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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
四章 三人の『兄』
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■月星暦一五四二年十月大祭翌日⑦〈弓月隊〉

 後宮を辞すると、アリアンナはレイナを連れて行ってしまった。

 曰く、なかなか会えない友人と、ゆっくりお茶をする時間位欲しいとのこと。


 アトラスはその足で弓月隊の隊舎に向かった。


 陽はずいぶんと傾き、そろそろ夕方の気配が漂い始めている。

 市街地に警備に出ている隊員も、あと四半刻(三十分)もすればぼちぼち戻ってくるだろうか。


 隊舎には十三、四歳と見られる少年が留守番をしていた。アトラスの知らない顔である。


「御用でしょうか?」

「タウロは居るかな?」

「副隊長でしたら、見廻りに出ています」


 王城での大祭は昨夜で終わりだが、街にはまだ賑わいが残っている。治安に目を光らせるのも仕事の一つだ。


「もうすぐ戻ってくると思いますが」

「待たせてもらおうか」

「では、こちらをどうぞ」


 案内された隣の部屋には、大机にいくつもの椅子が並べられている。合議や、時間によっては食堂、待機中の隊員の多目的室的な使われ方をする。


 椅子を勧める少年。

 栗色の髪にそばかすの散った顔は白い。剣を持つ姿はおおよそ想像できない程細い身体つき。

 隊には珍しいタイプに興味を覚えた。


「君は最近入ったのかい?」

「こちらにお世話になり始めて、もうすぐ一年になります」


 少年はお茶を出しながら応える。

 この隊舎に寝泊まりするのは、隊員の半数程度。食事は本宮の食堂へ食べに行ったり持ってきたりするが、湯を沸かす程度のことは出来る。


「誰かの紹介かな?」

「はい。僕の家は街で薬屋を営んでいて、こちらにも卸させていただいています。タウロさまは個人的にもよく店にお寄り下さいまして、その縁で誘っていただきました」


 隊では稽古や荒事の仲裁などで、打ち身や切り傷などは日常茶飯事。いちいち医局へ出向かなくても、軽度の処置はここで済ませられるようにと、薬の知識のある者を据えたらしい。

 面倒見の良いタウロらしいと、アトラスは思った。


 おそらく、少年は次男か三男。家督や家業を継ぐ可能性が低い、というのもある。

 隊員の多くは、そういった事情の者である。

 タウロ自身も地方領主の三男だった筈だ。


「俺も、六年程前まで、ここに所属していたんだよ」

「六年前? でしたら、隊長がいらした頃ですよね?」


 少年の声がワントーン上がった。

「すごいですよね。僕の歳にはもう隊長に就任していたと聞きます」

 少年の顔にあるのは羨望と憧憬。

「タビスで王子様で英雄となられた方。どんな方なんでしょう」


 キラキラした圧に気圧された。

 現実はそんなに良いものじゃないなどとは、とても言えない。


「先日、隊長が企画したという抜き打ちの訓練があったそうなんですよ。丁度その日はせっかくの祭くらい家で過ごしなさいってお休みだったので、僕はお会いできなかったんですよね」


 言われてみれば、あの夜に駆けつけた隊員は知った顔ばかりだった。タウロは事情に通じた古参の者のみで編成したのだろう。


「いらっしゃるうちに、一目お会いしたいものです」

 少年の視線が眩しくて、目の前に居るとは言い難い。


「……当時は早く大人になることを強要される世の中だった。子供でいられることが許されるなら、その時期を大切にした方がいいと思うぞ」

「お客様?」


 首を傾げる少年。何かを言いかけたが、にわかに聞こえてきた外からの騒がしい音に遮られる。


「戻られたようです!」

 少年は小走りで玄関に出迎えに行った。

「お帰りなさい! 副隊長にお客様がいらっしゃっています」

「誰?」

「元隊員の方だそうです」

 そんなやりとりが聞こえてくる。


 どかどかという足音が近づき、扉かが開かれる。名前通り、雄牛の様な赤毛の大男が入って来た。

「お待たせして申し訳無い。私が副隊長のタウロです」

 畏まった口調に吹き出しつつ、戸口に背を向けて座っていたアトラスは、振り返ってひらひらと手を振ってみせた。


「あーーーー!!!」

「うるさい!」

 わざとらしく耳を塞いでみせるアトラス。

 タウロの大声に、何事かとわらわらと他の隊員が集まってきた。


「隊長!?」

「隊員だ!」

「お久しぶりです、隊長!!」

 留守番をしていた少年が目を白黒させてアトラスとタウロを見比べた。

「隊長?」

「そうだよ、こちらが我らが隊長アトラスさまだ。粗相をしなかったか? ファル」

「粗相は無かったけどな。今度から客が来たら、相手が何者か確認しような」


 アトラスはファル少年に向かってにやりと笑ってみせた。


「し、失礼しました!!」

「俺はいいけど、城にはこんな顔がもう一人居る。そっちには最大限の敬意を払ってくれ」

 誰のことを言っているのかを察して、ファル少年はこくこくと頷いた。


「それはそうと、聞きましたよ、隊長。ご婚約おめでとうございます!」

「なんでも、盛大にやらかしたらしいじゃないですか!」

「お偉いさんがあんぐり顎外してたって?見たかったなぁ」

「果たして、一体何人の女性が枕を濡らしたことか!」

「その台詞は聞き飽きた」

 今日だけで何度目だろうか。


「おい、誰か酒を持って来い!」

 タウロが叫ぶ。

「いいチーズもあっただろう?」

「今日は祝いだ、もう食事も出来てるだろ、運べ、運べ!」

「いい時に来ましたな、隊長。今日はご馳走ですよ」


 大祭の為に持ち込まれる大量の食材は、宴の終わった後に、各隊を始め城に働く者達に振る舞われる。

「誰か、神殿に隊長は今日こっちで召し上がるって伝えてこい!」

「私がひとっ走り行ってきます」

 打てば響く呼吸で、あっという間に宴会のような体裁が整った。

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