺は部下を起こすと、急いで村に戻ってさっきの娘がいる薬屋に向かった。
* * *
パトレシア視点
「まったく……さっきのお客は失礼だったわね」
村長の奥さんが私の店に訪れると、気遣うように言葉をかけてくれた。
「大丈夫ですよ、気にしてませんから」
私はいつも通りお薬を渡してお金を受け取った。すると、さっきの商人の男が走ってやって来た。
「おや、あんたたちは!」
村長の奥さんが敵意に満ちた目で男たちを睨む。でも、それを無視して商人の男は身を乗り出した。
「なぁ、嬢ちゃん、さっきの薬なんだが、あれは一体なんなんだ? 凄い効き目だったよ。是非とも作り手に合わせてほしい」
「それなら、今目の前にいますけど……」
商人の男はポカーンとした目で私を見ると、隣にいた村長の奥さんに自己紹介を始めた。
「これはこれは、どうも初めまして、貴方がこの薬の作り手なのですね、是非とも我々に売ってもらえませんか?」
「この薬を作ったのは私じゃないわ。パトレシアちゃんが作ったのよ」
「はっ、はっ、はっ、ご冗談を、こんな小娘に作れるわけがないでしょ」
「いいえ、本当よ」
初めは馬鹿にして笑っていたが、奥さんの本気な表情を見て笑いを止める。
「この村の村長の妻として断言します。パトレシアはこの村の……いいえ……この世界で一番の薬屋です。貴方たちが気安く会話をしていい方ではありません!」
商人たちは、ゴクリと唾を飲むと、突然、私の方を振り返って深く頭を下げた。
「もっ……申し訳、ございませんでした!!!! どうかご無礼をお許し下さい。そして願わくば、私どもにその薬を買わせて下さい!」
隣で見ていた部下たちも深く頭を下げて懇願する。まぁ、そこまで言われたら売ってあげてもいいかしら?
「分かったわ。せっかくだから私が最近作った新しいお薬もどうですか? ちょっとお高いけどいいかしら?」
「もちろんです!」
商人の男たちは持ち合わせていた財産と金品を惜しげもなく私に出すと、気前よく商品を買っていってくれた。
* * *
マルクス王子視点
「マルクス様、どうか少しでもよろしいので、食事をとって下さい」
60代くらいの白髪の混じった男性執事が僕に食事を差し出すが。どうしても食欲がわかなかった……
「すまない、とてもそんな気分ではない」
僕は執事が持ってきた食事を拒絶すると、深くため息をついた。
クレアが亡くなってまもない頃は、色々と忙しくてゆっくりと悲しんでいる暇がなかった。いや、もしかしたら無理やり働いて、クレアが死んだ事実から目を背けていたのかもしれない。
ただ、それも限界だ。受け入れ難いが、認めるしかない……彼女はこの世にいない。もう2度と会うこともない。その揺るぎない真実が僕の胸に深い溝を作り、体を蝕んでいった。
「僕は何をしてるんだろうな……王子にも関わらず、いつまで経っても過去に囚われて……これでは王子失格だ……」
体はみるみる痩せて、昔のような勇ましい覇気が完全に消え失せてしまった。もしかしたら自分もそう遠くない未来にクレアの元にいけるかもしれない……
「マルクス王子、せめてお薬だけでも飲んでください」
「すまない、ありがとう」
どうせこの薬も効かない……もう僕には王子として資格なんてない……いっそのこと毒でも飲んでクレアの元に行ったほうがいいんじゃないか? よし、だったら最後にこの薬を飲んでダメならそうしよう。
「早くよくなる事を心から願っております」
「そうだな……ありがとう」
僕は薬と水を受け取ると一気に飲み干した。そして翌日……
「昨日の薬なんだが……一体どこでこの薬を手に入れたんだ?」
異変は朝起きた時に分かった。なんだか体が軽くて、頭もスッキリしている。こんなに気分がいいのは久しぶりだった。
「たまたま行列の出来ている店を見つけて、そこで購入したお薬です。そこの商人曰く、森の中にある小さな村に住む娘が作ったそうです」
「そうか……村の娘か……」
もし薬が効かなかったら自害しようと思っていたのに……まさかその娘は僕の命を救ったとは思いもしないだろうなぁ……
「是非とも直接お礼を言いたい。その娘を連れてきてくれないか?」
「かしこまりました」
執事の男性は胸に手を当てて軽く会釈をすると、部屋を出て行った。
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