09.召喚悪魔の精霊召喚?
「おおおっ! こ、これは……!」
さすがのゼニールも驚いて後ずさる。
魔法陣の中央に立つエリオットの周りを、水色の精霊が水しぶきをまといながら旋回していた。
その精霊は(人間の感覚的には)美しい娘の姿をしていて、微笑みながらエリオットを見つめている。
「やはりウィンディーネだったか」
水属性の超エリート魔法使いが連れているのは、大体あれだ。
まさかアーチェストの一年生の身で、ウィンディーネを召喚するとは……さすが主人公並みのチート野郎だな。
「ウィンディーネですって!? すっごーい! さすがエリオットさまだわ!」
感動するキャシーの他にも「きれい」だとか「エロい」だとか、さまざまな感想が飛び交っている。
くそぅ、それなら私は何を召喚すればいい?
火属性ならサラマンダー、風属性ならシルフみたいに、超エリートが連れている精霊はほぼ決まっている。
しかし聖属性と闇属性はサンプル自体が少なくて、そういう代表的な精霊がいない。
あえて言うならシャドーか?
しかし……あんな根暗な黒いガス、一緒にいても楽しくもなんともない。
そこらにいるモンスターの方がよっぽど可愛いぞ。
エリオットの召喚したウィンディーネはもちろん最高のクラスA評価だった。
エリオットは嬉しそうに私に手を振っていたが、無視だ無視。
そのあと続いた生徒たちは……ほどんどが知能の低い無属性で、ランクCばかりだった。
まあこれが普通か。
AからEの五段階評価だからCは中間なんだが、最初にB、Aと続いたからゴミカスに見える。
そうしてあっという間に私たちのクラスの番になった。
やはりランクCばかりの中、さすがはキャシー。
魔法陣を白銀にきらめかせると、白くてまん丸ふわふわの、小鳥のような精霊を召喚した。
「なんだこれは……はっ、もしやっ!?」
ゼニールは一瞬何か分からなかったようだが、あれは聖属性の精霊、ウィル・オ・ウィスプだ。
見た目はゆるキャラみたいだが、知能は高く人語も多少使え、そして何より可愛い。
羨ましいぞ、キャシー……。
「ねえ見てレイ! この子、とっても可愛いわ!」
エリオットと同様にランクA評価をもらったキャシーが、ルンルンで帰ってきた。
「良かったな、さすがはキャシーだ」
「コイツ、アヤシイ! キケン!」
ねぎらう私に、急にウィル・オ・ウィスプが警戒し始めた。
ふわふわの身体を光らせて、私とキャシーの間を飛び回る。
「どうしたのウィルちゃん? レイは闇属性だから相性が悪いのかしら」
「ウィルって、そいつの名前か?」
「ええそうよ、今名付けたの。ピッタリでしょう?」
単純すぎるぞ、キャシー……。
まあそんな事はさておき、聖属性の精霊だから、私に何かしら感じるものがあるらしい。
「ウィルとやら、私はキャシーの味方だ、心配するな」
「それより、次はレイの番じゃない?」
「え、もう?」
私はよく分からんルートで入学したからか、学籍番号が一番最後だ。
いつの間にか、うちのクラスも残すは私だけのようだ。
私はキャシーとウィルに「行ってくる」と告げ、魔法陣の方へと向かった。
結局、一年生の三クラスでランクAを取ったのはエリオットとキャシーのみ。
ランクBもイムリオを含めて十五人ほどか?
それならまあ、最低でもランクBが取れればいいか。
「レイラ・メンフィス、さあ召喚を始めなさい」
ゼニールが嫌そうな顔でそう言った。
そんなに嫌わんでも良かろう、お前の著書をすべて読んだ学生なんぞ私くらいだ。
私は魔法陣の正面に立ち、形だけでも杖をかまえ、精霊召喚魔法を詠唱する。
結局どのくらい手加減するか悩ましかったから、中級魔法を使うときくらいの気持ちでやってみた。
すぐさま深い蒼に光り始める魔法陣。
すると魔法陣の中央に黒い煙がモクモクと湧き出した。
――ポン!
破裂音とともに煙が霧散して、黒い何かが現れる。
大きさは中型犬くらいか?
けっこうデカいな。
トカゲのような黒い身体に翼があって、まん丸な銀の瞳に大きな口……え?
「はああああ?」
ゼニールが間抜けな声を出した。
「こんな精霊、図鑑に載っていたか? ワイバーンの一種のように見えるが……」
ゼニールが小脇に抱えていた精霊大図鑑の闇属性のページをパラパラとめくる。
そうしている間に、魔法陣の真ん中に召喚されたそいつは翼を広げてバッサバッサと宙に浮かんだ。
「うむ、載っていないな。きっと名もない精霊もどきだろう。ランクC、いや、Dでもいいか」
「ワイバーン、だと……?」
周りから見れば、私はガッカリしすぎて呆然とつぶやいたように見えただろう。
だが違う。
この翼のある大トカゲのようなやつは、確かに精霊なんかじゃない……。
こいつは――なんとなんと、ドラゴンの幼体だった。
しかも悪魔界でもっとも凶悪・凶暴・強大で、見かけたら即逃げろと恐れられている、カオスドラゴンの、だ。
「嘘だろ? なんでこんなのが……?」
「まったく、私の描いた魔法陣で名の知れぬ精霊もどきを召喚するなど、この十年で初めてだ」
私のリアクションを勘違いしたゼニールが、勝ち誇っている。
すると宙をパタパタと飛んでいたドラゴンの幼体が、甲高い声を発した。
「れいさま? やっぱりれいさまだ!」
そして嬉しそうに私の胸に飛び込んできた。
デカいから砲弾並みで、私はドラゴンごと舞台上に転がる。
「ぐっ、なんだ、お前っ……!」
カオスドラゴンは知能がかなり高いから、幼体で人語を話してもおかしくはない。
このサイズなら生まれて三年程度か?
しかし、なぜ私の名前を……。
「ちゃんと、れいさまのまりょく、おぼえてたの! れいさま、だいすき!」
嬉しそうに私の胸に頭をすりつけているそいつを見ていたら、急速に記憶がよみがえった。
あれは私が人間界に召喚されるほんの少し前。
奴隷商人が連れていたドラゴンの幼体を、難癖をつけて取り上げた覚えがある。
超博識な私だけは、それが生まれたてのカオスドラゴンだと分かったからだ。
どういうルートで手に入れたのか謎だが、親が無事なら高確率で取り返しにくるし、なによりドラゴンの幼体は見た目だけは可愛い。
つまり、慈悲だ慈悲。
ちなみに奴隷商人はそこらにいるマッドドラゴンの幼体と勘違いしていたから、真相は言わんでおいた。
で、だ。
そのドラゴンの幼体を野に放つとき、戯れてこう言った覚えがある。
『お前を助けたのは偉大なる上級悪魔のレイさまだ、覚えておけ』と。
こいつ、まさかあの時のドラゴンか?
でもなんで精霊召喚で、悪魔界のドラゴンが出てくるんだ!?
「ワイバーンが人語をしゃべった、だと……?」
「じゃ、私はこれで」
驚いているゼニールに背を向ける。
もう評価はどうでもいい、ほかの実技でエリオットに勝てばいいんだからな。
それよりこのカオスドラゴンをどうする?
カオスドラゴンは幼体が極端に小さいのと、成長が遅いというのが唯一の弱点だ。
だがあと二、三年もすれば凶暴性が増して……。
「待ってください、人語を話せる精霊を召喚したのに、ランクDだなんておかしいです! しかもその子、ちゃんと闇属性じゃないですか!」
キャシーだった。
いや、抗議してくれるのはありがたいんだが、今はさっさと去りたくてだな……。
「僕も納得できません! 闇属性の精霊は謎が多いです。その子が精霊大図鑑に載っていなくてもおかしくないのでは?」
今度はエリオットだ。
ああ、二人の友情に泣けてくる……別の意味で。
「もういいんだ二人とも、こいつは確かに精霊っぽくないし……」
「わしもその評価には異論を唱えたいのう」
いつの間にか、円形の舞台の端っこに小さなジイさん、ボルネンが立っていた。
「えっ、なんで?」
「ボルネンさま!?」
なんでこんなところにいるだ、ジジイ。
「今年の一年生は優秀じゃからの、どんな精霊を召喚するのかこっそり見学していたんじゃ。案の定、珍しいものが見れたわい。その個体は精霊ではない。おそらくドラゴンの幼体じゃ」
バレてるんかーい!
「しかし黒い皮膚に銀の目とは……どの種か分からんのう」
「ドドド、ドラゴンですと!? なぜ精霊召喚用の魔法陣で、ドラゴンなんてものが召喚されるんです!?」
ゼニールも私とは別の意味でビックリしている。
「それはレイラの底知れぬ魔力が、不可能を可能にしたということじゃな」
「そう、れいさますごい! ちゃんとどらごんだもん、かおすんっ……むぐぐっ」
慌ててそいつの口をふさぐ。
カオスドラゴンだなんて知れたら大パニックになるぞ!
大昔は人間界にもカオスドラゴンが現れ、国をいくつも滅ぼして、そりゃもう甚大な被害を出しまくったからな。
「不可能を可能……そ、それでは、評価は?」
「ランクAが妥当じゃろう」
「ええっ、こいつ、精霊じゃないのに!?」
しかし私の意見は黙殺され、キャシーとエリオットはメチャ喜んでくれたのだった。
今回も読んでいただきありがとうございます!
良かったら次回もお付き合いいただけると嬉しいです。
本編が長くなったので、裏話として精霊召喚についてここに書いておきます↓
この国のエリート魔法使いは、みんな守護精霊というものを連れています。
アーチェスト魔法学園はエリートしか入学できないので、学生なのに精霊召喚をさせてもらえるらしいです。
しかしエリートとはいえまだ学生……不本意な召喚結果になる生徒もいるようですね。
どうしても納得いかなければ卒業時に召喚し直しできるらしいですが、どんな精霊でも学生生活を共にすると愛着が湧いて、そのまま一緒に過ごすケースが多いとか。
はたして、レイの場合はどうするんでしょうね?