8話
「ここは……」
気がつくとそこは、王宮の中庭……ではなくて、薄暗い建物の中だった。ここは……離宮かしら? なんだか埃っぽくって不気味な雰囲気が漂う。
なんだかまだ頭がフワフワする。手足はロープで拘束されて身動きが取れない。油断したわ……まさかウィリアムに誘拐されるなんて……
どうにかしてここから脱出できないか思考を巡らせていると、カツン、カツン、っと誰かの足音が聞こえてきた。足音は私の正面にある扉の前で止まる。
「ようやくお目覚めだね、パトレシア」
ゆっくりと扉が開いて、ウィリアム様が部屋に入ってきた。その隣には二人の兵士が控えている。
「ウィリアム、これはどういうつもり?」
「そんなに心配しなくてもすぐに解放してあげるよ。ただし、王妃の座を自ら降りてくれたらね」
ウィリアムはゆっくりと近づいて来ると、冷たい目で私を見下ろした。その瞳には昔のような無邪気な可愛らしさが全くない……
「あいにく、そういうわけにはいかないわ」
「そう、なら仕方ない。君がその気になるまで待っているよ」
ウィリアムはそう言い残すと、兵士を連れて部屋を出ていった。とにかくここから脱出しないと。でもどうやって?
私は耳を澄まして周辺に誰もいない事を確認すると、まず腕のロープを外して、その後足のロープも解いた。村の門番さんに教わっていて良かった〜
とりあえず、部屋を抜け出して忍足で外に向かっていると……
「待て! どこに行くんだ!」
後もう少しのところで見つかってしまった。こうなったら仕方がないわね……
私は勢いよく相手の間合いに入り込むと、背負い投げの要領で敵兵を投げ飛ばした。武器がない時でも戦えるように体術を習っていて良かったわ。
「これはお借りしますね」
私は敵兵から念の為、剣を奪うとすぐにその場を離れた。もう少しで外に出れる! 途中何度か敵兵に見つかりながらも、返り討ちにして、ようやく外につながる扉にたどり着いた。
「ふぅ……やっと外ね」
私は乱れた呼吸と髪を整えて外に一歩を踏み出した。外はすでに真夜中で、周辺の木々が不気味に揺れ動く。そこで待ち構えていたのは……
「ここから先は絶対に通さないよ」
なんとなく予想はしていたけど、案の定、ウィリアムが仁王立ちで待ち構えていた。
「こんな事をしたらお兄様に一生恨まれると思うけど……」
ウィリアムは迷いを振り解くように首を振ると、静かに剣を抜いて構えた。
* * *
「はぁ!!!」
掛け声と共にウィリアムが剣を振り下ろす。私は咄嗟に剣を構えると正面から受け止めた。手が痺れるほどの衝撃が走る。どうやら手加減をしている余裕はなさそうね。
「あんたは目障りなんだよ! 早く出ていってくれ!」
徐々に剣の威力とスピードが増していき、一歩、また一歩と押されていく。これは少しまずいかも……
ウィリアムの剣捌きはさらに鋭さを増していく。反撃をする余裕はなく、これでは防戦一方だ……額からは汗が吹き出して、無数の切り傷が体に刻まれていく……
「クレア妃以外は絶対に認めない!」
ウィリアムは一歩踏み出して間合いを詰めると、剣を振り上げた。頭の中に警告音が鳴り響く。これはまずい!
強い思いが乗った一撃は私の剣を吹き飛ばして、そのまま肩を切り裂いた。
「きゃぁあっ!」
真っ赤な血飛沫が吹き出して腕の感覚が麻痺する。私は膝をつくと傷口に手を当てた。まるでそこに心臓があるかのように激しい鼓動を感じる。
「もう分かっただろ? あんたはボクに勝てないんだ! お前なんてただの村娘だろ? 今すぐ出ていってくれ!」
「いいえ、マルクスの妻です! 出て行きません!」
マルクスが苦しんでいる時に私は村の人々と楽しく過ごしていた。どうしてもっと早く会いに来なかったのか? その後悔がなん度も頭の中を巡って消えてくれない。
これからはどんな時でも側で彼を支える。それが私に出来る唯一の罪滅ぼし……だからここで逃げる訳にはいかない!
恐怖で震え、全身の細胞がここから離れろと叫ぶが、それを無視して私はウィリアムに飛びついた。意表をついた行動に、ウィリアムはバランスを崩し手から剣が滑り落ちる。
「そこまでだ!」
その時、静かな森の中に力強い男性の声が聞こえてきた。えっまさか……
「何をしてるんだ、やめてくれ!」
やっぱり間違いない! ガサガサと木々をかき分けて現れたのはマルクスだった。
* * *
マルクスは私を守るように前に立つと、ウィリアムに向き合った。
「お兄様……」
「これはどういう事だ?」
普段は優しいマルクスだけど、その口調はとても冷たく、本気で怒っているのが伝わってくる。それはウィリアムも感じ取ったのか、一歩後ずさって俯く。
「だって……クレア妃以外は認められないよ……そんな村娘にクレアお姉様の変わりが務まるわけないでしょ!」
「そんな事はない! パトレシアにはクレアのような王妃としての素質がある!」
「でっ、でも……」
ウィリアムは声を詰まらせると、苦しそうな表情を浮かべながら先を続ける。
「クレア妃の変わりが現れたら……みんなクレアお姉様の事を忘れちゃうでしょ? そんなの嫌だよ!」
大粒の涙がウィリアムの頬を濡らして、ポタポタと地面に落ちる。なるほど、その事が不安で私が王妃になるのを拒んでいたのね。
私は怪我をした肩の激痛に耐えながら、何とか体を起こしてウィリアムと向き合った。
「ウィリアム様、ご安心下さい。クレア妃の事はマルクス様から聞きました。彼女の意思は私が引き継ぎます」
意思どころか、クレアの生まれ変わりの私が言うのだから間違いない! 以前の自分に出来なかった事は全部やろう!
「そんな事、出来るわけが……」
「いいえ、必ず成し遂げます!」
2人の視線がぶつかり合って目に見えない火花が飛び散る。長い睨み合いの末、先に折れたのはウィリアムだった。
「はぁー分かったよ……そういう強気なところはクレアお姉様とよく似てるね」
ウィルアムはそっと手を差し出して私に握手を求めてきた。今度は罠はなさそうね。
「…………一応認めてあげる。でも、お兄様を失望させるような事をしたら許さないからね」
「はい、もちろんです!」
私はウィリアムと握手を交わして感謝を伝えた。とりあえず認めてもらえたのかな? なんだか緊張が解けて一気に疲れが押し寄せてきた。
「パトレシア? どうしたんだ?」
異変に気づいたマルクスが青ざめた表情でフラつく私を支える。あれ? おかしいな……さっきまでは平気だったのに……
「酷い出血だ……ウィリアム! 先に王宮に戻って医者に状況を説明してくれ、僕はパトレシアを連れていく!」
「うっうん、分かった!」
マルクスは私を抱き抱えると、急いで王宮に戻った。
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