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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
間章
53/374

●〈史実〉月星暦一四四〇年代〜一五三五年

 百年ほど前の月星は、それこそ並び無き大国と称され、各国は一人の王に忠誠を誓う家臣のように月星を敬っていた。

 竜護星も例外ではない。

 この頃は竜護星も国交があったわけである。


 当時、月星には二人の王子がいた。

 王モナクと第二王妃レジーナとの間に生まれた長男の名はジェイド。第一王妃バシリッサの息子である弟の名はアンブル。

 兄弟とはいえ、腹違いである為二人の歳は同じであり、生まれ月も数ヶ月しか違わなかった。


 二人はともに学び、仲の良い兄弟であった。

 子供の時分は互いに、助け合っていけると彼らは思っていた。

 しかし、周囲が放っておくわけがなかった。

 特に王妃達の対立は凄まじいものがあった。

 どちらも我が子に王冠をと思うのは必須で、顔を合わせれば狐と狸の化かし合いの如く毒舌の応酬が始まる始末。


 有力だと思われていたのはジェイドの方だった。

 ジェイドは兄であり、彼の母レジーナは王家の血も流れる筆頭貴族の娘であった。当然後ろ盾も強い。

 対してアンブルの母バシリッサは、前王に取り立てられて第一王妃の位についてはいたが、元は中流貴族の出であった。分は悪い上、アンブル本人にその意志が薄い。


「私はジェイド殿こそが王に相応しいと思います。彼の力になれればそれで満足です」

とアンブルは平然と言ってのける。

「ジェイド殿はともかく、後ろにはあの王妃がいるのですよ。我々は追い出されてしまいます」

「決めるのは父上です。父上の仰せならば、その時は従いましょう」

 泣きつく母に閉口したアンブルは、バシリッサの親族もいるその場で公言してしまった。


 若い時分は、並び無き豪傑と謳われた王も、子供に恵まれたのは随分と歳が行ってからだった。

 王子達が成人する頃には、寝台から離れられない日が続いていた。

 次代の王が必要となるのは、そう先のことではなかったのである。


 モナク王が臨終の間際に次代の王に選んだのは、アンブルの方であった。

 後に神官の手によって開封された遺言状にもその旨は記されており、一度は誰もが納得せざるをえなかった。


 第一王妃バシリッサとその親族は小躍りするばかりの喜びよう。

 アンブルは、まさかその場しのぎとの約束事だとは言い出せず、押される格好で王位を継承することになった。


 一方、ジェイドの母、第二王妃レジーナは怒り狂う。

 ジェイドこそが真実の王。バシリッサは息子に王冠をと思うあまりに遺言状に細工を施したのだと、まことしやかに噂話をまき散らす。


 実際、王の臨終を見届け言葉を伝えた神官がバシリッサの縁の者だったというのも噂に信憑性を持たせた。


 王の喪もあけず、アンブルの王位継承式も行われる前に、国は二つに分裂しつつあった。

 王子達の意思を無視した状況の中、対立は激化していった。


 レジーナの実家が保養地とする東方の地にジェイドを支持する者達を集め、そこを本拠地とすべく設備が整えられ始めた。

 元々、首都につぐ大きな街であり、整備をするのは難しくはなかった。この街は後にジェダイトと改名し、ジェイド派は首都を自称する。


 レジーナは街の整備がほぼ整うと、アンブル派の拠点たる首都に火を放った。幸いにも火災は街の西側と城の一部を焼くだけにとどまった。

 街の中央に位置する城の西側の区画は『死者の街』と呼ばれる墓地にあたる。生者の犠牲は無かったものの、多くの墓が焼け落ち、被害は前王モナクの墓にも及んだ。


 それまでは発言を控えていたアンブルもこの事態には激怒。自ら王と名乗り、ジェイド派を逆賊として成敗することを宣言した。


 これに対してジェイド自身はどう思っていたのかは不明である。

 王位を欲していたようにも見えなかったと言われている。ジェイドはアンブルが次代の王と告げられたときにも顔色一つ変えなかったが、王と呼ばれても否定はせず、アンブルを迎え討つと言い放った。


 母レジーナを不憫に思っての仕方がなしの行動だったのか、彼女の傀儡になり果てたのか、その判断は難しかった。

 ジェイドは自分を見せない男だった。


 それまで月星を慕い、敬ってきた諸々の多くは、沈黙を決め込んだ。

 大国に二人の王が立ち、国も東西に二分。

 野心を起こし、ここぞとばかり攻めようものならば、攻めた方を正統派と認めたことになり、もう一方に背後をたたかれる。挟み打ちになるのは必須だった。

 遠い国は必然的に疎遠になる。

 近隣諸国も、この内戦に荷担する国はわずかだった。たとえ月星側からの要請でも、物資の供給なども双方に行うと、宣言した上でなければ自身の身が危ない。


 決着は彼らの代では終結せず、孫の代まで持ち越されることとなる。

 この頃になると、戦いを終わらせる鍵は、『タビス』が握っていると囁かれるようになっていた。

 この予言をしたのは、遠き異国の王の娘だったと言う。

 『タビス』は常に存在するわけでは無い。むしろ、居ない代の方が多い。

 『タビス』の捜索に、特に熱心だったのはアンブル派の王アセルスだった。

 手がかりは体のどこかにあるといわれる女神の刻印である。

 各都市、領地に布令を出し、張り紙を張り、人を使って『タビス』を探す。

 通常でも『タビス』を出した家には褒章金が出るが、金貨千枚が付加されるとまで言われた時期もあった。

 やがて、『タビス』を得たという声がジェイド派からあがった。

 王の息子だという。

「故に、我こそが正統派であることが証明された」

とジェイド派の王、ライネス・ジェイド・ボレアデスは宣言した。


 しかし、時をほぼ同じにしてアンブル派からも『タビス』の獲得が宣言される。

 こちらもまた、王の息子だった。

 『タビス』が二人同時に並び立つはずがない。

「どちらが本物の『タビス』かは、時が定めてくれる。そして、正当なる王の手助けをしてくれるはずだ」

 アンブル派王アセルスの言葉である。


 その言葉に応じるかのように、ジェイド派の王子は一ヶ月もしない内に死亡したという。

 乳母が目を離した隙の事故だったと伝えられている。


 一方、アンブル派の『タビス』には、王が自ら『アトラス』という名を授けた。

 月星では、王族や貴族に産まれた子供は、神殿にて神官や司祭に名付け親になってもらう、あるいは、名前の一部を選んでもらうのが通例だった為、異例の処置であった言えよう。


 アトラスとは、『天を支える者』という意味である。


 アトラスと名付けられた男児の教育係には、王妃の異母弟のカーム・ヴァン・アキマンが命じられた。

 王妃の実家のある海風星は現在こそ国だが、当時は従属の立場におかれていた。国としての発生の起源が違う為、月の女神信仰を理解してはいても信じてはいない。

 つまり、『タビス』への遠慮が無い。

 幼年期の人格形成時に、『タビス』であっても、きちんとした教育を受けさせる為の処置だった。


 アトラスはわずか十二歳で月星一の剣士と畏れられるほどの腕を持ち、アンブル派の追い風となった。

 指揮官としての技量も発揮し、月星三大騎士団の一つ、攻めを得意とする弓月隊の長をも任された。

 紫の布で裏打ちした黒の外套を羽織り、黒馬にまたがって戦場を翔る姿は、朱い砂漠によく映え、『黒衣のタビス』と異名をとることになる。


 果たしてアトラスは、戦場では異例の一騎打ちで、見事ジェイド派の王、ライネス・ジェイド・ボレアデスに討ち勝った。


 予言通り、『タビス』が七十年以上、四世代に渡る内戦に終止符を打つことになった。


 これが、アンブル派が治める現在の月星に伝わる『()()』である。

()()()()とは限らない』



小噺

モナク:君主

バシリッサ:王妃

レジーナ:王妃

アンブル:琥珀

アンバル:琥珀

ジェイド:翡翠

ジェダイト:翡翠

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