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03.悪魔は王都になど憧れぬ


 闇色に染まり、ひび割れて煙を吐くガラス玉。

 それを愕然と見つめている試験官。


「なんか、割っちゃいました」


 たまたまうっかり、てへ☆

 というのを装ってみたが、試験官は顔をひきつらせたまま声を震わす。


「そんなはずっ……これはあらゆる魔力を吸収するオルタリウム石だぞ!? ドラゴンが甘噛みしても割れないという伝説の!」


 ドラゴンに甘噛みさせたんかーい!

 魔人族の住む暗黒の地のさらに奥地にいるというドラゴンに、人間が簡単に会えるとは思えんが?

 いやそれより本気噛みしたら割れるってことなら大したことなかろうよ……。


 なんてことを考えていたら、ステージ下に並んでいる少年少女たちがザワザワと騒がしくなっていた。


 くそっ、まずいな、私はなんとしても合格せねばならんのに!


「別のガラス玉でもう一度やらせてください」


「こらっ、これはガラス玉ではない! とても貴重なオルタリウム石で、そう簡単にっ……」


「これこれ、何を騒いどる」


「あっ、ボボボ、ボルネンさま! 実は……」


 いつの間にかこじんまりとした老人がそばに来ていて、慌てた様子の試験官がかくかくしかじかと説明しだした。


 なんだこのローブを着た爺さんは?

 この私が気配を感じなかったぞ。

 ちっさくて地味なくせに、妙に迫力のある魔力を上手く隠しているな。


「ボルネンって、あの賢星(けんせい)の!?」


 ステージ下の誰かが声を上げた。


「えっ、炎の賢星ボルネン? 嘘だろ? 普通の爺さんに見えるけど……」


 なにっ、炎の賢星だと!?

 この地味なジジイが、か?


 確かによく見ればローブの色と形は地味だが、かなり上質な生地だ。

 そういえばここ数年、各地の魔法学校の入学試験の監督官として、王宮からエリート魔法使いが派遣されていると聞いたが……だからって、賢星が?


 賢星とは、この魔法大国イシュリアで魔法使いの頂点に立つ七人のことだ。

 七賢星ななけんせいと呼ばれていて、魔法使いのみならず全国民の憧れの的だったりする。

 魔法の基本的な属性である火、風、雷、土、水の五属性に加え、希少な属性の聖属性と闇属性で、七人。


 つまりこの爺さんは炎の賢星という、火属性のトップ……というわけか?


 確かに炎の賢星ボルネンは、かなりの爺さんだ。

 なにせ今の七賢星のなかで唯一の王族出身者で、前々代の国王の弟だったか。

 とにかく、ぶっちぎりの最年長だった。


「ほう、オルタリウム石が割れるなど、急激に強大な魔力が込められたとしか思えんのう」


 難しそうな顔でボルネンがつぶやいた。

 私はすかさず割り込む。


「いえいえ、たまたまです。老朽化ですよ」


「こらっ、君は黙ってなさい! この色は闇属性の魔力でしょうか?」


「そうじゃな。これほどの闇属性……おぬし、闇魔法の心得はどんなもんじゃ?」


「えーと、独学です」


「独学、じゃと?」


 ボルネンの白くフサフサな片眉が、キュッと上がった。


「えっと、私、三年前に家に強盗が入って両親が殺されまして。だから強盗と、それを手引きした当時の家庭教師への恨みを晴らすため、毎日呪詛を吐きながら闇魔法の修行に明け暮れたって感じです」


 試験官の顔が若干引き気味に見えるが、ボルネンは「ほう」と興味深そうだ。


「それは災難だったのう。それで恨みは晴らせたのか?」


「はい、なんとか初級魔法の呪いを発動できるようになり、やつらには『私への贖罪をしない限り消えない腰痛』を植えつけてやりました」


 たかが腰痛とあなどるなかれ。

 初級魔法とはいえ、私より魔力のある者にしか解呪できん。

 人間界にそんなやつはいないから、悔い改めるまで生涯にわたって腰痛に苦しむことになるわけだ。

 因果応報、ざまあみろ。


 まあ本来なら奴らの命の一つや二つは取ってもいいくらいだが、あいにく魔法使い以外の人間は初級魔法しか使ってはいけないことになっている。


 そもそも人間は不便なもんで、杖などの魔道具がないと魔力を上手く扱えず初級魔法までしか使えん。

 魔法学校に入って魔法使いの見習いになると魔道具を持つ許可が下りて杖が支給され、中級魔法以上も使えるって仕組みだ。


 ま、私は魔法を使うのに魔道具なんかいらんがな。

 

「ふぉっふぉっふぉ、それは立派なもんじゃ。闇魔法は扱いが難しい。独学で習得するとは稀有(けう)な才能の証じゃ」


「ありがとうございます。じゃあ新しいガラス玉で、もう一回試験を受けさせてくれますよね?」


 試験官が「だからガラス玉じゃっ……!」と声を荒げたが、ボルネンが手を上げて黙らせた。


「ならん」


「えっ!? な、なんで?」


「貴重なオルタリウム石を、これ以上割られたら困るからの」


「いやいや割れたのはたまたまで、次は絶対に上手くいきます! 私は絶対に魔法使いになって、そして必ずっ……」


「心配するでない、試験は合格じゃ」


「可愛いモンスターたちをっ……え? ご、合格!? じゃあ、このまま筆記試験に行っていいんですか?」


「行かんでいい。お主は特待生として王立アーチェスト魔法学園に入学するんじゃ」


「は? おうり……アーチェストぉぉぉ!?」


 ステージ下でもギャラリーが「おおおお!」と、どよめく。


 王立アーチェスト魔法学園って……。

 王都にある、貴族の中でもエリートしか入れない魔法学校だぞ?

 もちろん王族もここに通っている。


 なぜ私がそんなエリート専用学校に行かねばならんのだ!?


「いえいえ、私は普通の魔法学校でいいんです。ちょっと優秀な魔法使いになって、モンスター保護区で働くのが夢なんで」


 私はモンスター研究家にさえなれればいいから、ひっそと学校生活を送りたい。

 そして人間は好きだが、違和感がないよう価値観や思考回路を合わせるのはしんどいし、友人なんてのもいらん。


 そもそも悪魔界でも、ちゃんとした友人は一人もいなかったからな。

 って、なんか寂しいやつだな私って……。

 まあいい、とにかく女神にバレないよう「ひっそり静かに」が基本だ。


「上昇志向がないのう。第一、アーチェストに行ってもモンスター保護区で働けるわい」


「えー、本当ですか?」


「ああ、多くの生徒は王宮魔法使いになるがな。それに各魔法学校の特待生待遇は断れん。魔法使いは国の宝だからのう、そういう法律じゃ」


「いや、でも……」


「おい君、何を嫌がってるんだ! 平民出身であのアーチェスト魔法学園に入れるんだぞ!? しかも特待生になれば学費は無料! タダだ! さらにはみんなの憧れ、王都に住める!」


 なぜか試験官が必死だ。


 しかし私はぜんぜんアーチェスト魔法学園になんか憧れてないし、我が家は亡き両親が起こした事業のおかげで金に困っとらん。

 親戚に事業を譲った今でも十分すぎる資産がある。


 ……でも、断れないならしゃーないかぁ。


「分かりました。特待生だなんて身にあまる光栄です」


「うむ、まったくそうは思っとらん顔じゃな」


 ああもぉ〜。

 王都に行くなんて面倒だなぁ。

 それに過保護な祖父母が心配するに決まってる!

 ついてくると言いそうだが、アーチェストは確かに全寮制だしなぁ……。


 まったく、面倒なことになったもんだ。


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