■月星暦一五四二年十月大祭翌日⑧〈副隊長〉
夜も更けて、料理もあらかた片付いた。
酒を嗜まない若い隊員は自室に戻っていった。
机に伏して寝込んでいる者、酔っぱらって床に崩れ落ちている者もいる。むしろ、起きている方が少ないかも知れない。
その一番の原因は各席を周っては、副隊長のタウロ・アウダースが酔い潰していたからとも言う。
「たぁいちょ、飲んでますか?」
酒瓶を抱えて隣に座るタウロ。
「今度は俺を潰しに来たのか?」
そう言うアトラスも、既にほろ酔いの体である。
だが、酒が入らないと言い難いこともある。
「あの晩は、無茶なことを頼んで悪かったな」
王がいち早く正気に戻り、訓練という形に収めたから良かったものの、一つ間違えれば反逆の汚名と全員打首もありうる、危険な綱渡りだった。
「そりゃあ、隊長のたっての頼みですもん、協力しますって」
ガハハと笑ってタウロは酒を仰ぐ。
「でも隊長、良かったですね」
「ん?」
「良い旅をして、良い出会いがあったようだ」
見詰める眼差しが優しい。
「六年前、ここを去る頃のあんたは、そりゃあ酷い顔をしていたもんですよ。それが、今は良いお顔をなさっている。皆んなねぇ、嬉しいんですよ。そんな顔で隊長がまた俺らを頼ってくださった」
タウロは目を細めて、酔いつぶれた隊員達を眺める。
「いくらあんな世の中だったとはいえさ、タビスだからって年端もいかない少年に剣を持たせて、前の隊長がおっ死んだからって隊長に据えてさ。でもほら、あんた真面目だから手を抜くことを知らない。傍から見てると危うかったからね。いつぽっきりいってもおかしくなかった。こりゃあ、俺らがなんとかしなきゃって思ったもんですよ」
実際、タウロの磊落なありようにどれだけ救われたか分らない。
「暫くはこちらに居るんでしょ? 若い連中に稽古をつけてやって下さいよ」
「それは構わんが。……いい加減、お前が隊長やれよ」
この隊の雰囲気が良いのは、間違いなくタウロの人柄の賜物だろう。
「いいんですよ、弓月隊はあんたの為の隊なんだから。隊長って肩書は永久欠番でも構わない。あんたがどこへ行ってもね、俺らはあんたの味方ですからね」
「タウロ、酔ってるだろう」
そんなことを言って、アトラスは机に顔を伏せた。暫く顔を上げられそうにない。
「隊長、泣かないでくださいよ」
「泣いてない!」
ガハハと笑って、タウロはバシバシ背中を叩く。
「痛いって!」
文句を言いながらも、アトラス顔を伏せたままだ。
本当に、暫く面を上げられそうにない。




