01.悪魔に無茶を言うでない
「どうかこの子を生き返らせてください!」
「お願いします!!」
ランプひとつだけに照らされた薄暗い室内。
涙で濡れた顔で膝をつき、必死に懇願する老夫婦。
そしてその前に横たわる、胸元が血で染まった幼い少女。
いきなりだが、私は悪魔だ。
悪魔基準ではそれなりの美青年で、漆黒の翼と羊のようなうずを巻いたツノがチャームポイント。
そんな私の足元に光っているのは、蒼に光る複雑な模様の円陣、つまり魔法陣だな。
私はこの老夫婦に悪魔召喚されたというわけだ。
最初はこの小娘の命を対価に召喚されたのかと思ったが……。
夫の方の片腕が肘上で切り落とされているから、召喚にはその腕を使ったんだろう。
あとはこいつ、昔はそれなりの魔法使いだったようだな、シブい魔力を感じる。
とにかく、こいつらは私がスペシャル大サービスで召喚対価を爆下げしていてラッキーだった。
本当なら私レベルの上級悪魔は人の命の一つや二つでも召喚できん、数十人はいるな。
というか腕一本で召喚できる悪魔なんか下等過ぎてただのゴミクズだ。
悪魔召喚ってのは、なんらかの対価をささげて悪魔に願いを叶えてもらうっていう契約システムだからな。
悪魔のレベルは最重要事項だぞ。
「ふむ、この娘を……いやその前に。おいお前、早くその腕を止血しろ、死ぬぞ」
「えっ? あっ、止血! ……この悪魔さん、優しいわ」
妻の方がなにやらつぶやきながら、適当な布で夫の腕のつけ根を縛った。
よし、これで集中できる。
「で、生き返らせてほしい、だと?」
「はい、なにとぞ! たった一人の孫娘なんです! 賊に襲われ、息子夫婦もこの子も、みな……」
そうかそうか。
それでせめて孫だけでも、とな。
では聞こう。
なぜ悪魔を召喚した?
そういうのは人間が崇め奉っている女神さまとやらに頼むもんだろう!?
……いや、女神はそんな生命の理を破るようなことはしないか。
できるかどうかと、やるかどうかは別だしな。
かと言って、悪魔にそんな奇跡の聖魔法的なことができるわけない。
悪魔に無茶を言うな!
あ、誤解のないよう言っておくと、悪魔に蘇生ができないわけではない。
先ほど言ったとおり老人の腕一本では話にならんが、数人の命を捧げて中級悪魔を召喚すれば、やるやつはやる。
だが悪魔がそんなことをしても、一時的に魂を戻すだけだ。
死ぬ前と同じ可愛い孫娘でいてくれるのは、せいぜい長くても三日。
悪魔が吹き込んだ魔力という名の生命力が尽きれば、肉体が腐敗して崩れ落ちるか、魔に魅入られてアンデッドになり果てるか……。
この哀れな老夫婦に、そんな超絶罰ゲームを与えるなんて気が進まんぞ、私は。
しかもその対価が腕の喪失だなんて、哀れすぎるだろ?
「もしや、できないのですか?」
「なっ、なにを言う、悪魔に不可能などない!」
なんだか疑いの目で見られている気がする。
私の沈黙を誤解したか?
永続的な蘇生は無理でも、実は、この老夫婦が幸せになる方法が一つあるのだ。
なに、簡単だ。
私がこの小娘の身体の中に入り込み、小娘になり代わって生きればいい。
それなら私の魔力が常に供給され、この小娘は半永久的に生きることができる!
ここだけの話、私は悪魔界でトップレベルに人間界が大好きだ。
そんな私が、かつて考えたスペシャルなグッドアイデアがこれだった。
悪魔召喚をしてもらい、願いにかこつけて人間の身体に入り込む。
だがリスクが高いのと、そもそも召喚主にそういう願いをしてもらわないと叶わないから諦めていたが……まさかここでチャンスがくるとはな!
身体が小娘なのが唯一の不満どころだが、この際、文句は言わん。
あ、もちろん小娘の中に入っているのは本来の彼女の魂じゃないが、そんなのバレやしない。
よく言うだろ?
悪魔は嘘つきだから、信用してはいけないと。
悪魔は都合の悪いことを隠して契約を結ぶもんだ。
「よかろう、その娘を生き返らせてやる」
「本当ですか!?」
「しかし、いくつか条件がある」
「なんでも言ってください! お金ならある程度は用意できます!」
「そんなもんいらん。その娘は悪魔の力で命を吹き返すからな、副作用が残る。まず見た目だが、しばらく寝込んだ後に髪や瞳の色が変わるだろう」
「そんな、見た目なんてかまいません! この子が生き返るのならっ……!」
「あとは強い魔力を持つようになるから、落ち着いたら魔法を学ばせろ」
「この子が魔法を? なるほど……あとは?」
「それだけだ」
「えっ、それだけ!?」
「いや、大事なことを忘れていた。今宵のことは口外禁止だ。そして二度と悪魔なんか召喚するなよ? 本来ならお前のような老人の腕一本で召喚できるのは、クズの中のクズ悪魔だぞ」
「え……は、はい、承知しました! 決して誰にも言いませんし、悪魔召喚はこれっきりにします!」
礼のつもりか土下座する夫の横で、またもや妻が「やっぱりこの悪魔さん、優しい……」とつぶやいた気がする。
「では契約成立だ」
そうして私は悪魔界に帰るふりをして姿を消すと、さっと小娘の身体に入り込んだ。
私は悪魔界きっての人間界マニアだし、小娘の脳には生前の記憶が刻まれているから、なり代わるのに困ることはない。
私が小娘の記憶を把握するのにかかる時間は、人間界での一日といったところか?
身体の傷はすぐ治るが、魔力が馴染むまでは一週間ほどかかるだろう。
それが終われば、小娘としての私の「人生」が始まる。
ああ、人間界に憧れることウン百年。
まさかこんなチャンスがやってくるとはな!
これまで孤独に自室に閉じこもり、異世界観察用の鏡で人間界の様子を覗き見するのだけが楽しみだった……。
裏ルートで手に入れた人間界の書物コレクションも書庫三つに収まらない量になってるし、すべて読みまくって暗記済み。
さらに人間に会いたくなって召喚悪魔リストに登録した時は「えっ……貴方様のような高位の悪魔が?」みたいにドン引かれたし、召喚対価をクズ悪魔レベルで提示した時なんか受付悪魔が驚きすぎて気絶したっけなぁ……。
今となってはいい思い出だ。
とはいえ、この「人間になり代わっちゃう大作戦」には大きなリスクがある。
それは女神の存在だ。
人間の世界は女神とやらが守っているからな。
大昔、悪魔は人間界に出入り自由だったのに、女神とそれに祝福された勇者たちとの戦いのせいで、今は召喚魔法という裏技を使わないと人間界に干渉できなくなってしまった。
さらに人間界で悪魔がらみの事件が起こればすぐに女神が察知して、聖なる力で滅せられるか悪魔界に追い返される。
だから現代の悪魔は召喚魔法経由で人間にちょっとした力を与えたり、悪知恵を吹き込むのが精いっぱいだった。
今回、私は人間との「孫娘を生き返らせる」という契約をしたから人間界に侵入できたが、女神に見つかればただでは済まない。
だから私が悪魔だとバレたらまずいってわけだ。
そう、絶対に、な。
第1話を読んでいただきありがとうございます。
今日と明日は少し多めに更新し、それ以降は1日1話の更新予定です。
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ついでに第1話の裏話を、ここに少し。
悪魔を召喚した老夫婦は、もちろん腕を切った後に止血をするつもりでした。
しかし「本当に悪魔が召喚された!?」と驚いて忘れてしまったんでしょう……主人公が優しい悪魔で本当に良かったですね。