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06.悪魔は友達なんぞいらん


「あなた、大丈夫だった!?」


 魔人族が逃げていくのを名残惜しく見届けていたら、後ろから声をかけられた。

 振り返れば、あの貴族の娘が聖魔法のシールドを解いて突進してくるところだった。


「止まれっ! 心配ない、怪我はひとつもっ……」


 身体を触られるのが苦手だから手を前に出して制したというのに、娘は私の腕をつかんで押さえ込むようにして抱きついてきた。

 年齢の割に発達した胸が、私の二の腕でムニッとつぶれる。


 え、こいつ、なんでこんなに胸が大きいんだ?

 栄養の違いか?

 いや、うちだってそこそこ裕福な方で……。


「あなたはわたくしの命の恩人よ! 本当にもう、なんてお礼を言ったらいいのかっ……!」


 金の瞳をウルウルさせている。

 別に悩むことなく「ありがとう」と言えばよかろう。


「別に礼はいい。お前が殺されたらランチがまずくなると思ったまで」


「うわ、すっごい塩対応……あっ、なるほど、その真っ黒な服、そういうキャラなのね?」


「まあそう思ってもらって構わない」


 実際は逆だ。

 さすがに祖父母や目上のやつらの前では、生前のレイナを見習って女の子らしいキャラを演じているだけだ。


「わたくしはキャサリーヌ・マリア・プロスト。プロスト家の三女よ。キャシーって呼んでくださる? わたくしたち、お友達になりましょう!」


「なんで友達なんぞ……なに、プロスト侯爵家だと? そういえば私と同じ年齢の娘がいると聞いたことがあるような?」


「あなたも十三歳なの? それでよく魔人族の前に出てこれたわね……怖くなかった?」


「魔人族を生で見るのは初めてだから、好奇心が勝った」


 特にミネストローネアタックの後、こちらを振り返る魔人族の顔にはゾクゾクした。

 怖くて……ではなくて、懐かしくて。


 普通の人間なら腰が抜けるかもしれんが、あいにく私は、もっと凶悪凶暴で怒るとめちゃくちゃ怖い兄弟姉妹とともに育ったからな。

 特に兄や姉たちを怒らせると、ヤバい。

 あれを一瞬思い出したが、魔人族が期待はずれすぎてガッカリだ。

 視線で少し魔力を送り込んだだけで逃げ帰るとはなぁ。


「お姉ちゃーん!」


 今度は涙が混ざった声とともに、あのイチゴを恵んでやった少女が駆けてきて、静止する間もなく私の腰に抱きつく。

 魔人族が去り、他の馬車の乗客もわらわらと外に出てきていた。


「おい離れろ。私はまったくもって元気だが、さっきふっ飛ばされたせいで服が少し汚れている」


「お姉ちゃん、どこも痛くないの?」


「ああ、私はこう見えて魔法使いの卵だからな。ちゃんとガードした」


 というのは嘘で、そんなの面倒だから魔力を使ってダメージを瞬時に超回復しただけだ。


「あなた、魔法が使えるってことは、もしかして……」


 キャシーが何か言いかけたところで、上空から大きな影が降りて来た。

 翼の生えた馬、ペガサスだ。


 おお、ペガサス! 初めて生で見た!

 馬に似てるが、なんと優雅な……。

 慈悲深さを感じさせるそのブラウンの瞳に吸い込まれそうだ。

 てか馬って意外とまつ毛長いよな。

 美人ならぬ美馬だなぁ、こいつは。


 そのペガサスの背には一人の若い男の魔法使いがまたがっていた。

 私が少し前から接近を察知していたうちの一人だ。

 大きな襟に、裾の長い高級そうなアイスグレーのコート。

 城を守る王宮魔法使いだな。

 さらに後からそれなりに腕が立ちそうな三人の魔法使いと、そしてもう一人……。


「ほう? 全身黒い娘がいると思ったら、この間の受験生ではないか」


 今の時代の魔法使いにしては珍しく、ほうきにまたがった小さな爺さんがフワリと降り立つ。

 現代の魔法使いは魔力を使う魔道具ほうきなんて使わず、モンスターを使役して移動するのが一般的だ。


「……これはこれはボルネンさま、またお会いできて光栄です」


 心にもないことだが、一応そう言っておく。


「嬉しいのう、ちっともそう思っとらん顔だがな」


「ボルネンさま! まさかボルネンさまが来てくださるとはっ……!」


「おおキャサリーヌ、無事だったか! わしは近くの国境で結界の補強をしとってな、魔人族に結界が破られたのはすぐ分かったが、侵入したのは複数の魔人族でのう」


 なに、複数だと?

 魔人族の侵入など、年に一回あるかどうかのはずだが……。


 駆けつけたボルネンや他の魔法使いたちは、すぐさま何があったのかを聴取したり、魔法騎士たちの死体を調べたりしはじめた。


 これでめでたしめでたし。

 馬車は王都に向かって再出発!

 ……とはいかない。


「レイラよ、お主、よく魔人族に向かっていったのう」


 ボルネンだ。

 他の魔法使いは私がキャシーという侯爵令嬢を救ったと聞き驚いていたというか、半信半疑というか、信じていなかったのに。

 さすが七賢星の一人、なにか引っかかったらしい。


「えーっと、彼女は高貴な方だと分かったので、命を捨ててでもお助けせねばと頑張りました」


「……あなた、キャラが変わりすぎよ」


 隣のキャシーが呆れているが、目上の人にはいい子を演じなければな。


「偉いのう。しかし怖かったじゃろう?」


「それはもうガクブルです」


「ぜんぜんそうは見えなかったけど」


 キャシー、少し黙っててくれ。


「ふうむ、蹴られたと聞いたが、魔人族も相手が子どもゆえ手加減したか……」


 ボルネンは私をじっと見つめる。


 こいつ、苦手なんだよなぁ。

 七賢星とはいえ人間だから、正体がバレることはないだろうが……どうも私を怪しんでいる気がする。

 あーもう、さっさと納得しろ!


 その願いが届いたか、ボルネンは視線をそらしキャシーに向ける。


「隠してもすぐに広まるから話すがの、今回、五人の魔人族が侵入したんじゃ。実はここ最近、魔人族の侵入が多発しておってなぁ、やつらの狙いは有能な魔法使いじゃ、標的を殺めるとさっさと去っていく」


「有能な魔法使い……それでわたくしが……?」


 自意識高めなことをつぶやいて、絶句しているキャシー。

 なるほどな、ここ最近の物騒な事件の真相はこれか。

 

「どうして魔人族はそんなことをするんでしょう?」


「何か大きな企みがあるようじゃ。わし含め他の賢星たちも総動員で結界を強めたり、次に狙われそうな魔法使いを護衛したりと色々やっとるが……まさか、正式に魔法使いにすらなっておらんお主まで狙われるとはのう」


 なんだか大変そうだな、頑張れキャシー。

 私には関係ないから、そろそろランチを食べたいぞ。


「魔人族に狙われて命が助かった者はほとんどおらん。キャサリーヌ、お主はまた狙われるかもしれぬゆえ、王都までわしがついて行ってやろう」


「ええっ! ボルネンさまが!? ありがとうございます!」


 ちょっと待てーい!

 王都までって……。


「それにレイラ、お主も魔人族にスープをぶっかけたとなれば、ただではすまんだろう。魔人族はプライドだけは高いからの。キャサリーヌともども守ってやるわい」


「いえいえいえ、けっこうです。私はこの乗合馬車で行きますんで、ボルネンさまはキャシーと行ってください」


 さっき魔法使いの一人が乗合馬車のために替えの馬を手配をすると言っていたし、少しすれば出発できるはず。


「心配するでない、わしもキャサリーヌもこの乗合馬車で王都に向かうんじゃ」


「なぜ!? そのほうきに二人乗りしてさっさと行けばいいのに!」


「わしのほうきは年季が入りすぎて一人乗り専用じゃ。それに魔人族も、まさか命を狙われた侯爵令嬢が、こんなボロ馬車に乗っているとは思わんじゃろ」


 ボロ馬車いうな!


 くそぅ、一人静かに王都に向かいたかったってのに……。


「あなたも王都に行くの? えっと、レイラだったかしら?」


「私のことはレイと呼べ。私は王都に行ってアーチェスト魔法学園に入学するんだ」


 レイラという名は女らしすぎて好きじゃない。

 それに実は私の悪魔としての呼び名も「レイ」だから、ピッタリだ。

 悪魔は基本的に本名を隠し、本名の一部やあだ名を使うのが一般的だ。


「レイもアーチェスト魔法学園に!? 私もよ! やったぁ、これからよろしくね」


 ああ、そんな気はしていたさ……あそこは貴族&エリートのための学校だもんなぁ。


「うむ、お主らが友人になるのなら安心じゃな。レイラは初の平民出の特待生だからの、貴族だらけの学園では妬まれるかもしれん」


「……と、特待生ですって!?」


「うるさいぞキャシー、耳元で叫ぶな」


 やれやれ。

 ぜんぜん嬉しくない特待生になってしまったり、貴族の娘の命を救ってしまったり。

 さらに王都までこのジジイと一緒に行かねばならんとは……。


 まったく、人生とは思い通りにならんもんだなぁ。


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