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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
二章 王女来訪編
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■月星暦一五四二年七月⑮〈再来〉

 「誰がお前の存在など歓迎するものか!とんだ、茶番劇につき合わされる身にもなってみろ」


 『ハイネ』は言い、アトラスの踝を蹴り上げた。


 油断。アトラスは痛みにうめき声をもらし、その隙に『ハイネ』は腕の自由を手に入れていた。


「半年の特訓が無駄で無くてなにより」

 皮肉まじりにアトラスは言い放つ。 


 剣術、護身術、拘束された時の脱出方法など、結構色々とハイネには教え込んである。


 ヴァルムが敏感に反応していた。


 アトラスの邪魔にならない程度に立ち位置を決め、加勢をする体制を整えていたヴァルムは、この機に間合いを詰め『ハイネ』を押さえつけようとする。


 アリアンナは叫び声を押し殺し、誰か呼びなさいと叱咤した。


 しかし、おののきながら外に向かおうとした書記官をモースは制し、ライは扉をぴたりと閉め、事態が外に漏れるのを阻止する。


「ヴァルム、せ。手を出すな」

「しかし、アトラス。この者は君に敵意を持っている」


 一方レイナはハイネを諫め、止めさせようとしていた。


「一体どうしたというの?」

「相変わらず使えぬ娘だ。こうも鈍いと、この者も気の毒というものよ」

「何を言っているの?」


 『ハイネ』は冷笑を浮かべた。

 苔色の瞳は鈍く光り、すわっている。

 ハイネらしからぬ顔にレイナが怯む。


「レイナ、下がっていろ」


 間にアトラスが割って入った。

「そうだな。お前はそこでおとなしくしているがいい。私がこうも手を焼かねばならぬのも、お前がこの男をちゃんと殺しておかないから……」


 『ハイネ』の口調も同意ではない。

 終われば次はレイナに的を向けると暗に宣言している。


 その言葉は忌まわしい事実を認めさせるのに十分だった。


「《《憑かれた》》のさ。こいつは」


 重い口調で言い放たれたその一言に、レイナの顔色も変わった。


「憑かれたって、まさか……」

「そのとおりよ!」


 アトラスが答えるよりも早く、『ハイネ』は行動を起こしていた。


 どこに持っていたのか、手のひらほどの刃渡りの短剣をアトラスに振りかざす。


 一年前の惨状を思い起こさない理由がない。

 床に広がった血の匂い。倒れるアトラス。そして文字通り崩れ落ちたレオニスの姿。


 嫌な符号。

 次に塵と消えるのは、ハイネである絶望を思い浮かべてしまったのだろうレイナの顔は恐怖にひきつっていた。


 視界の端にレイナの顔をとらえたアトラスが安心させるように声をかける。


「動揺するな。大丈夫だから」

「でも、ハイネが……」


 アトラスは剣を手にしていた。


 備えて用意していたのは愛用の剣ではない。

 アトラスの手にあるものに気付き、その事実に『ハイネ』は顔をひきつらせる。


「なぜお前がその剣を!?」


 露わになった刀身はあまりにも華奢に見えた。

 アトラスは容赦なく剣を繰り出し、『ハイネ』の攻撃をことごとく封じた。


 力の差は歴然。


 短剣が持っているだけの飾り物と化すのに大して時間はいらなかった。


 半透明の刃が、短剣と触れる度に燐光を放つ。


 ついに、アトラスの剣は短剣を弾き飛ばし、躊躇無くハイネの脇腹を貫いた。


 レイナが声無き悲鳴をあげる。

 アリアンナは口を押さえ、顔をひきつらせていた。


 月星の王子が他国での殺生沙汰。


 状況が分からない者にはそう見えたはずだ。

 剣を引き抜く瞬間、刀身が煌めいた様に見えた。

 ハイネの身体が床に崩れ落ちる。


「……意外と地味だな。もっと閃光が迸るとかあるのかと思っていた」


 まじまじと刀身を眺めるアトラスに三つの声が飛ぶ。


「ハイネは……」

「お兄様、何を……」

「ぼやいている場合じゃないでしょう……」


 鳶色の髪を散らして力無く床に仰向けに倒れたハイネに駆け寄ったのはモ―ス。

 レイナは立ち尽くしたまま動けない。


「気を失っただけですな」



 ハイネには傷口があるわけでもなければ血が流れた形跡もない。


「この剣で、人を傷つけることはできない」


 冷静を努めてアトラスは言った。


「でも、魔物は?」

「もういないよ。浄化され、その存在は無に還った」


 アトラスは不安げなレイナに笑いかけ、ハイネの頬を軽くたたいた。


「もう大丈夫だろう? 起きろよ」


 ハイネは目を開いた。

「僕はいったい……」

 起きあがることはできたが、身体を支える腕がふるえている。

「憑かれていたのさ」


 レイナが咎める視線を投げかけたが、隠していても仕方が無い。


「魔物だよ。あの、レオニスに憑いていた奴だ」


 ハイネの顔がこれ以上ないほど蒼ざめた。

 足元に転がっている短剣を見て、何があったかを自覚したらしく、片手で顔を覆う。


「どんな邪に捕らわれていたよ?」


 立ち上がるのを助けながら、アトラスは囁いた。

 ハイネは答えなかったが、アトラスには容易く想像はついた。

 ハイネの視線がいつもレイナを追っていたのは気付いていた。


 正式な会談の場であった為、ここには書記官なども同席している。


 居合わせた者達は、手出しをすべきか否か、状況を判断できぬまま、アトラスとハイネとり囲んでいた。


「お騒がせしてすまない」


 口を開いたのはアトラス。


「俺は先日、唯一魔物を廃せるという剣を入手した。しかし、魔物を退治するには、人に取り憑いた状態でなければ適わない。表向きは伏せてあるが、暴君レオニスは魔物に侵されていた。レオニスに憑いていた奴が、再びここに戻って来るのは判っていたから、ハイネに依り代になってもらうよう頼んであった。五年近くもの間、独り囚われていた、自身も《《アシェレスタ》》である彼の精神力は決して柔なものであるはずがないからな」


 いきなりふられ、ハイネは唖然とした顔でアトラスを見つめた。


 アトラスが頷いてみせると、ハイネは表情を一巡させ、最後に笑い出した。


「なんだよこれ、聞いてないよ。体中の力を根こそぎ奪われたような感じだ。だけど、凄い開放感。……なんだか色々どうでもいいや」


 アリアンナが進み出て、ハイネを支えた。

 その表情には敬意が含まれている。


 レイナがすと、アトラスの隣に立った。


「言っておいて欲しいわ」

「同感でございます」


 いつのまにかモ―スも並び、渋い顔をしている。


 常に人より一歩先を考えるモースにもこの事態は想定外だったらしい。


「警戒されたら炙り出せない。時が来たら話すと言っただろう?」

 言ってはみたものの、二人の刺さる様な視線が痛い。


「説明します」

「そうして下さい」


お読みいただきありがとうございます

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