13.悪魔だからと油断したかも?
王都を出て、木々に囲まれた山道をひたすら登り、やっと見えてきた第一魔法訓練場の前で馬車が停車した。
山の上だけあって、王城とその隣の学園含め王都のすべてが見下ろせる。
訓練場の前は林が切り広げられて石畳が敷かれ、ちょっとした広間になっていたが、急に会場が変更になって送迎馬車もてんやわんやなのか?
まだ十人ほどの生徒しかいない。
「ではイムリオ、私は開錠してくるから皆とここで待っているように」
ゼニールが去ると、エリオットがイムリオに何か耳打ちをしている。
むむむ、またもやあやしいな。
耳に魔力を集中させて盗み聞きしてみるか。
「ところで、先ほどのテレシアの話だけど……」
「いや、妹の件は君に興味がないのなら、もういいんだ」
イムリオの、妹の話だと?
それが先ほど二人で話したいと言っていたことか?
イムリオの妹とエリオットに何かあるのよくわからんが……なんだかどうでも良さげな話だなぁ。
詳細はわからんが、本当に疑ってすまなかったな、イムリオよ……。
二人のコソコソ話はすぐに終わり、エリオットは先に来ていた生徒たちの方に挨拶に向かった。
みんなエリオットのクラスの生徒のようだ。
「エリオットさまを追って幸運だったわね。あのまま歩いていたらどうなっていたか……きっと先生方が徒歩の生徒たちを追ってきて、会場の変更を教えてくれたでしょうけど、だいぶ到着が遅れたはずよ」
「ああ、運が良かった。しかし第二訓練場に何があったんだ?」
「馬車の中でゼニール先生に聞いてみたけど、詳しくは話せないらしいの。先週、上級生たちが訓練に使ったようだから、その影響なのかしら?」
ということは今朝になってどこかが崩れていたとか?
うーむ、いずれにせよ教師達も生徒もバタバタだな。
そのおかげでキャシーの緊張もほぐれたようだし、良かったが。
なんて安堵した時だった。
バッと全身に鳥肌が立った。
この急速に近づいてくるのは……闇属性の、そこそこ強い魔力?
しかも、複数だと!?
「キャシー、私から離れるな!」
「えっ?」
キャシーの腕をつかんで引き寄せたのと同時に、複数の人影が訓練場の周りの林から飛び出してきた。
私たちの方にもそのうちの一つが向かってきたが、ドラくんが突進してはじき飛ばす。
「何者だ!?」
さすがはエリオット、すかさず胸元から杖を出し、自分の魔法とアイリスの助けで身を守った。
しかし他の生徒達は全員、吹っ飛ばされたり、組み伏せられてしまう。
敵は人間社会じゃ見慣れない肌の色と、髪色……しかも全部で七人も!?
「ま、魔人族なの!?」
キャシーの声に、やつらの一人が反応した。
ブルーグレーの肌にオレンジの短髪……それは一年前にキャシーを殺そうとした、あの魔人族の男だった。
「ようやく会えたな、お前ら」
その低い声には怒りなのか興奮なのか、ドス黒いものがこもっている。
さらにやつらの邪悪な闇属性の魔力が周囲に満ちて、ウィルが「キケン、キケン!」と叫びまくっていた。
「なんだ、誰かと思えば。あのとき怯えて逃げていった魔人族じゃないか」
「ちょ、レイったら……!」
私の挑発で、そいつのこめかみにビキッと血管が盛り上がる。
「刺激しないで! 人質をとられてるのよ!?」
そういやそうだった。
私とキャシー、そしてエリオット以外は、魔人族たちに押さえつけられるか、地面に倒れてたままで生きてんだか死んでんだか状態だ。
「コルヌゥト、今はそいつらより王子が先だ」
魔人族の中でひときわ身体のデカい紫の長髪の大男が、威圧的な声で命じる。
「ちっ、分かったよ、アニキ」
なるほど。
私たちの顔見知りの魔人族がコルヌゥトで、大男がそのアニキってわけだな。
「さあ第三王子とやら。こいつの命が惜しければ、大人しく杖を捨てろ」
コルヌゥトが足で踏んで、戦斧をその首筋に押しつけていた生徒……って、イムリオじゃないか!
イムリオの顔のすぐそばには攻撃を受けたのか、地面に倒れたままのピクシーの姿が見える。
他の生徒の精霊たちも主人同様に気絶するか、起きてても人質をとられて何もできないようだ。
「イムリオ……!」
「ダメだエリオット! お前だけでもさっさと逃げろ!」
私は慌てて静止する。
きっと奴らの狙いは、勇者っぽいエリオットの命だ。
キャシーも狙われるだろうが、私とともにいれば問題ない。
しかしコルヌゥトは、戦斧を遠慮なくイムリオの首筋に押しつけた。
「痛い、いたたたたっ!……し、死にたくない! 誰か助けてくれぇ!」
鮮血がしたたり、地面に吸い込まれていく。
おい、血が出すぎだろ!
人質には手加減しろって、まったく……。
「分かったからイムリオを離せ! 僕が代わる。アイリスすまない、大人しく待っててくれるかい?」
「エリオット!?」
エリオットが杖を地面に落として両手を上げた。
おいおい本気か?
マジで殺されるぞ!?
「ふん、こいつを自由にするのはお前を拘束してからだ」
「……拘束だと?」
どういうことだ。
こいつら、エリオットを殺すのが目的じゃないのか?
他の魔人族の男が黒い縄のようなものを持ってきて、エリオットを後ろ手に縛り上げた。
やつらの目的はなんだ?
くそっ、まさか王都からこんな近くで襲撃されるとは思わんから、油断したなぁ
最悪なのはエリオット含め、複数の生徒が拘束されて人質状態なことだ。
キャシーとエリオットの二人は守ってやりたいんだが……。
私一人が逃げるのなんて簡単だし、ここにいる魔人族をどうにかするのも楽勝だ。
しかしキャシーとエリオットを、私の正体をバラさずに助けるとなると……あああ、面倒臭いことになったなぁ。
「イムリオ!」
その声で、私もキャシーも、魔人族たちもが訓練場の入り口に顔を向けた。
そこに立っていたのはゼニールだった。
筒状に丸めたカーペットのようなものを小脇に抱え、真っ青な顔でこちらを見ている。
「ゼニールか!」
そうだった!
ゼニールがいた!
嫌なやつだが、あんなでもアーチェスト魔法学園の教師だ、多少は役に立つはずっ……!
「これを使え!」
ゼニールが両手でカーペット的なものを投げると、コルヌゥトと私たちのちょうど中間に落ち、その勢いのままクルクルと広がっていく。
それは布に書かれた魔法陣に見えた。
ん……?
え……嘘だろ!?
私はかつて、それを見たことがある。
あの時はそんな赤茶のインクではなく、蒼く光っていて――。
ゼニールがさらに、一冊の黒い本を魔法陣のそばに投げた。
みんながその本と魔法陣に注目している中、一体どうやったのか?
イムリオがコルヌゥトの足下から抜け出して魔法陣の前に飛び出してきた。
それと同時多発的に、驚くべきことが起こった。
地面に伏していた生徒や魔人族に拘束されていた生徒たちがバッと身を起こし、何かを自分の首元や胸元に押し当てたのだ。
「きゃあ! みんなどうして……!?」
キャシーが叫ぶ。
彼らが首や胸元に押し当てたのは短剣だった。
あちこちで血しぶきが飛ぶ。
そしてゼニールもまた、訓練所の入り口で胸元を短剣で刺して倒れるところだった。
「イム、リオ……あとは、たの……む……」
そのイムリオは胸元から出したナイフでサッと手のひらを切りつけ、血をしたたらせ、そして呪文を――。
「まずい、イムリオを止めろ!」
駆け寄ろうとしたが、手遅れだった。
血を吸った魔法陣はゆっくりと蒼の光に染まっていく。
そして懐かしき焦げ臭い煙が魔法陣から立ち上り、視界をうめつくしていった。
「遅かったかっ……!」
魔法陣が発動してしまった。
なつかしき、魔法陣――。
――そう、それは悪魔召喚の魔法陣だった。
なんでイムリオが?
なんで生徒たちとゼニールが、示し合わせるように自害を!?
いや、そんなのは後だ。
理由はともかく召喚対価なのは間違いない。
死んだ生徒は何人だ?
ゼニールを入れて十人は越えたよな?
それなら中級悪魔が召喚されるぞ……!
黒い煙がゆっくりと引いていき、魔法陣の上に現れた悪魔の姿がクリアになっていく。
そしてその姿がはっきり見えた時、私は全身に電流が走ったような衝撃をうけた。
「は? 嘘だろ!? なんでこんな……」
私は絶望のあまり、崩れ落ちるように膝をついたのだった。




