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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
五章 新人女官編
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■月星暦一五四二年十一月⑧〈真名〉

 レイナは剣を拾い、アトラスの前に立った。

 鞘に収めた剣を彼の胸に押し付けて睨みつける。


「思ったよねぇ? 一瞬でも、彼女になら殺されてもいいって、思ったでしょう?」

「思わないよ。ひと月前ならわからなかったが、お前と生きると決めた」

「馬鹿っ!」


 レイナは呆れ果てた顔で、握った拳をアトラスの胸に叩きつける。一瞬息が詰まるほどに重く強い。


 アトラスはハイネを見た。

 意図を察して苔色の瞳が真摯な色を帯びる。


「イディール・ジェイド・ボレアデス」


 ハイネは座り込むイディールの前にかがんだ。


「アトラスは君の弟だよ」

 静かな声で、ハイネは告げた。


「何を言って……」

「アトラスはタビスだ。その意味を考えれば明白だろう」

「……私の弟も、タビスだったと言われた」

「そうだね」

「でも、アンブル派からもタビスを得たという報があって、直後に弟は死んでしまって……」

「だから、アンブル派のタビスが本物だったとされたんだったね」


 ハイネは目を合わせて問う。


「その頃、何があったんだい?」

「乳母のミラ・ファイファーが弟を死なせた罪で処断された」

「ファイファー?」

「サラ・ファイファーは弟の乳母だった女性の姪の戸籍なの」

「おそらくミラという女性は、アンブル派の内通者だった筈だ。死なせたのでは無く適当な乳児の死体とすり替えて報告したんだろう」


 アトラスが口を挟む。


「すり替え?」

「そうだ」

「タビスだったから?」

「そうだ」


 アトラスは右腕の袖を捲りあげて見せる。そこにあるのは鮮やかに刻まれた痣。

 女神の刻印と呼ばれるそれに、イディールの目が釘付けになる。 


「覚えがある?」

「弟の腕に見たものに似ている」


 女神の刻印は、必ずしも腕に顕れる訳では無い。


「そうだわ、亡くなった赤子には痣が無くなっていたと聞いた。ミラは息を引き取ったら消えたと話したと。女神の加護は消えたのだと」


 呟きは独り言に近い。


「同じ場所の刻印……。本当、なの?」


 イディールはふらふらと立ち上がり、アトラスの前に立った。


「レオンディール、なの?」

「それが俺の名か……。名前、あったんだな……」


 イディールは手を伸ばして、アトラスの頬に触れた。

 頬骨の辺りから輪郭を指でなぞる。

 顔を覗き込む瞳から涙がこぼれ落ちる。


「本当だ。髭が無いから判らなかったけど、よく見たらお父様に似てるわ……」

 形の良い唇に笑みが浮かぶ。


「そっか。生きていたんだ……」

 咽び泣くイディール。


「私は、独りじゃなかった……」


 イディールは暫く俯いて嗚咽を漏らしていたが、やがて、顔を上げるとアトラスを見据えて言う。


「父の最期を教えて」

「……わかった」


 当時のことを考えると、今でも身体の芯が冷たくなる。

 だがアトラスは、思い出せる限り詳細に語った。

お読みいただきありがとうございます

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