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05.悪魔のような小娘


 あっという間に終わる簡単な任務のはずだった。


 イシュリア王国の結界を破り、兄貴に言われた聖魔法を使えるという小娘を見つけ出して、殺す。

 そして俺の侵入を察知した魔法使い達が駆けつける前に、結界内から去るだけ。

 女神の力が弱っている今なら、イシュリア王国に入るのなんて超簡単だからな。


 それなのに任務達成直前、俺の髪も顔も、なぜか熱を帯びたドロドロの液体まみれになっていた。


「は……?」


 ひりつく熱と、酸味のある不快なにおい。


「誰だ、死にたいやつは!?」


 振り返ると、くたばったばかりの魔法騎士達の死体の中に、小柄な娘が立っていた。

 ふわふわした漆黒の髪を腰まで垂らし、ワンピースもブーツも全身真っ黒。

 人形のように整った白い顔の中で、大きな瞳だけが深い蒼だ。


「はあ? お前がこのヘドロみたいなもんをぶっかけたってのか?」


 嘘だろおい。

 ちっとも気配を感じなかったから、相当の手練れかと思ったのに、プロスト家の娘と同じくらいのメスガキじゃねーか。

 ま、人間の割に魔力を感じるから、魔法使いの才能はあるのかもしれねえが。


「それはヘドロではない、おばあちゃん特製のミネストローネだ。とても美味だが魔人の残念な舌には分からんだろうなぁ……おや? 魔人族は誇り高いと聞いてたんだが、頭からスープをぶっかけられても怒らんのか?」


「……なんだと?」


 その可憐な見た目に似合わない偉そうなしゃべりに、反応が遅れた。

 なんだこのガキ、気でも狂ってんのか?

 そうでなきゃ自殺志願者かよ。


「だから、お前はその貴族の娘になんかに構ってないで、自らの誇りのためにさっさと私をどうにかすべきだと言っているんだ」


 はいはいはい、とにかく死にたいらしいなこいつは。


 俺はプロスト家の娘を投げ捨てると地を蹴った。

 そして生意気なメスガキが反応するより先に、その華奢な腹に膝蹴りを見舞う。


 バキボキバキッ!


 肋骨の折れる感覚が膝に伝わり、メスガキの身体は道路脇の林の中に吹っ飛んでいった。


 あーあ、やっちまった。

 もちっと加減すりゃよかった……。

 ありゃ肋骨が肺に刺さりまくって、もう虫の息だろ。


 さっさと連れ戻して手足を引きちぎり、最後には頭をゆっくりと踏み潰す。

 そうして自分がしたことをたっぷり後悔させながら死なせてやる。

 俺の侵入に気づいた魔法使いたちが駆けつけるまで、それくらいの時間はあるだろ?


 ニヤつきながら一歩足を踏み出して、俺は固まった。


「お前、見た目の割に優しい魔人族だな。そんなに手加減してくれなくていいんだぞ?」


 あのメスガキが顔色ひとつ変えず、スタスタと林の中から出てきた。


 は? 嘘だろ!?

 口の端から血の一筋も垂れてない。

 服の袖で拭ったとか?

 真っ黒だから分かねえが、そうだとしてもさっきの骨の折れる感触……あんな風に歩けるかよ!?


 まさかあいつ、回復魔法が使えんのか?

 だが人間が杖なんかの魔道具なしに使えるのは、しょせん初級魔法だろ。

 初級魔法で治るのはせいぜい軽い怪我レベルだし、そもそも聖魔法を使った気配なんて……。


「誰だっ……!?」


 急に背筋がゾワッとして、反射的に振り返った。

 まさに今、聖魔法の不快な気配が……なんだこれは?


 乗合馬車の前に、あのプロスト家の娘が剣をかまえて立っていた。

 そして娘と馬車を、忌々しい聖魔法のシールドが覆っている。


「くそっ! そうか、魔法騎士の剣か!」


 あれは杖と同じ魔道具……あの娘、まだ魔法使いでもないってのに、剣があるだけでこれほどのシールドを張るとは……。

 白い半透明のシールド越しに、娘と目が合った。

 娘は俺を睨みつけたまま、剣を天に向ける。


 シュバッ!


 赤い炎が黒煙を吐きながら、天に向けて真っ直ぐ飛んでいった。

 あれは人間が助けを呼ぶための救援魔法じゃねえか!

 くそっ。


「これで国境警備隊や王宮魔法使いがすぐに駆けつけるわ!」


 シールドは破れないことはないが、ちっとは時間がかかる。

 それに……。


 黒いメスガキは涼しい顔でシールドの前まで歩いてくると「ほう、なかなか上手く張ったな」などとつぶやいている。


 プロスト家の娘の命はもう諦めるしかねえ。

 だが俺に舐めた真似をしたこいつだけは――。


「どうした、さっさと逃げんのか?」


 黒いメスガキはこちらを振り返り、片眉をくいっとあげた。


 やっぱりコイツだけは、()る!


「お前、さっきはどうやったのか知らねえがな、今度はっ……」


 だが、その先は声が出なくなった。


 俺を見るメスガキの瞳が、蒼く光っていた。

 その光から目が離せない。

 身体中に鳥肌が立ち、脂汗がこめかみを伝って落ちていく。


 なんだよ、これ……俺、震えてねえか?


「おまっ、おま……え……」


 ――怖い。

 このちっぽけで痩せたメスガキが、怖い。


 俺は反射的に踵を返し、そのまま全速力で駆けだした。


 なんなんだ、なんなんだよ一体!

 俺はこの世界で最も優れた種族だぞ!?

 その魔人族が恐れるのは、ただ一つ、魔人族の始祖である悪魔の怒りだけだ!

 それなのにっ……。


「……あく、ま?」


 ――悪魔のような小娘。


 ふと頭に浮かんだ。


 いやいやいや、そんなわけあるか。

 女神のせいで悪魔はこの世界から消えたんだ。

 あいつはただの生意気なメスガキじゃねーか!

 ぜったいにいつか殺してやるからな!!


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