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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
五章 新人女官編
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■月星暦一五三六年二月〈一騎打ち〉

 その日は良く晴れていた。

 乾燥がひどく、少し動いただけで砂埃が舞う。

 そんな昼下り。


 午前中に一定のぶつかり合いが終わり、距離を取って、双方にらみ合う形で陣を構えていた。


 言い出したのはジェイド派の将たるライネス王の方だった。

 伝令旗を掲げた者が単身書状を持参してきた。


『そちらには女神の代弁者を騙る者が居ると聞く。自らの行いが真実女神の意思というなれば、我と一対一で戦い、己の正当性を示してみせよ。もし、我に勝つことが出来たなら、我等ジェイド派は潔く敗北を認めよう。祖父の代から続くこの諍いの終止符を約束する。そちらが負けてもタビスという偽りを認めるだけで良い。それ以上の要求はしない。ただ、現状が継続するだけである。

――半刻待つ。それまでに意を示せ』


 一方的な通告。

 十六夜隊の隊長だった兄アウルムはやめろと言った。

 弓月隊の副官のタウロも賛成できないと苦い顔で首を振る。

 新月隊の隊長だった従兄弟のネウルスはタビスなら負けるはずは無いと賛成を示し、かつて教育係だった叔父のカームは、タビスという存在の行動とその結果がもたらす影響を考えた上で決めろと言った。


 総大将たるアセルス王はただ一言、「タビスの意志に従う」と、決断をアトラスに委ねた。


 疲れていたのかも知れない。

 終わりの見えない断続的な戦闘に、嫌気がさしていたのは事実だ。

 勝ちさえすれば終わる。


 何かが麻痺していたのだろう。アトラスは受諾した。


 ずっと敵として戦ってきた敵方の王、ライネス・ジェイド・ボレアデスと初めて近くで正面から顔を合わせた。


 砂色の髪を一つにまとめて垂らし、鎧の上には翡翠に因んだ緑に染あげられた外套を纏っている。


 十五歳という年の割に背の高いアトラスは、成人男性の平均並みには上背があったが、ライネスの方が拳二つ分程高いだろうか。


 差という程ではないが、身体の厚さが違う。ライネス王の鍛え抜かれた筋肉が衣服の上からも伺えた。


「お前がタビスか」


 ライネス王の声は太く張りがあり、聞いていた歳よりも若く感じた。


「アンブル派アセルスが二子、第二王子、アトラス・ウル・ボレアデスだ」

「王子、か……」


 アトラスは、ライネス王の青灰色(そらいろ)の瞳に見つめられた時、ぞわりと言いようがない感覚に襲われた。

 その瞳には、どこか愍むような色があった。


 勝敗の判定はどちらかが戦闘不能になること。あるいは敗北を認めること。


 アトラスは優れた剣士という評価を得ていた。その腕前はアンブル派の軍部一とも謂われていた。

 与えられた評価が操作されたものであるのは理解していた。

 王子でタビスである者相手に、たかだか練習試合で本気で対する者がどれだけ居ようか。


 弓月隊の者達が、タビスという()()の為に気を遣ってくれているのも知っている。

 それでも、訓練と日々の努力でそれなりの強さは自負していた。


 だが、ライネス王は純粋に強かった。

 一撃一撃が重い。技術が高い。

 そして大きな身体に似合わない優れた身のこなしに翻弄される。


 アトラスは阻みながら垣間見える相手の指、顎の線、髭の合間に見える口の形などに目を奪われた。

 どこかで見たことがある、と。


「余所見していていいのか?」


 苦笑を含んだ声がかけられた。

 斬撃の速度が一段増す。だが、受け切れない速さでは無い。

 アトラスが受けられるギリギリの速さ、力加減を見極めた正確な剣さばき。

 気を抜けば一瞬で持っていかれる。

 そのくせ、アトラスの攻めを間一髪で躱す。やっと躱しているように見せつける。

 見守る者達には、さぞ拮抗しているように見えていただろう。


 濃厚な時間だった。

 ライネス王が楽しんでいるのが伝わってきた。

 技量に優る相手に、弄ばれている感じはない。例えるなら手練に、手ほどきを受けているかのようだった。


 周囲の音は聞こえなくなっていた。

 目の前の相手にしか意識は向かない。

 自身の息遣いと剣戟の音だけがやけに響く。

 古くからの知り合いと永い時間語り合っているかのような奇妙な感覚。


 朱い大地が夕陽を受けて、一層赤味を増した。


 実際はそれ程長い時間では無かったのだろう。終わりは突然やってきた。

 不意にぽっかりと見えた隙。訪れた機会に、アトラスは渾身の一撃を入れる。


 王の受け身は弾かれた。

 否。

 受け身を取らなかった様にアトラスには見えた。


 弾かれた剣が額に傷を作る。そこから流れ出た血は、髪と同色の髭を赤黒く固める。

 胴には肩から大きく斜めに走った傷。

 目から光が喪われる僅かな間にライネスの口許には確かに笑みが結ばれた。

 崩れ落ちる身体はアトラスに覆い被さる。

 間近で見た体の部位は、自分の複製の様に同じだった。


 その後のことはよく覚えていない。気がついたのは自室の寝台の上だった。


 身体には大きな傷は無かった。

 ライネス王を討った後、大きな歓声に包まれたのは覚えている。抱きついてきた兄と副官タウロの腕の中で立ったまま失神したのだと聞いた。

 そのまま首都に送られ、目が覚めた時には全て終わっていた。


 故に事後処理には一切関わっていない。ただ報告書で読んだだけだ。


 報告書には、ジェイド派の唯一の後継者である王女は、自室で毒を仰いで死んでいたとあった。

小噺

今更ですが、一章の〈夢〉の戦場が心象風景だったと裏付ける回でもありました。辿り着くのにずいぶんかかってしまいました。

アトラスは気絶しているので、戦場でのその先の記憶はないのです。

赤い夢のネガティブな意味ーー不安、怒り、体調の悪さ等ーーが強調され、そこから逃げたいけど逃げられない。

アトラスには血の赤のイメージも深く刻まれていたかも知れません。死んだ人間が襲いかかる、後ろから追ってきた人が前に立ちはだかるなど夢ならではのよく判らない感じを出したつもりでした。

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