08.悪魔には首席くらい楽勝だが……
晴天の秋空と、カラッとしたさわやかな風。
そしてさわやかさとは無縁の私。
今日も私はアーチェスト学園伝統の一年生用ダークグレーの制服に、真っ黒なボサボサ髪を下ろしっぱだ。
そんな私は今日も輝くみんなの憧れ、キャシーと並んで腰かけていた。
入学してから半年、相変わらずキャシーは私にくっついている。
周りも私に慣れたのか?
たまにキャシーの友人らしき女子生徒も一緒にいるし、さらにクラス合同授業の時はエリオットとその取り巻きまでつるむ事がある。
そうなるとあら不思議、いつのまにか学園のカーストトップぽくなっているではないか!
私の目指していたひっそり静かな学園生活はどこへ!?
ちなみに入学当初に行われていた私に対する嫌がらせは、エリオットのプロポーズ以来ピタッと消えた。
なくなったらなくなったで、なんか寂しい。
「ねえねえレイ、どんな精霊が召喚されると思う?」
キャシーは金の瞳をキラキラさせて、広場の中央、円形の舞台の真ん中に立つ男子生徒を見つめている。
「その質問、今朝から何度目だ? ゼニールがさっき言っただろ、召喚主の魔力に応じた精霊が呼び出されると」
「そういうんじゃなくって! もー、レイはドキドキしないの? その子とこれから一緒に過ごすのに〜」
アーチェスト魔法学園の授業は一年間を前期と後期に分けている。
そして一年の後期の始めに、自分を守護させる精霊を召喚することになっていた。
つまり、これは一年生にとってのビッグイベントだ。
場所も初めての課外授業で、王都のはずれ、アーチェスト学園第二魔法訓練場でやる。
ただの円形の闘技場みたいな簡素な場所だがな。
ま、王都は特別な結界が張られていて召喚魔法が使えんから、こんな僻地まで来ているというわけだ。
今はその円形の舞台の中央に、ゼニールという古代魔法の教師による魔法陣が刻まれていた。
これから一年生全員が学籍番号順に、あそこで精霊召喚を行う。
ちょうどエリオットのクラスが召喚を始めるところだ。
「まあ、ゼニールが魔法陣を描いているから失敗するやつはいないだろうよ」
しかし私は過去に一度、やらかしている。
魔法学校の入学試験で、ガラス玉……じゃなくて、オルタリウム石とかいうのを割ってしまった。
そのせいで今、こんなことになっているからな。
今回はどのくらい加減すればいいんだ?
加減しすぎてカスみたいな精霊を召喚したら、成績に響くよなぁ。
いや私は本来、成績なんてモンスター研究家にさえなれればどうでもいい。
しかしどういうわけか、私はエリオットより優秀な魔法使いにならねば、あいつの嫁になってしまうらしい……。
なんてこったい!!
人間界ライフ、想定外すぎてうまくいかん!
そもそも王子ならすでに婚約者がいるんじゃないか?
と思ったら、今はフリーらしい。
以前は他国のお姫さまと婚約していて婿入り予定だったが、数年前に事故で第二王子が亡くなったのと、エリオットの魔法の才能が予想外に開花したとかで、婚約破棄して国に残ることになったんだとか。
その時にエリオットは父である国王と「七賢星に入れたら好きな相手と結婚していい」という約束をしたらしいが……。
国王め、余計な約束をしやがって。
エリオットも王子なら大人しく政略結婚しとけ!
「しかし私はゼニールに嫌われているから油断できんな」
「そうなのよねぇ、納得いかないわ。なんであんなに毎回、授業でレイにからむのかしら?」
「そりゃ、前期のテストで私が96点を取ったからだろ」
「普通は褒めてくれるところでしょう!? でもそんなに点が取れるレイもおかしいわ。ゼニール先生のテストだけ、問題文すら意味不明だったもの……」
キャシーが遠い目をしている。
そりゃあ、ゼニールは点を取らせるつもりなどないからな。
あいつは未来ある若者が大嫌いな陰キャ教師だ。
まず古代魔法学の教科書(もちろんゼニール著)が難解な古代語で書かれている。
授業も退屈で「アーチェスト学院で一番嫌いな授業」の座を十年も守り続けているらしい。
そんな教師なんぞさっさとクビにして欲しいもんだが、公爵家の出身で王族の親戚なもんだから厄介なんだろう。
しかもかつては火属性の魔法使いの中でもトップに近い実力があったとか。
だが火属性といえば、あのボルネンが長年炎の賢星をやってるからなぁ、ゼニールはボルネンを越せずに人生に挫折したとかなんとか。
そんな陰キャ・ゼニールの難解なテストで、私はうっかり高得点を取ってしまった。
ちなみに平均点は32点だ。
図書館でやつの著書を片っ端から読破していたら、意外とスラスラ解けてしまってな……。
そんなこんなでゼニールを悔しがらせてしまい、後期のテストは過去最高の難易度になる予想。
みんな、すまん。
「まあゼニール先生に嫌われていたって、一年生の首席はレイに決まりよ」
「そうとは限らん。後期は実技が増える」
前期の期末テストの順位は、もちろん私がダントツトップだった。
しかし二位につけた生徒の名前は、エリオット・ボンヴェルン・イシュリア……。
あいつは王子のくせに驚くほど学力が高い。
さらに魔法の才にも恵まれて、既に本人の主属性の水魔法の他に、風、土魔法を使いこなし、少しなら聖魔法まで使えるとか。
物語の主人公レベルのチート具合だ。
「実技って……ああ、エリオットさまね! でもレイだってもう三属性の魔法が使えるじゃない」
「いや、そんなんじゃ足りん」
くそぅ、本当なら聖魔法以外はそれなりに使えるのになぁ。
今も闇属性なら誰にも負けんが、他の属性はこの身体ではなかなか安定しなくて……。
「でも、現時点でエリオットさまに勝ってるレイって何者なのよ。もしかして、勇者なんじゃない?」
「何を言ってる、それはお前だろ」
「えっ!? もー、レイったら、たまにそうやってデレるから大好きよ!」
キャシーが両手を頬に当ててニヤニヤしている。
「なぜだ? 本当のことを言ったまでだ」
勇者とは、かつて悪魔がこの人間界でエンジョイしていた時代に女神が生み出した、チートキャラ的な人間のことだ。
今は人間界に悪魔はいないが(ただし私を除く)、魔人族や強力なモンスターに対抗するため、ごくまれに勇者が生まれると言われていた。
キャシーはたぐいまれな聖属性の魔法の才があるから、勇者じゃないかと思っている。
そのうちすごいことをやってのけ、英雄と呼ばれるんだろう。
あとエリオットもそんな気がするなぁ、人にしては学力も魔法の才もありすぎるし。
だが……こんな近くに同じ年齢で、二人も勇者が生まれるもんなのか?
ちなみに他の世代だと、長く七賢星を務めてるやつは勇者っぽい。
もちろんあのボルネンもな。
あいつは……あの歳でいまだに七賢星だから、勇者というより化け物だが。
「見て、レイ! 可愛い精霊が召喚されたわ!」
いつの間にか、一人目の生徒が聖霊召喚を終えていた。
淡くピンクに光る小さな娘のような精霊が、背中の羽でパタパタと飛び回っている。
「うむ、これはピクシー、無属性である……ランクBだな」
ゼニールが残念そうに告げた。
「イムリオさまだから、ゼニール先生が残念そうね」
「唯一やつが気にかけてる生徒だものな」
イムリオはロッテルリ公爵家の一人息子で、ゼニールの甥だった。
だからゼニールはイムリオだけには甘い。
しかしピクシーは人語を多少話せるが、無属性だからランクBなのか……。
「やあ二人とも、ついに精霊召喚の日を迎えたね! お互い、深い友情を結べる相手が召喚されますように」
それは邪気のカケラもない爽やかな笑顔のエリオットだった。
今日もブロンドがまぶしいくらいに輝いている。
アーチェスト学院の制服の中では一番地味な一年生用の制服も、完璧なスタイルのこいつにかかれば舞踏会に出られるな。
ちなみに女子の中ではキャシーが一番、制服を着こなしている。
「エリオットさま! 本日もご機嫌うるわしゅう。どんな精霊が召喚されるのか楽しみですわね」
「素直に『ランクAの精霊を召喚してやる』と言えばよかろうに」
「はははっ、もちろん評価は大事だけれど、一番は相性じゃないかな?」
そう言い置いて、さわやかヤロウは舞台に上がっていった。
次がエリオットの番らしい。
「エリオットさま、どんな精霊を召喚するのかしら?」
「ま、エリオットのことだ、きっとランクAを取るに違いない。あいつは水属性だから……」
そう話している間にも、エリオットが杖を出して精霊召喚魔法を唱え始める。
すると途端に魔法陣が水色に輝き出し、そこから生まれた風がエリオットの長いジャケットをふわりとはためかせた。
気がついたらもう8話!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
しかし今回はなんだか説明が多くなってすみません。
次回は動きがありますので……!
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オマケに1話目以来の裏話をここに。
レイがゼニール先生のテストで高得点を取れた件。
事前にゼニール先生のテストは難易度が高いと聞いていたので彼の著書を全部読んだんですが、レイは昔から人間界の本を暗記するほど読んでいたので、暗記が得意なのです。
さらに難解と言われる古代語も悪魔時代に習得済み。
まさにゼニール先生にとって史上最強の敵(?)ですね!