■月星暦一五四二年十月大祭翌日②〈五大公〉
毎日更新中
宜しくお願いします。
登城し案内された部屋には、月星の重鎮、五大公のうち四人までが雁首揃えて待っていた。
残りの一人、東を預かる大領主オスト・レヒト・デクシアは細君の具合が悪いと、大祭自体を欠席している。
視線を向けると、王は苦笑いで肩をすくめてみせる。
アトラスは示されるまま、王の隣に腰を下ろした。
「殿下、何なんですか、あなたのなさりようは!」
座ったとたん、雷が落ちた。
「スール殿、いきなり何です?」
唐突すぎて、さすがにアトラスも面食らう。
「何年も城をあけていきなり帰ってくると聞けば、正門を通った形跡もなく襲撃紛いな姿の現し方。挙げ句、昨晩は告白騒ぎですって?」
南の大領主スール・リア・テルグムは溜まっていたものを全て吐き出す勢いでがなり立てた。
「家出捜索隊までだしましたなぁ」
ぼやいたのは西の大領主ヴェスト・リンク・ゴーシュ。
「何が誤解があったようですが、私が国をあけたのは前王の取り決めを果たしていた為です」
「それについては、私からも説明した筈だ」
王も追従して弁護する。
「また、スール殿の言う襲撃紛いな、は訓練でした。……従兄弟殿はどう説明したんです?」
後半の言葉は叔父のノルテ・ノール・クザンに向けられた。
ノルテは前王の弟だが、北の大領主クザン家の娘と結婚してその家督を継いだため、もう殿下とは呼ばれない。
「陛下と殿下が示し合わせた訓練だったと。お二人の芝居にまんまと騙されたと嘆いていましたよ」
ネウルス・ノワ・クザンの父ノルテは疲れたように答える。
「お陰で倅は今も苦情対応におわれています」
「私が相手をした者に怪我はさせなかった筈です」
「ええ。あっても打撲、擦り傷程度でした」
複雑な顔で応えたのは軍部を統括しているヴェスト。
アトラスに打ち負かされた者たちは、むしろ清々しい顔をしているとぼやく。
当然だ。
アトラスが用いたのは人は斬れないユリウスの剣。
ネウルスと相対した時しか自身の剣は使わなかった。
「しかし、何もこんな時にやらなくても良かったでしょうに」
「だが、実際効果はあったでしょう?警備の弛みが露見した」
ヴェストの苦言に、アトラスは正論で返す。
「せっかく久しぶりにアトラスが帰還したんだ、その『《《まさか》》』を有効に使わねば勿体なかろう」
悪びれない兄弟に、一同はため息をつく。
「ヴェスト、これを機に綱紀を改めよ。弟は軽々と私の執務室に到着した」
「御意」
王直々に言われれば、ヴェストは頷くしかない。
「苦情といえば、後宮の女官達からもです。なんたって、あんな夜更けに押しかけたんですか」
ノルテが呆れた口調で問う。
「何って、母上に帰還の挨拶です。あの後私は潔斎に入らねばなりませんでしたから」
「今日迄待てなかったのですか」
「ご病気と伺っていたので早くお会いしたかったんですよ。確認したかった件もありましたし」
「私もアリアンナも同席した。問題なかろう?」
兄弟は、同じ顔で嘯く。
「確認したかった件とは、何だったか聞いてもよろしいか?」
ノルテが尋ねれば、
「それが昨日の小娘の件ですか?」
「そもそもあの小娘は何者です?あんな婚約宣言が通るとお思いですか?」
ヴェスト、スールも畳み掛ける。
因みに、スールの娘は《《使命》》を持って宴に挑み、昨晩は枕を濡らしたお嬢様方の一人である。
「彼女は竜護星国主を昨年継承した、レイナ・ヴォレ・アシェレスタ陛下。かの国は最近までごたついていてな、父上の盟約を受け、アトラスが手を貸していた」
王が間に入って説明する。
『確認したかった件』はすり替えられた。魔物の存在は無かったことにすると決めている。
「私の屋敷の離れに滞在して貰っているのでお会いしたが、分別を辨えた女性ですよ。何より殿下を信頼されている」
カーム・ヴァン・アキマンが淡々と意見をのべた。
しかし、スールには身贔屓の肯定に聞こえたらしい。
カームはアトラスの幼年期の教育係だった為、割とアトラスの肩を持つ。
「分別があれば、六年も殿下を拘束せんだろう」
スールの視線がカームからアトラスに移る。
「思いの外、長期に渡ってしまったのは、私のやり方に問題があったのだろう。連絡を怠り心配をかけた。誤解を生んだ、その点は反省している」
「しかし……」
「一つ、いいですか」
有無を言わせず遮るアトラスの静かな声。
「先程から何度となく小娘呼ばわりしていますが、他国とはいえ、仮にも王です。そして、《《私》》が預かり、《《私》》が王とし、《《私》》が妻にと望む女性です。慎んでください」
口調が穏やかな分、怒りの気配が際立っていた。
親子程の年の差がある相手に、完全にスールが気圧された。
「……失礼しました」
「ところで陛下、かの国は葡萄酒が美味だそうですよ」
漂いかけた微妙な空気を察し、唐突に話題を変えたのはカーム。
「それは俺も保証します。彼方此方あちこち行った先で飲みましたが、間違いなく一番美味い」
先程の胡乱な空気を綺麗に消して、アトラスも応じる。
「それは良い。是非輸入品に加えたいな」
「レイナが土産に納めたものがあるはずです。後で厨房に言って、持ってこさせましょう」
王も加わり、急に始まった和やかな葡萄酒談義。
「あの国には雪室がありましてね、その中で低温でゆっくり熟成する為柔らかな味になるとか」
「雪室?」
聞き慣れない単語に食いついたのはノルテ。
「冬の間の雪をためた貯蔵庫ですね。一年中温度の変化が少なく、酒だけでなく肉や野菜なども長期保存できるそうです」
「雪は溶けるだろう?」
「圧し固めて詰め込むので、夏が終わる頃でも半分程度は残っているらしいですよ。そして、全て溶ける前に次の雪が降る」
「羨ましい施設だな」
「こちらでは、それほど気温が下がりませんから選べば冬でも栽培できる作物はある。ですが、雪で閉ざされる国では冬期の備蓄は切実です。生活の知恵というやつでしょうね」
「なるほど。気候はどうにもならんなら、保存方法の工夫をしたのか」
どこかに作れないか、そんな顔でノルテは考えこんでいる。
城の地下の食料庫も、石灰質の層が温度を遮断し、年間を通して外とは比べものにならない低温が保たれてはいるが、それでも保存期間は数ヶ月程度である。
置いていかれたスールとヴェスト。
「何を和やかに反れているんですか! 我々はアトラス様の婚姻について話し合っていたのでしょう?」
「話し合う意味、ありますか?」
カームが白けた口調で問う。
「《《タビスが求めた》》。それ以外に答えは要らんでしょう」
「そうだな。《《タビスの言葉は女神の意思》》。それに、私は事前に認めている」
「しかし、タビスが他国へってあり得ないでしょう?」
「何故?」
「女神の加護が離れたと人は解釈します」
「今更言いますか。私の留守中、何か問題がありましたか?」
「無かったな」
アトラスが言えば、王も同意する。
「それに、私はもう認めたと言ったろう?」
「陛下」
「かの国には、竜と呼ばれる空翔ける生物が棲息するそうだ。有事の際は文字通り飛んで来てもらえばいい」
「一昼夜、いえ、一晩で翔けつけてご覧にいれましょう」
竜の速度は乗り手の想いの強さに比例する。
速度と距離と体感時間が合わないが、そういうものだと理解するしかない。
「こちらからの伝令用に、一頭欲しいところだな」
「騎乗出来る者が限られておりますし、どうでしょう」
竜護星でも、アシェレスタのみが乗れるという認識である。
「だが、お前は一人でも乗れるのだろう?」
「長くレイナと乗って、認められたのですかねぇ」
こればかりは、アトラスにも理屈が解らない。
「アトラス様、何かその娘、いえ、女性を選ぶにあたり啓示でもあったのですか?」
スールが苦し紛れに食い下がる。
「啓示ねぇ」
不意にアトラスは不敵に微笑う。
「ーー東の白い砂漠である人物に遭った」
「神域の?」
「入られたのですか?」
「入れないでしょう?」
カーム以外の重鎮三人の声が重なった。
「普通は入れないらしい。間違っても行かないでくださいよ。神の祟りはあながち嘘では無い」
「それで、人物とは?」
スールはゴクリと喉を鳴らしながら尋ねた。
「……白い大地に融けてしまいそうな程白い肌、古風な衣装が風に揺れて、濃い紫水晶の様な美しい瞳が私を見ていた」
アトラスの言葉に一同が《《誰》》を想像したのかは明白だった。
「そして一点を指差し、この先に道があると。示された方に行ったら彼女がいた。それを啓示と言うなら、そうなのだろう」
青灰色の瞳が遠くを見つめる。
「夢、幻、白昼夢の類だったのかどうかは判らん。だが示された。私はそう思っている」
はっきり明言されては、もう何も言えない。
この場はお開きとなった。
小噺 五大公の名前
ノルテ:北
クザン:いとこ
ヴェスト:西
リンク:左
ゴーシュ:左
スール:南
リア:後ろ
テルグム:後
オスト:東
レヒト:右
デクシア:右
名前というより誰かどこの領主か忘れないよう、記号みたいな?




