16.悪魔でも不意打ちはやめてくれ
私はふと思いつき、ダークシールドに手を触れ、魔力を流し込んだ。
少しだけ悪魔の魔力を込めると、半透明だったシールドがみるみる闇に染まり真っ黒になる。
すっかり外の光が遮断され、シールド内は暗闇状態になった。
まあ私は夜目が効くから、みんなの様子が見えるがな。
「これで視覚だけはなんとかなるが……」
視覚が遮られたため、魔人族たちの絶叫と怨嗟の声が、よりクリアに迫ってくる。
「みんな、耳を覆ってろ、気が狂うぞ!」
しかし私の声に従ったのはキャシーのみ。
エリオットは厳しい表情で黒いシールドの壁を見つめている。
そしてイムリオは自分のせいで起こっているこの惨劇がよほどショックなのか、ぼう然自失状態だ。
ったく、だから悪魔への願いはよく考えないといけないんだ。
たとえば「この場にいる魔人族全員の首を、一瞬ではねてくれ」とかな。
そうしないと悪魔のいいように利用される。
あのマオラは数いる兄弟姉妹の中でも温厚な方で、歳も近いから仲がいいが、極度のサドだ。
その証拠に魔人族たちの断末魔の合間から、マオラの愉しげな高笑いが聞こえてくる。
マーダーシャドーもマオラ好みの残忍な性格だから、魔人族たちをすぐには殺さず、なるべく苦痛を長引かせているんだろうよ……。
ちなみに、かつて学生だった時代にイジメによって私の机に押し込まれたペットは、マオラのだ。
マオラはペットの死を知ってショックを受けたが、それは「自分が痛ぶるはずだったペットを横取りされた」的な怒りだった。
あいつは自分のサド的な欲望を満たすため、使い捨ての魔物のペットを常に連れているヤバいガキだった。
あの時は私がペットを殺したと勘違いしたあいつにしばらく付け狙われて、本当に面倒だったなぁ……。
私は過去を思い出しながら、耳をふさいで震えているキャシーに近づき、その両手の上に私の手を重ねる。
これで少しは音が遮断されるといいんだが。
そうして地獄絵図みたいなバックミュージックがしばらく流れた後、唐突にそれが終わった。
……そうか、タイムリミットか!
私は慎重にシールドを解く。
するとムッとした血や臓物や、もろもろのひどい臭いが襲ってきた。
周囲にはかつて魔人族だったものの成れの果てが、ベリージャムのビンをひっくり返したように散らばっていた。
「あ〜楽しかった! 魔人族、思ったより丈夫で長持ちしたなぁ……ふふふ。じゃ、私はこれで帰るね」
マオラは一人だけすっきりした顔で手を振り、去っていこうとする。
現れた時と同様、黒い煙が立ち上り、やつの姿をすっかりかき消すかと思った瞬間、マオラが私を見て片目をつむった。
「お土産話を楽しみにしてるよ!」
それでやっと消えていく。
「最後のはどういう意味だろう?」
さすがエリオット、抜け殻状態のイムリオと違ってすでに平常運転っぽい。
「さあ、悪魔の言うことはよく分からん……あ、エリオット、縄を解くの忘れていた」
アイリスが解こうと凍らしたり引っ張ったりして頑張っているが、ビクともしない。
さっきの惨劇の間もずっとやってたのか……? すごい集中力とエリオット愛だな。
「む? これは魔力を抑え込む封印魔法がかかっているな」
触れるまでもなく分かった。
闇属性の封印魔法だが、人間には知られていない魔人族固有のものっぽいな。
私になら簡単に解けるが、それをエリオットやキャシーに知られるのは良くない。
「よしドラくん、大変かもしれんが噛み切ってくれ」
「がんばる!」
「え、噛むだけで封印魔法が解けるのかい?」
だがそこは幼体でもカオスドラゴン、少しガジガジしたらポロっと取れた。
「すごいねドラくん、ありがとう! それにしても怒涛の展開すぎて、なかなか事態が飲み込めないよ。とりあえず助かったようだけど……イムリオ、大丈夫かい?」
殺されそうになったってのに、人のいいエリオットは座り込んだままのイムリオに声をかける。
「うあ……僕のせいで魔人族たちが、あんな……」
イムリオも所詮はいいとこ育ちの公爵令息、あの惨劇に精神崩壊寸前のようだ。
「仕方ないよ、ああしなければ逆に王都のみなが無事ではすまなかったんだから。さあ、イムリオも立って……」
そのエリオットの声を、しわがれた声が遮った。
「ゆるさ、ね……え……ただで、すむっ、と……」
「きゃあっ!」
キャシーが今度こそショックで気を失う。
私は慌ててその身体を支えた。
「お前、まだ生きてたのか!」
ベリージャムの中、首が半分ちぎれた状態で倒れていた血まみれのコルヌゥトが、うつろな目でこっちを見ていた。
コルヌゥトはかつてキャシーの命を狙ったオレンジ頭の魔人族だ。
首だけでなく胴も手足もかなりひどい状態で、俗に言う虫の息だった。
そうか、マオラには「魔人族を退治してくれ」とは頼んだが「殺してくれ」とは言わなかったもんな。
まあ周りを探知したところ、まだ息があるのはコイツだけっぽいが。
「やっぱ……り、おまえ、は……あく……ま……」
「え……なんだって?」
ちょっと待て。
こいつ、私の正体を知ってるのか!?
「なんて言ったんだい? ああ、もう生き絶えてしまったようだね……」
ああ良かった、エリオットには伝わらなかったか。
イムリオはコルヌゥトの死に際の言葉に限界がきたのか? 子どものようにギャン泣きしていたし、キャシーは気絶してるし、アイリスはエリオットにしがみついて怯えていた。
ちなみにウィルはまだ気絶しているのかキャシーの胸元から出てこないし、イムリオのピクシーは最初に魔人族にやられたまま……くそ、ベリージャムでどこにいるか分からんな、無事だといいが。
他の死んだ生徒の精霊は、召喚主が亡くなった瞬間に精霊界に帰ってるだろうし、まあ無事だろう。
「れいさま、なにかくる!」
考え込んでいたら、急にドラくんが私のスカートの裾を引っ張った。
「なに!?」
訓練場の入り口を囲う茂みから、何かが飛び出してきた。
それは猫型のモンスターに騎乗した、少年のような身体つきの若い魔人族だった。
「ああっ! コルヌゥト兄!」
そのセリフからしてコルヌゥトの弟っぽい。
「いつまでたっても結界が壊れないと思ったら、大兄までっ……くそ! やったのはお前たちか!? 我が名はミドムゥド、兄たちと同胞の仇を討つ!」
その怒りで歪んだブルーグレーの頰に、涙が伝う。
待て待て、展開がちょっと早いぞ!
このミドムゥドは王都襲撃班の魔人族ってわけか?
新たに現れた魔人族の姿に、魂が抜けていたはずのイムリオが悲鳴をあげて這うように逃げていった。
「スクリューシールド!」
怯えきったイムリオと対照的に、エリオットが素早い詠唱とともに私たちを囲う水魔法のシールドを張る。
だがミドムゥドが強力な雷魔法であっという間に飛散させた。
「くっ、それなら風魔法のっ……」
無駄だ、魔人族は無詠唱で魔法が使えるし、いくらエリオットとはいえ先に魔法の属性をネタバレしては――。
私はなるべく急いでキャシーを横たえ、ドラくんを呼んだ。
「ドラくん、エリオットを守れ!」
その間に杖をかまえて見せかけだけでも詠唱し、またダークシールドを張ればいい。
ドラくんがエリオットの前に立ちふさがるのと同時に、ミドムゥドが雷の矢を作り出し、大きく振りかぶった。
雷なら、ドラくんの身体で防げるよな?
だが投げると思ったその瞬間、ミドムゥドの視線がサッとそれる。
その目線の先にいたのは、離れた場所で丸くなって怯えているイムリオだった。




