18.悪魔のもたらす悪夢の記憶
ひどく身体が痛んだ。
あの女の黒い炎に焼かれたせいだ。
痛みとショックのせいかフラフラで、今にも気絶しそうだけど……まだ倒れるわけにはいかない。
コルヌゥト兄と、大兄の最期を報告するまでは。
俺は二人の仲間に両脇を支えられながら、この日の集合場所の廃墟の中、大広間にたどり着いた。
入り口からは、燃え盛る松明と大勢の姿が見える。
見知った仲間だけじゃなくて、他の集落のリーダーやその部下たちもいた。
みんな殺気立ってるな……。
「これでモロブドゥムが裏切ってたら、タダじゃおかねぇからなっ!」
「何を言う、モロブドゥムさまが裏切るはずないだろーが!」
「いい加減にせんか、まずは報告を待て! モロブドゥム殿がこれまでどれほどの勇者を葬ってきたか、忘れたか? 敬意を捨てるな」
緑の髪に白髪が混じった魔人族、シュードラさまに一喝され、みんなぶつくさ言いながらも押し黙る。
それで俺を支えてくれていた一人が、声を上げた。
「ミドムゥドを連れて参りました!」
みなの視線が俺に集まる。
俺は痛みも忘れて膝をつき、頭をたれた。
「ミドムゥド・グレイブム、ただいま参上しました!」
「ご苦労。しかし……なんともひどい怪我だな」
シュードラさまだ。
「この後、呪術師たちを集めて治癒してやろう。その前に、モロブドゥム殿の部隊はどうだったのだ?」
俺は一度ギュッと目をつむる。
脳裏に浮かぶ、兄や仲間たちのメチャクチャな姿……今でも信じられない。
「兄はっ……兄のモロブドゥムとコルヌゥト、およびその他全員は……死にました」
一瞬、沈黙が流れたあと、どよめきが広がる。
「全員だと? あのモロブドゥム殿もか!?」
「おいこら、モロブドゥムさまが人間にやられるわけねえだろーが!」
「まさか、七賢星の誰かが駆けつけたのか?」
「いえっ! それは違うかと……俺がたどり着いた時にいたのは、悪魔を召喚する予定だったイムリオと、エリオット第三王子、そして人間の少女が二人だけです」
「小娘が二人? みんなアーチェストの学生ってことか?」
「ゼニールはどうしたんだよ。やつが死んでんなら悪魔が召喚されたんじゃねえのかよ!」
ゼニールには一度だけ会っているから顔は知ってる。
でもあの場にいたかは……。
人間もたくさん倒れていたけど、とにかくみんな血まみれで区別なんかつかなかったから。
「人間の死体も複数ありましたが、ゼニールがいたかどうか……兄たちも仲間も、まるで何かにオモチャにされたみたいにひどくやられてて、一面が血の海で……」
みんな信じられないって顔で視線を交わしている。
まあそうだよな……俺だってそうだもの。
でも、もっと信じられないのはこの先だ。
「それで、生きてる四人の中に今回の標的の一人、エリオット第三王子がいたので、俺はせめてそいつだけでもと勝負を挑みましたが……俺、やつを仕留めたと思ったんです! でも同時に黒い炎を食らってしまって、水魔法でも土魔法でも消せず……」
「消せぬ炎とは、どういうことだ?」
シュードラさまの問いに、あの黒い炎を思い出す。
すると勝手に身体が震え出した。
くそっ、情けない……。
「その炎、少女のうちの一人が俺のところにやってきて、なにか一言いったら消えました。そのときに聞こえたのが、勘違いかもしれませんが、その……インフェルノ、と」
「なに、インフェルノだと!?」
聞き間違いだと思いたい。
だってそれは、代々伝わる悪魔関連の本に出てくるワードだから。
高位の悪魔にしか扱えない、インフェルノ――地獄の炎……。
「もしや、召喚した悪魔から授かった能力か? 人間が死んでいたということは、悪魔召喚は上手く行ったんだろう。しかし予定と違う願いを行ったのかもしれぬ」
シュードラさまのその言葉で、室内には動揺が広がった。
そうか! あれは召喚した悪魔から授かった炎なのか?
でも大兄たちは火傷で死んだわけじゃないよな?
それなら他の力も悪魔から……?
だって大兄たちが、人間にあんな風にやられるわけがないし……。
ふと気がつけば、みんなが黙って俺を見ている。
「どうした、報告は以上か?」
「あっ、いえ! えっと、そいつは炎を消した後、俺たちの作戦を台無しにしたのは自分だと言いました。そしてその娘、名をレイラ・メンフィスと名乗ったんです」
「うーむ、ではやはり、悪魔召喚が悪用されたということだな。それであのモロブドゥム殿も……おい、すぐに勇者リストにその小娘の名があるか調べよ」
つねに冷静なシュードラさまにしては珍しく、額に怒りの青筋を浮かせてる。
他のみんなも口々に呪いの言葉を吐いて、レイラ・メンフィスを罵った。
「まずはその小娘を葬るのが先だ、モロブドゥムさまの仇を討つぞ! イシュリアを壊すのは焦んなくていい、今は魔人族の歴史上、最高のチャンスがきてる。なにせ女神の弱体化だからな」
「ああ、イシュリア王国を滅ぼすのは、その小娘の後だ」
そう、今は長らく続いた暗い魔人族の歴史の中で、唯一にして絶好のチャンスだった。
二年前、大勢の人間を捕らえたから、みんなで集まって相談してそいつらに悪魔召喚させた。
その時に得た情報で、今はなぜか女神の力が弱ってるってことが分かったんだ。
さらに同じようにして召喚させた別の悪魔からは、勇者リストなんてものを頂けた。
勇者を一掃すれば、イシュリア王国を滅ぼすのも難しくはない。
俺たちには人間の協力者もいるから、今回のゼニールみたいに、魔人族と手を組みたがるやつをまた集めることだってできるだろう。
けれども……。
あいつ、レイラ・メンフィスって女は何者なんだ?
あの蒼い瞳を思い出すだけで、身体が小刻みに震える。
今回、悪魔に何か力を授かったとして……その前から普通の人間じゃなかったのは間違いない。
だってあいつはコルヌゥト兄の暗殺を止めたんだから。
コルヌゥト兄はプライドが高いから、あいつの詳しい話は俺にしかしていなかった。
その時のとある言葉が、頭から離れない。
「まるで……あく、ま……」
そう言いかけたところで、俺は恐怖と疲労と痛みから、ついに意識が遠のいて倒れてしまったのだった。




