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10.悪魔はスイーツが好き


 秋も終わり冬が始まったある日のこと。

 私は寮のキャシーの部屋にお呼ばれしていた。


 まん丸フワフワボールなウィルが、頭にトレーをのせて飛んでくる。

 トレーの上には二組のティーカップとティーポット。

 私とキャシーのティータイム用だ。


「あら、メルルに買ってきてもらった焼き菓子がほとんどないわ!」


 メルルとはキャシーのメイドで、学園内には入れないが頻繁に買い出しをしてもらっているらしい。

 王都に専用メイドを住まわせてるとは、さすが侯爵令嬢なだけある。


「すまんな、犯人はきっとドラくんだ」


「まどれーぬ、おいしかった!」


 キャリーより先にテーブルについていた私の足もとで、ドラくんは横たわったまま無邪気な声をあげている。


 ドラくんとは、私がうっかり召喚してしまったカオスドラゴンの幼体だ。

 カオスドラゴンという脅威を少しでも忘れたくて、可愛らしい名前をつけてみた。

 現実逃避できていいが、キャシーに「そのネーミングセンス……」と言われたのは納得いかない。


 ドラくんの召喚以降、ボルネンに指示された教師や専門家たちがこいつがなんのドラゴンか調べようと必死だが、分かるはずもなかった。

 とりあえず「イシュリア王国では把握していない新種」ということになっている。

 ドラくんには命をかけても私と自分の正体をバラすなと言い含めてあるから、まあ大丈夫だろう。


「もう、ドラくんは食欲が旺盛すぎるわ! しかもお肉よりスイーツの方が好きだなんて変わってるわよ」


「学園からこいつに支給されているのは豚や牛の肉だからなぁ、魔力が足りんのかもな。モンスターの肉があればいいんだが」


「え、お肉よりスイーツの方が、魔力が補給されるの?」


「私の体感的にはそうだな」


 といいつつ、実際はドラくんには召喚主の私から潤沢な魔力が補給されているから、本気で飢えているわけではない。

 単なるスイーツ好きだ。


「ウィル、ソンナコトシナイ! トテモイイコ!」


 無事にトレーをテーブルに置いたウィルがアピールしている。


 まあ召喚された精霊ってのは、普通は召喚主から補給される魔力だけで十分だ。

 エリオットのウィンディーネ(アイリスという名前にしたらしく、そのネーミングセンスがウザい)は、頻繁に学園裏にある湖で泳ぎたがるらしいが、あれも魔力補給ではなく単なる趣味だな。


「そうね、ウィルはとっても良い子だわ」


 椅子に座ったキャシーがウィルを両手で包んで、ほっぺにスリスリしている。

 ウィルもつぶらな瞳を細めて嬉しそうだ。


 あ〜羨ましい。

 そりゃドラくんも大きい頭にまん丸な瞳が可愛いが、皮膚はナイフで刺しても傷ひとつつかないくらいカチカチだ。

 そして今は陽気なスイーツ好きだが、いずれめちゃデカい凶悪凶暴なドラゴンになってしまう。


 そうなっても召喚主の私の言うことは聞くだろうが、周りへの被害が甚大すぎるよなぁ。


 実は一年生で召喚した精霊は、気に食わなければ学園卒業時に契約解除できる。

 すると精霊は精霊界に帰るわけだが……ドラくんの場合は精霊じゃない。

 どういうわけが悪魔界から来てしまった。


 契約解除で悪魔界に帰るならいいが、万が一、人間界に解き放たれてしまった場合は――?

 まったく、面倒な悩み事がまた一つ増えてしまった。

 

「マドレーヌが一個ずつしかないわね……仕方ないわ、あとで買い出しに行きましょ」


「そういえば西大通りの真ん中あたりに、新しいスイーツショップがオープンしたらしいぞ」


 エリオットが「良かったら一緒に行かないかい?」的に教えてくれた情報だ。


 何を隠そう、私もスイーツが大好きだ。

 人間界の食べ物はすべてが美味だが、スイーツはマジで感動ものだ。

 見た目も美しく、味も香りも食感もパーフェクト!


 悪魔界のスイーツは甘いけど見た目がグロくて食感も不快だったり、見た目は良くても刺激的過ぎる味や臭気が漂っていたり……。

 魔力を回復するにはいいが、かなり残念な感じだ。


「王都は特に腕のいいパティシエが多いからな、その点だけはアーチェストに来て正解だった」


「うちの学園に入れて喜ぶところがそこなのね……レイって本当に変わってるわね、入学した頃にあった嫌がらせも、そんなに気にしてる様子もなかったし」


「あんなのは可愛いもんだ。私はかつて学校の机の引き出しに、ペットの死体を詰め込まれたことがあるぞ。あれはさすがに困ったなぁ」


「えっ……!?」


 キャシーがそれっきり黙り込むので顔を見れば、その金色の瞳に涙をいっぱい溜めていた。


 いかん、人間には刺激が強かったか?

 悪魔にとっては子どものいたずらなんだが。


「気にするな。私は昔から変わり者なもんで、周りからうざがられていたんだ」


 私は小さな頃から悪魔にしてはマイルドすぎて、学校で浮きまくっていた。

 上級悪魔ばかりのエリートの学校だったから、イジメも陰湿で手が込んでたなぁ。


 ちなみに机に詰め込まれていたペットは私のではなく、すぐ下の弟のだ。

 あの時は弟が誤解して私を恨んで大変だった……なんの伝言も残さず人間界に来てしまったが、あいつ、元気にしてるかな?


「レイったら、とても苦労しているのね……だから大人っぽいのかしら……」


 そりゃ何百年も生きてるからな。

 とは言えない。


「さあ、さっさと食べて飲んで、買い出しに行くぞ」


 キャシーが湿っぽくなってしまったので、紅茶を飲み干して財布とバッグを取りに行く。


「そういえばそのお財布、レイにしては珍しく花柄で可愛いわね」


「ああ、これは前に私をいじめていたやつらが、私がアーチェストに入ると聞いてプレゼントしてくれたんだ。謝罪の気持ちらしい」


「えっ、亡くなったペットを机に入れた人たちが!?」


「いや、それとは別だ」


「別? そんなにたくさんの人にいじめられていたの……?」


 キャシーがついに、ポロポロと涙をこぼして泣き出した。

 なんで泣く!?

 そんなたいした事はされていないんだが……。


 ちなみにこの花柄の財布をくれたのは、魔法学校の入学試験の時に会った娘たちだ。

 きっと私がボルネンに語った前家庭教師と強盗たちに腰痛を植えつけた話を聞いて、おのれの所業を悔いたんだろう。

 この財布を持ってきた時、顔がひきつっていたからな。


「キャシー、私は気にしていないから泣くな。甘いものでも食べて元気を出そう」


「う、うん……」


 というわけで、まだ湿っぽいキャシーをつれて、私たちは王都へ繰り出すことにした。


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