13話
イアン視点
「しっ、失礼します」
僕は手紙を握り締めると、声を張り上げて挨拶をした。どういうわけか、朝目が覚めると兵士が家の前にずらりと並んでいた。
何事かと思って家から飛び出すと、1人の兵士が僕に手紙を差し出してきた。送り主はなんとクレア妃からだった。
とりあえず身支度を整えてすぐに王宮に向かってみたのだが……一体なんの用なんだ?
「どうぞ」
部屋の中から透き通った女性の声がする。僕はごくりと唾を飲み込むと、覚悟を決めて扉を開いた。そこで待っていたのは……
「えっ、貴方は確か昨日の酒場で……」
「あれ? バレちゃいましたか? しっかり変装したはずなのに……」
クレア妃はイタズラっぽい笑みを浮かべて席をすすめてくれた。確かに昨日は顔を隠して庶民を装っていたが、その美しさは隠しきれていなかった。
でも今日は違う。ドレスを着て髪もアップし、ため息が出るほどの美貌が惜しげもなく出ている。
「それで、お酒の方ですが……間に合いそうですか?」
「それに関しては任せて下さい! 同業者の中に酒に詳しい奴を知ってるのでそいつに当たってみます。ちなみにいつまでに準備をすればいいのですか?」
「それがですね……3日後の交流会までになんとかなりませんか?」
「みっ3日後ですか⁉︎」
予想外の無茶な注文に危うく席から崩れ落ちそうになった。3日以内に3千本の酒を集める。そんなの出来るわけ……
「やっぱり難しいですよね?」
クレア妃は小さくため息をつく。ここで断るのは簡単だ。でもそれでいいのか? こんなチャンスはもう二度と来ないかもしれないのに……
「まっ、待って下さい! 3日後に最高のお酒を3千本用意します!」
クレア妃からの無茶な要望は逆に僕の商売魂に火をつけた。いいだろう、やってやろう!
「ありがとうございます! 頼りにしていますね」
これまで何度も修羅場を潜り抜けてきたが今回はわけが違う。失敗したら王妃からの信頼を失う。それはこの国で商売をする上でとんでもない損失となる。でも、成功した時の報酬もでかい!
「では、あまり時間がないので、僕はこれで失礼します」
「分かりました。頑張って下さいね」
僕は最敬礼をして部屋を出ると、急いで同業者の元に向かった。そして3日後……
「やっ……やったぞ……」
倉庫にずらりと並んだ酒を見ながら僕はガッツポーズをした。この依頼は過去一大変だった。寝る間も惜しんで文字通り国中を走り回っていた。
「ふむ……確かに注文分ありますね。お金は後日お支払いします」
王宮から派遣された兵士が丁寧に酒を運び出していく。僕は最後の一本まで無事に持ち出されていくのを確認すると、死んだように眠りについた。
* * *
「失礼します!」
僕はクレア妃の前に立つと、堂々とした表情で部屋に入った。
「待っていましたよ、イアンさん!」
クレア妃は席を立つと、満面の笑みを浮かべて僕を出迎えてくれた。その笑顔を見れただけで疲れが一気に吹き飛ぶ。どうやら満足してくれたらしい。
「まずはこちらですよね」
机の上に布袋がどさっと置いてある。恐る恐る中身を除くと、途方もない額の金貨がぎっしりと詰まっていた。
「こっ、こんなに頂いてもいいのですか⁉︎」
「あんな無茶に答えて頂いたので、これくらいは当然です。それに交流会に来た方も気に入ってくれたので、彼らにも売ろうと考えていまして……
クレア妃は話を区切ると、僕に右手を差し出した。これはもしや……
「是非、イアンさんの力を貸していただけませんか?」
僕は喜びのあまり叫び出したい気持ちをなんとか堪えて握手を交わした。これは凄い、とんでもない利益が出る!
「もちろんです! よろしくお願いします!」
この日を境に僕はクレア妃との共同ビジネスが始まった。他国にどのようにお酒を届けるのか? 値段はどうするのか? どの業者に頼むのか?
驚いたことにクレア妃の商売センスは抜群だった。僕が話した内容を瞬く間に吸収していく。正直これほど対等に話が出来る女性は見た事がなかった。
「これからも色々教えて下さいね」
「はい、もちろんです!」
きっとクレア妃となら素晴らしい商売が出来る。これからも一緒に仕事がしたい! でも、その願いは叶わなかった。クレア妃はある日を境に体調が悪くなってしまい、そのまま亡くなってしまった……
* * *
現在 イアン視点
「なぁ、なぁ、聞いたか? 新しい王妃は村娘なんだって!」
アルバード王国で一番のやり手と言われ、今では大商人イアンと呼ばれている彼は、同業者を連れて飲み屋で議論を交わしていた。
「みたいだな、マスクス王子も何を考えているんだろうな?」
同業者が呆れた顔で首をふる。
「心配するな、どうせただのお飾りだろ? とりあえず俺たちの邪魔だけはしないでもらいたいな」
もう1人の同業者も手を組んでぼやく。その後も情報交換をしていると、鎧を纏った兵士がやって来た。
「貴方が大商人のイアン様ですか?」
「えっ、まぁ、そうだけど……誰ですか?」
「申し遅れました。この国の副将軍を務めるティレンドと申します。パトレシア様が貴方と話がしたいとの事で参りました」
突然の副将軍様の登場に店の人たちがざわめいて、僕たちのテーブル席を凝視する。
「僕と話がしたい? それは商談かな?」
「はい、その通りです」
ティレンド副将軍は深く頷く。これがただの一般兵なら簡単に断る事も出来たのだが……相手が副将軍だとそうもいかない。
「分かった。明日の予定を開けておくよ」
僕は追加で頼んだ酒を飲み干すと、二つ返事で承諾した。これがクレア妃からの商談なら本気で下準備をするが、今回は別に必要ないな。
(相手はただの村娘。どうにかなるでしょ)
ただの田舎娘がこの僕と対等に商談出来るわけがない。それに比べ、クレア妃は僕が唯一認めた女性だった。
パトレシアとか言う王妃が、クレア妃に敵うはずがない。よし、適当に話を聞いて言いくるめてやろう!
「ではお待ちしています」
ティレンド副将軍はそう言い残すと、店を出て行った。




