20.悪魔に幸あれ!
どこまでも真っ白い部屋の中央。
大きな丸テーブルを覗き込むようにして、一人の女性が座っていた。
人であれば華やかで甘さのある美貌の持ち主だが、人にあらざる水色の髪をゆるく結い、テーブルの上に視線を走らせている。
しかしテーブルに見えるそれには天板はなく、代わりに水槽のように水がはってあった。
そこにはどこかの景色がいくつも映っている。
「被害はこれだけよね? ああ良かった〜……もう少しでイシュリア王国が滅びるところだったわ!」
彼女は指先で素早く映像をスライドし、切り替えていく。
これは通称モニターテーブルと呼ばれていて、それぞれが人間界のどこかを映し出していた。
そして額に汗してイシュリア王国の被害状況を確認してるのは、この人間界を守る女神だ。
――ただし、二代目の。
「先代女神さまが、置き土産にたくさん勇者を生み出してくれたのに、もう八割近くが殺されてしまったわ……」
女神は手元の紙の束をパラパラとめくる。
そこには勇者の名前と、その後ろに生年月日や性別、出生地が書かれていた。
しかしそれらのほとんどは横線が引かれて消されている。
勇者は基本的に不慮の事故で死ぬ事はなく、あるとすれば魔人族などの闇の存在に狙われた場合のみ。
つまり線を引かれた者のほとんどが、魔人族に殺されていた。
「まったく、どうして女神が私に代わったことが魔人族に知られているのよ……魔人族や悪魔関連の映像はまだノイズが入るから、色々見てもはっきり分からないのよねぇ」
それは致命的なことだった。
この世界を生み出し、かつて悪魔たちを人間界から追い出すことに成功した先代女神。
彼女は長く女神を務めていただけあって、強い力を持っていた。
魔人族や悪魔関連の出来事など、強い闇属性の魔力が関わる事象も、このモニターテーブルですべてクリアに見られた。
そして今ここに映る映像は全部で五つのみ。
先代女神はこのテーブルいっぱいに、大量の映像を映していたというのに。
先代女神との違いはそれだけではない。
魔人族はこの世界では呪われた存在と呼ばれ、女神が祝福した土地、つまり人の住む土地に入ると女神の加護により徐々に生命エネルギーを失う。
だがその効果は今や、先代女神の十分の一ほどに落ちていた。
それがここ最近、魔人族のイシュリア王国の侵入を増加させている要因の一つだった。
「あーあ、先代女神さまったら『心配しないで! 今はとーっても平和だから、あなたが一人前の女神になるまで何も起こらないはずよ』なんて言ってたのになぁ……」
女神の力が落ちれば、その下で働く天使たちも減る。
先代女神の時代はこの部屋にも天使が何人も待機し、談笑しながら仕事を手伝っていたのだが、今は新米女神がただ一人。
しかしそんな新米女神の視線が、ある一つの映像に止まると、パッと表情が明るくなった。
そこに映るのは、どこかのカフェテラスでお茶をしている一人の小柄な少女だった。
真っ黒でボサボサな髪は伸ばしっぱなしだが、大きな蒼い瞳が印象的で、無表情ゆえに人形のように可愛らしい少女だ。
「本当にこの子のおかげで助かったわ! 彼女がいなかったらどうなっていたか……エリオット王子もキャサリーヌも命を落とすところだったもの」
新米女神はモニターテーブルに映る黒髪の少女を、熱い眼差しで見つめた。
「この子がイムリオを説得して王都の結界を守ってくれたのよねぇ、それに死にそうだったエリオット王子を助けてくれたし!」
彼女の存在だけが新米女神の心を明るく照らす。
「でも……悪魔が召喚されちゃったから、記録映像はみんな乱れちゃってよく見えないし、会話がほとんど聞こえないのよねぇ。一体どうやってエリオットを助けたり、最後に現れた魔人族を撃退したの?」
新米女神は指先で映像をタップし、ささっと操作する。
するとそこに映る少女の上に、彼女の名前が表示された。
その後ろには「99999999(登録ナンバーエラー)」と書かれている。
「レイラ・メンフィス……うーん、何度見ても勇者リストにないのよね。それどころかイシュリア王国の国民リストにもないし」
だから今は名前しか分からない。
天使に聞いたところ、ごくまれにだが死にかけた人間が誤って死者リストに移ってしまうことがあるらしい。
だから人手不足の中、なんとか三人の天使を集めて過去の死者リストをチェックしてもらっていた。
「彼女、とても不思議な闇属性の魔力を感じるのよね。だから勇者じゃなくても特別な才能のある子なんだわ」
そんな子が勇者であるエリオット王子やキャサリーヌの友人だなんて、なんたる奇跡。
「あっ! もしかして、先代女神さまが万が一の時のために、こっそり生み出してくれた隠れ勇者的な存在なのかも? きっとそうだわ……この子にはこの先もエリオット王子とキャサリーヌを守ってもらわなきゃだし、特別にギフトをあげちゃおっと!」
ギフトとは、女神が気に入った人間に授ける特別な能力のことだった。
「この子、魔法の才能は十分すぎるくらいあるから……そうだ、幸運がいいわね! それならいくらあっても困らないし」
うきうきルンルンな新米女神は、さっそく両手を組み合わせ、ギフト・幸運の付与を始めたのだった。
◇ ◇ ◇
あの後、ボルネンは嬉しそうにニコニコしていたが、急に真面目な顔になって「さて、まだまだ忙しいからのう、これで失礼する」と去っていった。
魔人族襲撃事件は解決したが、あいつらとの戦いはこれからが本番だから忙しいんだろう。
どういうわけか今は、この世界を守る女神の力が弱っているらしいからな。
それはあの騒動の中、マオラと魔人族たちの話をキャシーに盗み聞きしてもらって得た情報だ。
さらにやつらは勇者リストというものを手に入れていて、それを元に勇者を殺して回っているとか……。
これらすべて、人間に悪魔召喚させて得た情報らしい。
女神の弱体化なんて私は知らんから、私が人間界に来た後のことなのか?
勇者リストも女神が弱ってるから入手できたんだろうが……悪魔界も人間界も大変だなぁ。
私がこっちにいる間は平和にしてて欲しいもんだが。
そんなことはさておき、ボルネンたちが去ってからもう一時間も過ぎている。
アーチェストの生徒や次の新一年生などが次々と訪れて声をかけてくるから、あっという間だったが。
てか、静かにスイーツを楽しませてくれ!
「そろそろ帰るか。ドラくんが帰りを楽しみに待っているからな」
「めいっぱいお土産を買ったから、喜ぶだろうね」
エリオットは今回の件でドラくんに助けてもらったからと、私が買った焼き菓子の倍以上を買っていた。
……買いすぎだろおい。
甘いものの食べ過ぎで、万が一にでも成長が早まったら死活問題だぞ。
「開店一ヶ月記念で、ハズレなしの抽選会を開催しておりまーす!」
その店員の声で目を向ければ、カフェのレジ横にグルグル回す八角形の抽選器が設置されている。
「二人でどうぞ。僕は会計を済ませておくね」
「私、こういうのは当たらないのよね、レイが引いてみたら?」
「……そういうことなら、やってみるか」
クジというものは悪魔界には存在しない。
いかさまし放題で意味がないからな。
だから密かに憧れていたのだ。
ふっふっふ、大概は白い玉が出てきて、参加賞のポケットティッシュをもらうんだろ?
なんて考えながら、抽選器を回してみた。
ガラガラガラ、コロロロロ……。
転がり出てきたのは――ん? 金の玉?
「わっ、一等ぉ!? おめでとうございます! 店内全商品の詰め合わせでーす!」
カランコロンカララーン!
店員がハンドベルを振り回し、店内のあちこちから拍手が湧く。
「レイ、すごいじゃない!」
「さすがレイラ! 引きが強いねぇ」
店員が引越し用段ボールかってくらいデカいボックスを運んできた。
「わぁ、すごい量ね」
「もう大量に買い物してるってのに……キャシー、エリオット、あれ食べるか?」
「え? 僕は今日、十分食べたよ」
「私も遠慮しておくわ。ここのお菓子は美味しいけれど、食べ過ぎは良くないもの」
私も食事は単なる趣味だし、あんな量はいらないなぁ。
「おい定員、それは来店者にでも配っておいてくれ」
「えっ、よろしいのですか!?」
「ああ」
「さすがレイだわ!」
「いいことをしたね、女神さまのご加護があらんことを」
二人がなぜか感心しているが、三人とも食べないんだから当然だろうに。
――しかし、のちに私はその行為を後悔することになる。
その店員は店内での私たちの様子を見聞きしていたらしく、変な方向に気を利かせ、
『良かったらおひとつどうぞ!
魔人族から王都を救った英雄
レイラ・メンフィスさまからの
プレゼントです♡』
なんて張り紙とともに店先に菓子を置いたもんだから、アーチェストの生徒以外にも私の名前が広まってしまったのだった。
しかも「英雄」の肩書きつきで。
なぜ!?
なぜ悪魔の私が人間の英雄にならねばならんのだ?
しかもエリオットより先に七賢星に入らなきゃいけないし、魔人族たちの標的にもなるし……。
まったく、私がモンスター研究に没頭できる日は一体いつ来るんだか……。
まあ、よく考えればみんな自業自得なんだけどな、やれやれ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
これからレイは魔人族に狙われたりと色々ありそうですが、ここでいったん完結です。
レイは女神さまにも見守られてますし、きっとこの先も活躍して大英雄になることでしょう……。
もしかしたらいつか続きを書くかもしれないので、その時はまたよろしくお願いします。
そして感想やブクマや評価ポイント、いいねをくださった方々、ありがとうございます!
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では、また次回作でお会いできることを願って。




