■月星暦一五四二年十一月⑦〈声〉
墓地までしか大抵の人は来ない為あまり知られていないが、道の先には湖を借景とした庭園が造られている。
東屋もあり、話をするには丁度良い。
湖を臨める東屋まで来ると、イディールを座らせアトラスは真正面に立つ。
「ここの城に来た目的は俺か?」
「まったくの偶然よ」
イディールは簡単に経緯を語った。
その辺りの事情はペルラが語った話と差異はない。
「でも、あなたに会ってみたいとは思っていましたわ」
レイナが王として立って間もない頃、以前の雇い主に付き添って一度城まで来たのだと言う。
アトラスには会えなかったが、城の女官達に話を聞くことは出来た。
「あなたが月星を出奔したことは聞いていたわ。時期が合うし、この国に王女を連れてきた月星人が同一人物だとは思っていました。でも、皆の話す『アトラス』の印象が以前聞いていたのと違い過ぎて、確かめたくなった……」
ジェイド側での当アトラスは、子供とは思えない冷酷さで淡々と剣を振るう戦場の黒い悪夢。そんなふうに聞いていたと言う。
「……お前は、俺が憎いか? 俺を殺したいか?」
「立場としては、憎まなきゃいけないのでしょうね」
イディールは乾いた笑いを漏らした。
「私の振りをして代わりに死んだ本物のサラ・ファイファーや、私を逃がすために犠牲になった者達の手前、そう言うのが筋なのでしょう」
イディールはアトラスに昏い瞳を向ける。
「なんの人脈も無い、なんの後楯も無い私ができることなんて、生き延びることだけだったわよ」
吐き捨てる言葉に温度はない。
「父は一対一であなたと戦って破れた。それが全て。どうしてそんなことを提案したのか、どうしてたかだか十五、六の子供に破れたのか。父に恨み言の一つは言いたいけどね」
「そうか……」
アトラスは愛用の剣をイディールの膝の上に無造作に置いた。
鞘と柄にはには青紫色に染められた革があしらわれている。使い込まれ、柄の部分の色は褪せていた。
装飾の類はほぼ無い。実用一辺倒の無骨な造り。
「あんたの父親を斬った剣だ」
促されるままに剣を見ていたイディールがびくりと震える。
「それを見て、手にしても同じことが言えるか?」
イディールは鞘を払う。
刀身には細な傷が残るがよく手入れがされていた。
剣を凝視したまま、イディールはそのまま動かない。
「イディール?」
「どうして?」
イディールの声は震えていた。
「どうして敵方のあなたが、父に似た声で私を呼ぶの!?」
「声?」
予期しない言葉にアトラスは虚をつかれた。思わず喉に手が触れる。
だが、外から入る声と内から響く声では比較は出来無い。自身では分からない。
イディールは剣を落とし、膝をついた。
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