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02.悪魔に魔力の加減は難しい


「さあレイラ、忘れ物はないかい?」


「大丈夫よ、おばあちゃん。私、頑張ってくるね!」


 私がレイラという少女の身体に入り込んでから、三年が過ぎた。


 数百年と憧れ続けた人間界。

 人間はあまりにも善良すぎてメチャ平和。

 さらに食事も水も、空気までもが美味だ。

 なんという素晴らしき世界!

 羨ましいぞ、人間!!

 ……まあ、悪魔であることを隠さないといけない面倒さはあるがな。

 そんなのは人間界の素晴らしさに比べれば些細なことだ。


 レイラは商売で財を成した、そこそこの金持ちの家の一人娘で、かつ地味で大人しい娘だった。

 両親はもちろんレイラを愛していたようだが、仕事が忙しすぎて私を召喚した祖父母がレイラの身の回りの世話をしていたらしい。


 そしてレイラは人間界の学校にはほとんど登校していなかった。

 良くあるアレだ。

 つまり、地味すぎて学校でいじめられていたのだな。

 ゆえに家で家庭教師を雇っていたとか。


 その家庭教師が金に目がくらんで裏で手引きし、レイラの家に強盗が入った。

 それでレイラとその両親が命を落としたわけだ。

 レイラ本人が生きていたら、家庭教師を雇うきっかけになった自分を責めただろうが、私はそんなこと気にせん。

 さっさと新しい家庭教師を迎え、ついに今日、魔法学校の入学試験の日がやってきた。


 悪魔の力で生き返ったこの体は、生前の焦茶の髪が真っ黒に染まり、淡いブルーの瞳も深い蒼に変わった。

 あとは強めな闇魔法を使うと、人間には強すぎる魔力のせいか爪が漆黒に染まり、なかなか元に戻らない。


 人間にはネイルというものに見えるようだが、十三歳の小娘に黒い爪というのはなかなか刺激的だ。

 だからもう闇魔法に傾倒してるヤバい奴を演じる事にして、癖毛の真っ黒な髪を長く伸ばし、身につける服も靴もバッグまで、すべて真っ黒でそろえたちょっと痛いスタイルにしている。


 祖父母は多少心配しているようだが……。

 性格は明るいし(二人の前では演技しているからな)、風邪ひとつひかない健康体だし、おおむね満足している模様。


「無事に受かるよう祈っているからね!」


 心配そうな祖母に笑顔(無論、演技だ)で手を振ると、私は魔法学校に向かった。


 魔法学校の試験は魔力試験と筆記試験の二つ。

 筆記試験など、千年近く生きている悪魔の私にかかれば余裕で満点だ。

 なんせ人間界マニアだからな!


 問題は魔力試験の方だ。


 人間やモンスターや魔人族(まじんぞく)なんかが持つ魔力のほとんどは、大昔、悪魔が人間界に自由に出入りできた時に悪魔が与えた力の名残りだ。

 だから悪魔である私の魔力は人間には計り知れないレベルだったりする。

 ちょっとでも本気を出そうものなら、この小娘の身体が魔力で変異してしまうくらいに。


 だから私は本気を出すわけにはいかないが、その加減が難しい……。

 レイラになりかわってから闇魔法でコツコツ練習しているものの、未だに爪の漆黒が薄れない。

 まあ爪はどうでもいいが、メチャクチャ強力な闇魔法を使える十三歳なんてのが現れたら、女神に目をつけられかねんからな。


 実は私には、どうしても人間界でやらねばならぬ事がある。

 それは魔法使いになって、国有のモンスター保護区で働き、ゆくゆくはモンスター研究家になるというものだ。

 モンスター保護区は魔法使いの中でもそこそこ優秀な者しか働けないエリートな職場だったりする。


 突然だが、私はモンスターが大好きだぁー!

 可愛らしくていろんな種類がいて、もう堪らない!


 悪魔界の魔物はちっとも可愛くないからな。

 「恐ろしい・凶暴・強い」がそろったやつしか生き残れないし、たまに少し可愛い魔物が突然変異で生まれても、すぐに死ぬ。

 見た目だけなら多少可愛らしい魔物もいるにはいるが、臨戦態勢になると凶悪スタイルにトランスフォームするから油断ならん。


 そんなおぞましい魔物しか身近にいない悪魔には、人間界のモンスターがとても可愛い。

 だから私は人間界のモンスターを悪魔界に連れていく方法を研究するつもりだ。

 あらゆる種族のモンスターを研究せねばならんし、研究とは別に普通にモンスターをたくさん見たり、捕まえたり、愛でたりしたい。

 だから、モンスター研究家に、私はなる!


 そのために、まずは今日の入学試験を軽くパスする必要があった。


 この街は地方都市の中では大きい方で、国内でも五本の指に入る魔法学校がある。

 その学校の敷地に入ると、魔力試験を受けるための長蛇の列ができていた。

 列は校庭のど真ん中に設けられた仮設ステージに続いていて、そこで試験が行われるらしい。


 生まれながらに魔力を持つ者が多い貴族は、魔法使いの推薦状があればこの魔力試験を免除されるから、並んでいるのはド平民ばかりだ。

 「もしかしたら自分にも魔力があるかも!?」なんて運試しで来てるやつらばかりだから、合格率は五パーセントにも満たないとか。

 だから列整理に駆り出された上級生らしい数人も、やる気なさそうに「はーい、騒がなーい」とつぶやくだけだし、試験も誰かの魔法スピーカーからの合図でダラっと始まった。


「ねえ、あそこにいるのレイラ・メンフィスじゃない?」


「うわぁ、髪も爪も黒く染めちゃって、なんかイタイね」


 列の少し後方で、私の噂をしている少女たちがいる。

 なんだ、数年前にレイラをいじめていたやつらだな。


 別に私はなんとも思っていないし、いじめや嫌がらせは悪魔界では日常というか、むしろやらないやつは悪魔失格、出世の見込みなしだ。

 さらに友人を欺いたり裏切ったり殴ったり殺したりなんてのも、悪魔にとってはごくごく普通。


 そんな殺伐とした悪魔界に嫌気が差して人間界が大好きな私には、あんな小娘などむしろ可愛い。

 だから、ニンマリと渾身の笑みを向けてやった。


「きゃっ! こわっ! 呪われそう!!」


 なぜ!?


 まあそんなことより今は試験だ。

 事前のリサーチの結果、試験は大きなガラス玉のような物に手を触れ、魔力を込めるだけだと聞いている。

 もし合格レベルの魔力が玉に込められれば……。


 ひゅ〜〜〜〜ぱぱぱーーん!


 急に軽快な破裂音が響き渡った。

 見れば仮設ステージ上空に色とりどりの花が舞っている。


「きゃー! すご〜い! あれ何属性の魔法なのかな!?」


 さっき私に呪われそうとか言っていた少女たちが、目をキラキラさせて空舞う花びらを見上げている。

 ステージ上で恥ずかしそうに照れているのは地味な見た目の少年だった。


「受験番号一二七、合格! 校舎に進んで筆記試験の準備を」


 なるほどな、あのレベルなら合格というわけか。


 あのガラス玉もどきは、込められた魔力に応じて火属性なら炎、水属性なら水しぶきといったように、なんらかの物質を出現させる。

 ただ魔力の属性にその者の個性が加わるため、何が現れるかは人それぞれらしい。


 先ほどの花は魔力の感じからして土属性だな。

 私の闇属性は人間には少々レアな魔力だが……はたして何が出るんだか。


 花を出した少年以降、もう一人、ろうそくのような小さな炎を出した少女がいたが「これでは弱すぎる」と不合格だった。

 他にもガラス玉が少し赤くなったり青くなったりがあったくらいで、合格者はたった一人のまま、ついに私の番が回ってくる。


「受験番号六六六、レイラ・メンフィスです」


 私の全身真っ黒コーデに、無愛想な男の試験官は少し目を見張った。


「えーっと、ではこれに両手を添えて精一杯の魔力を込めるように」


 精一杯の魔力など込めたら、この地がなくなるぞ。


 なんて事は口に出さずに、大人しくガラス玉に両手を当てた。

 ほんの少し魔力を込めてみる。

 変わらない……これでは足りないか?

 じゃあもう少し……おや? これでもだめか。

 それならもうひと声――。


 ビシッ!


「えっ」


「は?」


 ガラス玉にメキメキッと亀裂が走った。

 さらに玉全体が真っ黒に染まり、亀裂からはモワッと黒煙が立ち上る。


 ……ふぅ、やれやれ、やっちまったようだ。



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