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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
四章 三人の『兄』
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■月星暦一五四二年十月大祭後四日目〈月長石〉


宜しくお願いします。

 週の初め、月の曜日は朝拝から始まる。

 さすがにアトラスも抗わない。


 朝拝は大神官によって進行される為、タビスだからといって何をするわけでは無い。

 ただ参列するだけだが、プロトによって用意されていた神官服(日常着)に袖を通して聖堂に向かった。


 朝拝自体は毎朝行われているが、この曜日は城の者なら大抵参加する。

 (アウルム)も例外では無い。


「届いていたぞ」

 (アウルム)が自ら手の中に納まる大きさの包みをアトラスに届けてくれた。


「いつ作ったんだい?」

 そんな時間があったのかという疑問。

「実は二ヶ月程前に一度来ていて、その時に頼んでおいたんです」


 準備の為に、大祭二週間前には首都アンブルに入っていたアトラスだが、その前にも何度か訪れていた。


 頼んだ店には、少なくとも大祭が過ぎる迄は口外しないようにと厳重に言い含めた。

 代わりに今頃は『タビス御用達』の横断幕が掲げられている筈だ。


「なんだ、最初からそのつもりだったのか?」

「いえ、発注した時は上手く行けば位の気持ちでしたよ」

 苦笑で応える。

 行かなくとも、未練がましい思い出の品位にはなっただろう。


 上手く行った場合のプランとしてはぎりぎりだった。

 欲を言えば大祭当日には欲しかったが、今日届いただけでも相当急いで仕上げてくれたと言える。


 アトラスと同じ事を考える若者が一年で一番多く、店はこの時期は多忙なのだ。


「服は忘れたのにな」

 (アウルム)の揶揄にアトラスは返す言葉も無い。


 宴の衣装の用意は見事に失念していて、当日は(アウルム)の予備を借りた。


 お陰でアトラスの感覚としては三割増で豪奢過ぎたのだが、一世一代の舞台としては結果的に良かったのかも知れない。


  ※※※


 朝拝終了後、一度自室に戻って普段着に着替えた。

 神官服は、神殿の者には日常着でも、アトラスにとっては『仕事着』でしかない。


 アキマン邸に向かう道中、サンクは言いつけ通り、アトラスのすぐ後ろという立ち位置で、普通に同行している。


 竜護星の面々は馬車に荷を積み込む作業中だった。

 離れの中はバタバタしているので、レイナは庭に連れ出した。


「今日、発つんだってな」

「ええ。午後に発てば港で船に乗る前に一泊できるから」

 レイナはこれから(アウルム)に挨拶しに行くと言う。


 アトラスは懐から先程の包みを取り出し、レイナの手の上に置いた。


「何?」

「俺も一つくらい約束を形にと思ってな」

「開けていい?」

 アトラスは照れくさそうに、目を逸らして頷いた。


 包みの中の小さな木箱を開いたレイナの顔が笑みに充ちる。


「綺麗……」

 月長石(ムーンストーン)をあしらった首飾り。手に取ると、白い影が掌に落ちる。


 柔らかな白乳色の石で、古くは月の光でできていると考えられていた。

 女神の力が宿ると信じられ、特に月星では護り石としても人気の石である。


「つけて」

 後ろを向くレイナのうなじに目を奪われながら、アトラスは不器用に留め具を繋ぐ。


 出遭った時はほんの子供だった。小娘だった。


 いつからだろう。

 こんなに気になる存在になったのは。


 ペルラとライのお膳立ては、自身の心中を見つめ直すきっかけにはなった。

 レイナと共に歩む決意は義務感では決してない。自身の持つ切札(タビスの一声)に気づかせてくれたことは、面白くはないが感謝している。


 振り向いて、どう?と尋ねてくる笑顔に目が奪われた。

 大きすぎず、華美すぎず、首飾りは思った以上にレイナに似合っていた。


 母屋から出て来たヴァルムがレイナの首元を見留めて、含み笑いをもらす。


「ちゃんと、やることやるんじゃん」

「うるさい」

「レイナさま、月星で月長石(ムーンストーン)は恋人に贈る石なのですよ」

 アウラまでが余計なことを言っている。


 耳まで赤らめたレイナが真っ直ぐアトラスを見つめた。


「ありがとう。嬉しい」

「ああ」

 歓びを隠さない微笑が眩しい。


 腕を差し出すと、レイナはごく自然に手を絡めてきた。

 布越しに伝わる熱に、どこか新鮮な心地をを感じる。


 城への、決して長くは無い距離を歩む二人に言葉は要らない。

 すれ違う人が、ぎょっとしたように振り返る。その視線すら気にならない。


 城門の前でレイナの手が離れる瞬間、名残惜しそうに力がこもった。アトラスはその掌をを取り、抱きしめて、ついばむようにキスをする。


「道中気をつけてな」

「うん。なるべく早く返事を出すわ」

「待っている」


 見送るアトラスの口許には、自然と笑みが浮かんでいる。


 背後では、サンクがひたすら野次馬達ーー聖堂での兄達のやり取りを目ざとく見ていたアリアンナと、嗅ぎつけた弓月隊隊員達ーーを追い払っていた。

四章〈三人の『兄』〉完

人物紹介

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