□月星暦一五四三年四月①〈婚礼〉
月星歴一五四三年四月
季節は春。
アーモンドの花が咲き乱れ、その花吹雪が舞い踊る中、屋根を取り払った馬車には今しがた神殿の聖堂で挙式をあげたばかりの新婚夫婦の姿があった。
ゆっくりと街中を進む馬車を一目見ようと、沿道は人で溢れかえっている。
内戦終結以来の慶事に、街は湧きたっていた。
月星の国王の弟でありタビスたる王子アトラスと竜護星国主である女王レイナは白い婚礼衣装に身を包み、馬車の上から沿道の歓声に応えていた。
アトラスの礼服の色はタビスの象徴たる黒を推す城側の衣装担当と、タビスの正装は白と譲らない神殿側とでひと悶着あったが、本人の「戦いに行くわけではない」という一言で白と決まった。
レイナが持参した自国の伝統的な花嫁衣装と合わせる意味でも、白が正解であっただろう。
王立セレス神殿聖堂で行われた挙式の参列者は、主役が街を凱旋している間に城内に設けられた宴会会場に移動する。
「お兄様、良い笑顔でしたわね」
歩きながら、アリアンナがアウルムに腕を絡ませてきた。
アトラスはこんなに穏やかに笑える人物だったのだと、月星の面々はさぞ驚いたことだろう。
昨年の大祭に合わせて帰還し、大祭当日の宴にてレイナを妻にすると宣言してから半年。
『女神の啓示のあった女性をタビスが選んだ』という話が広まっても尚、考え直してくださいと直談判にきた娘とその親のなんと多かったことか。
「お兄様の『余所行きの笑み』に曇っていた目も、さすがに晴れたでしょうね」
聞かせるかのような通る声で笑うアリアンナ。
彼女流の、上辺しか見ない人間へ痛烈な皮肉である。
「アトラスがああも表情豊かに振る舞えるようになったのは、一重にレイナ殿のおかげだな。その点、彼女には感謝しかない」
表情だけではない。
物腰もやわらかく絡みやすくなった。
纏う空気が柔らかくなり、気さくに話しかけやすくなったという声が結構届いている。
「完全無欠なタビスとしてのお兄様しか知らなかった面々は、この半年で随分認識を改めたでしょうね」
「完全無欠ねえ」
妹の言葉にアウルムは失笑する。
「あいつは案外猫っぽいのだが」
「猫? 犬ではなくて?」
なんでも誠実にこなしている印象がある為、アリアンナは首をかしげる。
「アトラスは基本好きなことしかせんよ。やらねばならない嫌なことは最低限の労力で済ませ、好きなことはどんなに難解でも苦に感じない。器用である意味要領がいいから、人は誤解するのだがね」
そんなことを見透かしているのはさすがにアウルムくらいだろう。
「言われてみれば。ふつうあるか無いかも判らない剣を一人探しになんて、好きじゃなきゃ出ませんわよね」
少し論点がずれている気がしたが、アウルムは流した。
好きな人間の為になら動けるというのも、広義では含まれる。
「流石ですわ。お兄様のことを良く見ていらっしゃる」
「私はアトラスのことを愛しているからね」
嘯いて笑いを誘いながらも、アウルムは妹の言葉に、近くに居ながら全く何も見えてなかった人物のことを思い出していた。
『前王、あなたにこの光景を見せつけてやりたかった』
今は亡きアセルスの、人を道具としか見られない言い分に諦めを覚えた夜、何に換えてもアトラスを護ると誓った。
アトラスが払った代償に見合うものを、誰が何を言おうが与えると決めた。
この婚姻はその一歩だ。




