14.召喚悪魔と召喚悪魔
現れたのは、羊のようにねじれたツノが両耳の上に生えた、やたらと艶っぽい男の悪魔だった。
ツヤツヤの黒髪を肩につく程度に伸ばし、顔立ちは美しくも知性がにじむ。
まとう黒い衣服は、悪魔界ではかなり上等。
「ああ……よりによって、なんでこんな……」
最悪の中の最悪、ワーストオブワーストだ。
だってこいつは上級悪魔で、性格がヤバくて、それに……。
――――それに、私の弟だった。
私のつぶやきに、弟がこっちを見た。
そしてハッとしたように目を見開く。
まずい、気づかれた!
「なんてこったい、悪魔召喚だとぉ!?」
弟が何か言おうとするのを阻止するために、ちょっとわざとらしく叫ぶ。
そしてキャシーに見えないよう、弟に片目を閉じて必死に合図を送った。
すると弟……通称をマオラというが、とにかくマオラが察したようにぎこちなく微笑んだ。
小さく「最近姿を見ないと思ったら」とか言っているが、みんなには聞こえまい。
よーしよしよし!
ふぅー、落ち着け私……。
よく考えたらそこまで最悪じゃないかもしれん。
こいつは頭はいいし、悪魔の中では多少温厚な方だ。
上手くやればなんとかなるはず……。
だが問題は、こいつなら大概の人間の願いを叶えられるという点だ。
しかも性格的に、ヤバい方向に予想以上のことをやるはず。
ったく、なんであれっぽっちの犠牲でマオラが召喚されるんだよ!
まさか、私みたいに召喚対価を下げたのか?
魔人族たちはいつの間にか、みんな地面に片膝をついて、頭を垂れていた。
あいつらは悪魔が大好きだからな。
私は足元にいたドラくんにとある指示を出した。
「ほ、本当に悪魔が召喚された……」
イムリオの声だ。
魔法陣の前に呆然と座り込んでいる。
私は悪魔召喚のショックで気絶して転がっていたウィルをキャシーの胸元に突っ込み、キャシーの腕を引いてイムリオに近づく。
キャシーは驚きすぎて人形状態だ。
「おいイムリオ、悪魔なんて召喚してどうするつもりだ?」
「なんだお前か。まあみな死ぬんだ、教えてやってもいい。ふふふ……私はな、今から魔人族たちと王都を滅ぼすんだ」
嬉々としながら、とんでもないことを教えてくれた。
「ほう……それじゃ魔人族にそそのかされて、やつらに協力したってわけか。まさかさっき死んだ生徒たちもか?」
つまり魔人族とイムリオたちは手を組んでいて、エリオットを拘束するのと、悪魔召喚をするのが目的だったってわけか?
しかし、これほどの生徒たちが自ら悪魔召喚のために命を捧げるとは……。
「そそのかされたんじゃない! この国のあり方は間違ってる。真に魔力と知恵のある者が優遇されるべきなんだ。召喚に命を捧げた彼らは叔父さんが集めてくれた私の賛同者さ。資金繰りに困っているとか、何らかの悩みを持つやつらばかりでね、彼らの家にはちゃんと謝礼を届けてある」
そしてあざけるように笑うイムリオ。
あー……小説とかによくいるよなぁ、こういうやつ。
自分の理想と現実のギャップに我慢できなくて、世の中を造り直したがる闇堕ちキャラ。
だが大概は失敗する。
脳裏にこの間、街中で会ったイムリオとゼニールが浮かんだ。
なるほどな、なんだか怪しいと思ったらこういうことか……しかしまさか魔人族と手を組むとはなぁ。
私はサッと片手を上げて合図した。
するとこっそり移動を終えたドラくんが勢いよく飛び出し、拘束されたエリオットのコートの襟あたりを咥えてこちらに跳んだ。
アイリスが慌てて追ってくるのを見てから、私は地面に両手をついて、一気にシールドを張る。
「ダークシールド!」
これは単純な中級魔法の闇属性のシールドだが、単純ゆえにそれなりに硬い。
杖を使わずに発動したが、横に立ってるキャシーには見えんだろう。
イムリオの背後でやったから、こいつも心配ない。
そのグレーの半透明のシールドは地面から半円状に私とキャシー、そしてイムリオとエリオットの4人をすっぽり覆った。
そこそこ魔力を込めたから、魔人族たちが壊そうとしても小一時間はかかるはず。
だがマオラなら一瞬だから気をつけねばな。
「おい、王子を拘束してろと命じただろうが!」
コルヌゥトのアニキから怒声が飛んだが、続くマオラの声ですぐに静まった。
「へえ、これが人間界かぁ。兄を見習って召喚対価を下げてて良かった! 人間界の空気がこんなに爽やかだとはねぇ」
ご機嫌だな、マオラのやつ。
そしてやっぱり私の真似かい!
まあ、私ほど爆下げはしてないだろうが。
「なんだか、そんなに悪い人じゃなさそう……」
衝撃から少し立ち直ったらしきキャシーが、マオラの外ヅラに騙されている。
「悪魔は人じゃない、見た目で判断しちゃダメだ。おいイムリオ、あの悪魔に何を頼むつもりか教えろ」
「なんでも叶えてあげるよ!」
「おいコラ、悪魔さんはちょっと待っててくれ。魔人族と談笑でもしてるといい」
「おいコラって……じゃあ、そうだな、君の名前を教えてくれるかい?」
マオラが大人しくアニキに声をかけた。
「はっ! 我が名はモロブドゥム、ここより北方の地の……」
発音しにくい名前だなぁ……って、今はアニキの名前なんてどうでもいい。
大事なのはイムリオの願いだ。
「あのモロブドゥム氏は魔人族の中でもかなり上位の身分らしくてな、今回の作戦でも……」
「イムリオ、アニキのことはいいから、悪魔に何をやらせるつもりか教えろ」
「ちっ! せっかちなやつめ。この計画は壮大だ。実は今朝早くに王国各地で魔人族の襲撃が起こり、七賢星や王宮魔法使いの多くが王都を出た。そして今……ほら、王都を見ろ! 私のような魔人族に協力する魔法使いたちによって反乱が始まったぞ」
「えっ……マジか!」
さっきまで朝日に照らされて美しく輝いていた王都のあちこちから、煙が上がっている。
「なんてことだ、僕たちの王都がっ……!」
エリオットが、両手を縛られたまま立ち上がって、呆然と王都を見下ろしていた。
「ふっふっふ、そして仕上げが私の悪魔召喚さ。あの悪魔には王都に張られた七賢星の結界を破ってもらうんだ」
それに真っ先に反応したのはキャシーだった。
「なんですって!? そんなの無理よ! 代々の七賢星が守り続けてきた結界なのよ、いくら悪魔でもっ……」
「いや、できるよ?」
マオラが談笑の合間にさりげなく割り込んでくる。
「はいはい、悪魔さんはまだそっちで談笑しててくれ」
平静を装ったが、マオラの言う通りだ。
中級悪魔なら大きな穴を開けるくらいだろうが、上級悪魔のマオラなら完全に破壊することができる。
だがそんなことをさせるわけにはいかない。
王都には素晴らしく美味しいスイーツがたくさんあるからな。
……あ、いや、スイーツより王城の方が重要か。
王城が落ちたら国が滅ぶ。
そうしたら私の夢であるモンスター研究家への道はどうなる?
エリオットのせいで七賢星にもならねばならなそうだが、モンスター研究家もまだ諦めてはいないからな。
あとはアーチェスト魔法学園も最初は気に入らなかったが……初めての友人キャシーに出会えたし、守れるもんなら守りたい。
悪魔界の友人なんて、打算と裏切りだらけでちっともありがたくない。
それに比べてキャシーのなんと平和なことか!
あとエリオットもプロポーズうんぬんがなければ文句なしにいいやつだ。
それに……まあ、王都にはたくさんの人間がいる。
私は悪魔かぶれの魔人族より、人間の方が大好きだ。
だから、なんとしてでもイムリオを説得せねば――。
「イムリオ。そんなことをしても、お前の望みは叶わんぞ」
「……え? なんだと?」
「魔人族はお前を利用しているだけだ。これが終わればソッコーで殺される。なにせ王都襲撃作戦の最大の功労者は、人間じゃなくて魔人族であるべきだからな」
「そんなわけあるか!」
うーむ、こいつをどうやって翻意させればいい?
しかもそんなに猶予はないはず……。
私は王都を救うべく、急いで思考をめぐらした。
14話まで読んでいただきありがとうございました!
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では久しぶりに裏話をここに。(長いので飛ばしてOK)
ドラくんもマオラもレイの正体にすぐ気づいていますが、これは魔力を感じ取っているためです。
レイは高等技術で魔力を隠匿していますが、上級悪魔やドラゴンにはバレバレということですね。
もう一つ、悪魔召喚の召喚対価について。
これは人の命であることが多いですが、誰でもいいわけではなく、若かったり魔力が多い人間ほど価値があります。
そして命を捧げる必要があるので、召喚主が相手の命を奪うか、召喚対価になる人物が自らの意志で命を絶つしかありません。
そんな中、老人の腕一本で召喚されたレイはどれだけ召喚対価を爆下げしていたのか……さすが悪魔界の変わり者と言われるだけありますね。




