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07.はじまった悪魔の楽しい学園生活


「あーら、ごっめんあそばせ〜!」


 賑やかな広すぎる学生食堂。

 歌うような謝罪(?)とともに、何かが飛んできた。

 視界の隅に映るのは宙を舞うティーカップ、もちろんアツアツ紅茶入りだ。

 まったく、最近はゆっくりランチもできんなぁ……。


 テーブルに座り高級ランチセットAを食べていた私の周りに、瞬時にして紫の半透明の球体が現れる。


 バシャーーン!


「きゃあっ! あちちっ!」


 私にぶっかけたかったであろうアツアツ紅茶は闇属性のシールドに弾かれて、「うっかりつまづいて紅茶のカップがふっ飛んでしまったわ!」な女子生徒に飛び散った。


「これは申し訳ない。属性別授業で、悪意のあるものはなんでも弾き飛ばすシールドを習ったばかりでな」


 これは中級魔法の一種で一回発動すると消えるが、発動するまでよほど探知能力にたけたものでなければ気づかない。

 闇属性の優秀な防御魔法だ。


「シ、シールド? ……くっ、それは幸運だったわね!」


 女子生徒は頰をひきつらせながら顔を真っ赤しにて小走りに去っていった。

 そして少し離れたテーブルの集団に飛び込んで「ひーん!」と泣きまねをしている。


「まったく、懲りないわねぇ。どうしてみんなしつこくあなたを狙うのかしら。やっぱり平民出の特待生だから?」


「そうだなぁ……って、主にお前のせいだろうが!」


 いつのまにか隣に来ていたキャシーが、超高級スペシャルランチセットのトレイを私の隣に置く。


「わたくしのせいですって?」


「お前は侯爵令嬢な上、貴重な聖魔法の使い手だ。つまりあいつらの憧れってわけだ。そんなお前が平民の私なんぞにかまうから、ジェラシーメラメラ、いじめたくって仕方がないんだろう」


「でもわたくし、最初にしっかり説明したはずなのに……レイは私の命の恩人だから、皆さん仲良くしてさしあげてって」


「そんなことを言うから狙われるんだろうが!」


 キャシーは高位貴族で聖魔法が使えて、さらにはとても美しい娘……らしい。

 そんなわけで、キャシーはみんなの憧れだった。

 人間と悪魔は美人の定義がちょっと違うから、私にはその美醜は分からんがな。

 ていうか悪魔の女に比べたら、人間なんてみんな可愛いぞ、マジで。


「はーあ、まったく落ち着かん。私は一人静かに魔法を学びたいだけなんだが」


「ごめんなさい、今日は先生に呼び止められて、ランチに遅れてしまったの。わたくしがそばにいたら、あんな事させないのに!」


 いや、別にキャシーに守って欲しいわけじゃなくてだな……。

 もういっそのこと、今すぐ地元の魔法学校に転校したい。

 しかしそれは無理だから、せめて一人にして欲しい。

 なぜかいつもキャシーがそばにくっついてるんだよなぁ。


「入学してひと月は経ったか……よし決めた。今日から私は単独行動を取る。キャシー、お前は健全な友人を作り、楽しい学園生活を送りたまえ」


「そんなっ、ひどいわ! わたくしたち、友達でしょう!?」


 キャシーが大袈裟なくらいに悲痛な声をあげるもんだから、学食中の視線が集まる。


「落ち着けキャシー、声のトーンを落とせ」


「じゃあ、これからもお友達よね!?」


「……」


 ここで否定したら「あのド平民、キャサリーヌさまを悲しませるだなんて許せない!」的になって、嫌がらせが加速すること間違いなし。


「あー、そうだな……まあそういうことにしておこう……」


 くそぅ、どうしたら平穏な毎日がやってくるんだ!?

 私は頭を抱えた。


「もしかして、君がキャサリーヌを助けたという噂のレイラ・メンフィスかい?」


 テーブル脇に、背の高い派手な男が立っていた。

 目立つのは金にきらめくブロンドと、なんだかやたらとまぶしい顔立ちだ。

 キリッとした眉の下、淡いグリーンの瞳が興味深そうに私を見つめている。


「一応、そういうことになってるが……」


「レイ、この方はエリオットさまよ!」


 キャシーが耳元で素早くささやくが、誰だエリオットって?

 そう聞くより先にそのエリオットとやらは、ぐいっと顔を近づけてきた。


「たった一人で魔人族に立ち向かうなんてすごいなぁ……とても信じられないよ」


 まあそうだろうよ。

 学園に入学以来キャシーが言いふらしまくっているが、信じてるやつなんて誰もいないさ。


「別に信じてもらわなくてけっこう」


 そう言い捨てると、エリオットは形の良い眉をくいっと上げた。

 キャシーが「だからこの人はっ……!」と慌てているが、今はこいつと会話中だ、少し待てい。


「そのとき君はまだ学園に入学前だよね。学生用の杖さえ持っていなかったんじゃないかい?」


「は? 杖? 人の命を救うのに、杖の有無など関係あるか」


 アーチェスト魔法学園なんかの魔法学校に入学すれば、段階的に学生用のオモチャみたいな杖が支給される。

 今、私やキャシーに支給されてるのは中級魔法がやっと使える程度のゴミみたいな杖だ。


 しかーし、悪魔の私には杖の有無など関係ない。

 ただ杖なしでうっかり中級魔法や上級魔法を使おうものなら、魔法警察に通報されるから要注意だ。


 ちなみに魔法使いや魔法学校の生徒以外が、中級以上の魔法を使っても通報される。

 しかしキャシーが魔人族の襲撃の際、魔法騎士の剣で中級魔法を使ってしまったのは、正当防衛的なやつで不問になっている。

 というか中級魔法の呪文を知っていて初めて発動させたキャシーはなかなかにすごい。


「しかし君の命も危なかっただろう? それなのに、どうして彼女を助けようとしたんだい?」


 こいつ、しつこいな。

 なぜ助けたって……キャシーに言った「ランチが不味くなる」的なのじゃ、こいつは納得しなそうだ。


「理由などない、私なら助けられると思ったまで」


「きゃーっ、レイったらかっこいい〜! ああ、レイが男性だったら……でもエリオットさまに対してその口調は良くないわよ」


「だから、そのエリオットさまって誰だ?」


「何言ってるの、エリオット殿下よ!」


 殿下って?

 あっ! ……そういや第三王子とやらがそんな名前だったような?

 私やキャシーと同じ十三歳で、隣のクラスにいたはず……それがこいつかい!


 エリオット王子らしき男はしばらく驚いた顔で固まっていたが、そのグリーンの瞳をなぜかウルウルさせている。


「えーっと、これはこれはエリオット殿下、まさか貴方さまとは思わず数々の無礼……」


「感動したぁ!」


 エリオットが急に叫んで片膝をついた。

 そして目にも止まらぬ速さで私の右手をつかむ。


「どうか、僕と結婚してくれないか!?」


「は? けっ、けっこん?」


「嘘でしょ、まさかのプロポーズぅ!?」


 キャシーだけでなく、こちらの様子を伺っていた学食中の生徒が悲鳴をあげる。


「何を言ってる!? なんで私がお前なんぞと!?」


「その勇気と、そして少しも飾らぬところに胸を打たれたんだ」


 なぜ私がこんな男と!?


 いや、こんな男っていうか……まあ世間一般的に見れば素晴らしすぎる男だ。

 第三王子だし、見目も麗しいんだろうし。

 しかし私は一見、華奢でヤバいキャラの少女だが、中身はめちゃくちゃ男だ。


「非常にありがたいお言葉ですが、身にあまりすぎる光栄なので他の人を探してください」


「急によそよそしくしないでくれ! なぜ僕ではダメなんだい? もしやタイプではない、とか?」


「いやあ、タイプじゃないというか……」


 正直に私の中身は男だなんて言ったら、即座に学園内に変な噂が広まるぞ。

 ああもうっ、なんて言えば諦めるんだ!


「……そうだ! 私は自分より優秀な魔法使いとしか結婚しないと決めている」


 はーっはっは!

 この世に悪魔である私より優秀な魔法使いなど、存在せん!


「レイ、すごい自信ね……」


 なぜか呆れた様子のキャシー。

 そして、なぜかパッと顔を輝かせて立ち上がるエリオット。


「それなら僕が七賢星になった暁には、改めてプロポーズさせていただくよ」


「は? 七賢星って?」


「エリオット王子は若手の王族の中でも随一の魔力を持っていて、ボルネンさま以来の王族出の七賢星になるだろうと言われているのよ。まさか、知らないの?」


 そんなん知るか!

 それならそうと早く言わんかい!

 そ、それじゃ……。


「あなたも七賢星にならない限り、プロポーズを断れないわね、ふふふふっ」


 ――終わった、終わったぞ。


「ああ、モンスター研究家……」


 楽しそうに笑うキャシーから目を逸らし、私は天を仰いだ。


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