□月星暦一五四二年十一月③〈竜護星へ〉
□視点ハイネ
歩き出すアトラスに、ちょっと遅れてハイネはついて行く。
「兄上、少し良いだろうか」
執務室の王に声をかけながら、アトラスは後ろのハイネを見やる。
それだけで、ハイネが話の持ち主と察して、王は長椅子に座るよう、示した。
「話を聞こう」
王は同室にいた官らには休憩を言い渡し、下がらせると自身も向かい側に座る。
「何か問題でもあったか?」
「アトラス殿下を暫くお借りできませんか」
あらゆる前置きを省いて、ハイネは切り出した。
「新しく入った女官が、月星人なのです」
それでは要領を得ないと苦笑して、アトラスはハイネに助け船を出す。
「ハイネはその者がジェイド派の残党で、レイナに害を及ぼすのではないかと危惧している」
「僕は君が危ないのではないかと言っているのだけど?」
「同じことだ。俺にダメージを与えたくばレイナを狙えばいい。一番効く」
ハイネは溜め息をついて、王に向き直った。
「我々には判断がつかないので、直接確認していただきたいのです」
「こちらとしては、大事な弟を差し出す訳だ。竜護星側で安全な環境を整えておくべきであろう?」
「それはそうなのですが……」
「私は気が進まない」
王は難しい顔で首を振る。
「もし、本当に《《そう》》であった場合、斬れと私は言わねばならん。だが、私はもうお前にそれをさせたくない」
主語がない言葉が並ぶが、二人には通じている。
口には出さないが、ハイネも理解していた。
王という立場上、言わねばならない言葉がある。下さざる得ない裁決がある。
「その者を危険と判断したその時は、僕、いえ、私が責任を持って対処します」
ハイネは真っ直ぐと王を見詰めて言った。
暫し逡巡し、王アウルムはアトラスに目を向ける。
「アトラス」
「《《解って》》いますよ」
これはハイネには解らない意思疎通。
やがて折れたのは王アウルムの方だった。
「五日だ」
大きく溜息をついて王は二人を順に見やる。
「引継の為、最適空路の検証に出ると説明しよう」
本来、そんなものは要らない。いつでも竜が自ら最適な経路を選ぶ。
だが、竜を知らず、騎馬に慣れている者には解りやすく信じよう。
口実としては申し分ない。
「感謝します」
ハイネは深々と頭を下げる。
「すぐに出られるか?」
途中から馬車だったとはいえ、ハイネは着いたばかりだ。疲れていないか、という意味でアトラスは聞いたのだろうが、ハイネは快諾する。
「準備をしてくる」
正門で待つように言って、アトラスは一度自室に下がっていった。
※※※
竜二頭で並んで空を翔ける。指示をしなくても、竜は互いに最適な速度と感覚を知っている。
竜は情報を共有する能力があるのではないかと言われている。
知らない場所でも的確に風を読み最善を選ぶのは、他の個体の知識を共有している為と考えられている。
「もしかして、『この娘の故郷へ』と強く願っていれば、あの旅はそれで解決したのだろうか?」
「言ってくれるなよ」
ハイネは渋い顔で嗜めた。
「レイナの中には、自分が早く戻っていれば違っていたのではないかという想いは根強く残っているんだ、君だけはそれを言っちゃあいけない」
「そうだな。失言だった」
過去に戻れない以上、もしは言っても仕方がない。




