神々の誤算
空がピカッと光り、突如として山奥に得体のしれないものが舞い降りた。
野山を駆け回っていた男は、突然の衝撃音におったまげながら、その方向を見つめた。
「何があったんじゃ?」
おそるおそる、何かが落ちたであろう場所へと向かった。
そこには、ピカピカと光る大きな物体があった。シュウシュウという音をたてる異様な存在感のあるそれは、いかにも人工物らしい頑丈そうな殻で覆われている。
「なんじゃこれは?」
男は、呆然としながらも、その物体を遠巻きに眺めていた。近づいて調べようにも、かなりの高音の熱気を発しており近づくこともできない。そもそも毒か何かを発していたらと思うと、恐ろしくて距離を縮める勇気はなかった。
しばらくすると、その巨大な物体の一部が扉のように開き、中から人のような、しかしながら見慣れない一風変わった衣服を身に纏った生物が出てきた。
それは、キョロキョロと当たりを見回した後、そう時間もかからないうちに男に気づいたようで、まっすぐと近づいてきた。
男は怖くなり逃げようとしたものの、腰を抜かしたのか、その場から動けなかった。そのうち、男の目の前までやってきて、何やら言葉を発した。その言葉自体は理解できなかったが、ほぼリアルタイムに自分たちの言葉に近しいものに翻訳されて伝わってくる。
「コンニチハ。アナタハ、オソレルコトハアリマセン。コノホシデ、イチバンエライヒトハ、ダレデスカ?」
「偉い人とはなんですか?」
突然の状況に自体をつかめないままの男は、そう質問するのが精一杯だった。
「コノホシノイチバンエライヒトデス。コノホシヲ、トウチシテイルノハ、ダレデスカ」
「星とはなんですか? 統治とはどういう意味ですか?」
男は困惑した。何となくわかる言葉のようには聞こえるが、その確かな意味をわかりかねた。
「ワカリマシタ。アリガトウ」
男に話しかけたのは、はるか彼方の惑星から地球へやってきた異星人だった。そして、そのまま得体のしれない大きな物体、つまり宇宙船に戻った。
宇宙船内——
「この星の生物の知能は極めて低いようです。おそらくまだ原始的な暮らしをしているのでしょう。代表者と会談ができればと思ったのですが……。この地球という星は、まったくもって、そのような段階にはなく、とうてい無理そうです。もうしばらく様子を見る必要がありそうです」
「そうか、せっかくこのような環境があるのにもったいないことだ。我々の見当違いだったということだな。もっと進んだ文明があれば、わが惑星との異星間交流も可能だったのだろうが、さすがに難しそうだな」
「残念ですが、そのように思います」
「しかしだ、せっかくはるばるここまでやってきたのだ。私たちとしても何かしら今後につながる仕事をしなければならない。例えば、この星に知識と文明を与え、私たちが文明をリードし、育てるというのはどうだろう。それが可能か、また可能なのであれば、どのように実現するか。君はどのように思うかね?」
「……不可能ではないと考えます。しかしながら、今の段階からひとつひとつ知識を教え、理解させ、教育するというのはおそらく不可能です。家畜同然の知能しか持ち合わせていないように見えます。やるとするならば、この生物に組み込まれているDNAレベルでの操作が必要ではないでしょうか」
「それをどうやって実現する?」
「たとえば、やや強引ではありますが、我々の種族と交配させ、何十世代もかけて改良していくというのはいかがでしょうか?」
「なるほど、それは突飛にも思えるが、実に良いアイデアだ。しかしだ。交配となると無理やりに行うことはできないだろう」
「そこです。幸い、我々はこの惑星の生物から見ればはるかに優れた技術や知識を持っています。まずはこの技術や知識を見せることで、注目を集め、尊敬、崇拝、畏怖の気持ちを掻き立てます。そうなればあとはこちらのものです。我々がまさに神のような存在となってしまえば、彼らは我々をあたりまえのように崇め奉ります。我々から求めれば交配にも喜んで協力するでしょうし、いずれ我々の子孫にあたるものたちが各地でリーダーとなり、この星の生物をまとめあげることになるはずです」
そんな会話をしながら、異星人たちは、一旦、自分たちの星へと戻り状況と計画を上官らに伝えた。
その計画は、この惑星をもってしても初めての試みではあったが、実現可能性の高さとそのアイデアの切り口の面白さも合間って、すぐに承認された。計画には複数の有志を募る形になり、実行され、幾人かの異星人たちが、時間を置いて次々に地球の各地域へと舞い降りることとなった。
地球と彼らの星での時間の流れは大きく違い、彼らの星での一年間は、地球での数百年に換算される。
それぞれに地球時間での時代は違ったが、彼らは、地球の各大陸、地域に降り立ち、先進的な知識や技術を地球人に伝え始めた。
見聞きしたことのない知識、技術、情報を伝達する、空から舞い降りた彼らを、地球人は恐れおののくとともに、やがて神と崇めるようになった。
あるものはキリストと呼ばれ、あるものはアヌンナキと呼ばれ、その他にも各地でアポロン、ナンム、アイテール、すさのおのみことなど、神格化された彼らは、各年代、各地域で偉大な指導者となっていった。
地球人たちは、自分たちとは違う何か特別なものを持った存在と認識する彼らを中心とし、それぞれに新しい文明を作っていった。
神々と崇められた各地におりたった異星人たちは、当初の目的通り、地球人と交配を重ね、そのハイブリッドたちもまた、神の子として崇められ、同じように遺伝子を地球人たちに与えていった。
地球時間ではかなり長い年月がたち、地球上の各地域で、神格化されたいわゆる宗教的な集団の教祖や国を治める英雄が現れ、統治し始めた。それらは、ほとんどが異星人たちとのハイブリッドである子孫でもあった。そして、やがて進化した文明を持つ各国、地域間での争いが起こり始めた。
それは何千年にも及び、一向におさまる気配を見せなかったが、その一方、文明は加速度的に進化していき、ついには、宇宙開発に乗り出すまでになった。しかし、宇宙空間にいまでもその争いは広がり、やがて、地球自体を破壊しかねない状況となっていった。空気や水の汚染、動植物の死滅、資源の枯渇、そして兵器による同族種同士の大量虐殺。
この計画を始めた異星人たちは頭を抱えていた。
「どういうことだこれは」
「ハイブリッドたちが交配を重ねた結果、DNAに何かしらおかしな変異を起こしたのかもしれません」
「同族同士での殺し合いに飽き足らず、たった一つで直接的に地球ごと破壊しまうような兵器を大量に作り、保有しているというのはどういうことだ。どういう理屈でこうなっているのか全く理解できない。誰か説明してくれ」
「遺伝子情報に完全なエラーが発生しているとしか考えられません。どういう理屈をもってしても、これは説明のしようがありません。もしかしたら、この星の生物の元のDNAに自滅願望のようなタイマーが強力に存在していたのか……。とにかくこの星の生物は、いくら知識や技術をもったとしてもまともな発展はできないでしょう。我々との異星間交流というのも、甚だ非現実的な馬鹿げたアイデアだったようです。植民星としても、危険すぎて手に負える代物ではなさそうです」
「やむを得ない。志願して有志のものたちには申し訳ないが、この地球とかいう星のことは諦めよう。そう遠くないうちに星ごとなくなってしまうだろうからな」