□月星暦一五四一年七月⑧〈少女〉
□連れの少女視点
同刻。
少女が連れてこられたのは、国の主とその家族の住居らしい一画だった。
絨毯からカーテン、長椅子のクッションに至るまで、淡い緑色を基本にしつらえてある。
《《あの》》レオニスが自室とするには、女性のものの様な雰囲気を漂わせているように見えた。
どこか懐かしさにも似た妙に居心地の良さを少女は感じていた。
「こっちよ。早くなさい」
ペルラは足並みの鈍る少女を急かすと、寝室を抜け、更に奥の浴室へと促した。
「服を脱ぐ。身体を洗う。そのくらいは自分で出来るでしょ!」
終わったら呼べとぶっきらぼうに言い残すと、ペルラは音を立てて扉を閉めた。
鍵は無いようだが、扉の前にはペルラが陣取っている気配。
逃げられそうもない。
純白の大理石製の浴槽には、丁度良い温度の湯が沸かされていた。
運んできた人は大変だろうななどと、悠長に考えてしまう。
「まぁ、与えられた環境は最大限に活用させていただきますか」
少女は割り切った。
ゆっくり考えるにはいい機会かもしれない。ありがたく湯船につかると少女は自分の置かれている状況を思った。
五年にわたって頼りにして来たアトラスは捕らえられ、自身も優雅に風呂に浸かっているとはいえ、外には見張りと旋錠という軟禁状態にある。
だが、少女には、アトラスがおとなしくただ捕まっていると思えなかった。
アトラスは元来、何も考えなしに行動するタイプではない。
レオニスを挑発したのも、捕まったことも、何らかの考えがあってのこと判断できる。
そして、少女も同様大人しくしているつもりはない。
どう行動するべきか?
アトラスが動きやすい様にする為にも、少女は一番自分らしい動きをする必要がある。
「どうしようかなぁ」
少女は息を止めて頭まで潜った。
ホントにいいお湯だ。
十秒数えて顔を出す。
「決めた」
しばらくは、抵抗せずにレオニスとやらの意向に従っておくことにした。
大人しくしていれば、隙が生じることもあるだろう。
この部屋に来るまでに、ペルラ以外まともな目をした人間を見かけなかった。
ペルラさえなんとか出来れば、逃げだすこともできよう。
幸い、ペルラが脱衣の手伝いを省いた為、服の下に忍ばせておいた短剣を持ち込めていた。
どうにかして抜け出そうとするだろうアトラスの万が一にも備えて、助けに行く手だても考えておこう。
まずは、アトラスが捕らえられた場所をそれとなく聞き出そう。
少女はすっきりした顔で湯船から勢いよく立ち上がった。
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