■月星暦一五四二年七月⑬〈決意〉
翌朝、アトラスが目を覚ました時には、レイナの姿は部屋には無かった。
昨夜のことは夢だったのかとさえ思ったが、乱れた寝具にほのかにぬくもりが残っていた。
ほんの少し前までレイナが確かに居た実感に、気恥ずかしながらも穏やかな自分にアトラスは気づいていた。
長い話をした。
初めて見せてしまった弱みに、レイナは優しかった。
寝室に場所を移してぶつけ合った気持ちの毅さに戸惑いつつも、互いに心の在処を知った。
見慣れていたはずの人物の意外な一面に気づいたのは、アトラスも同様だった。
月灯かりに浮かぶ横顔の、長い睫毛を見つめているうちに眠ってしまったようだ。
身支度を終えて廊下への扉を開けると、にこやかなライの顔がアトラスを出迎えた。
「おはようございます、殿下」
「……ここで何をしている?」
「重要なお客様ですので、私が自ら警護をいたしておりました」
にっこりと、意味あり気にライは微笑している。
「その分ですと、じっくり『《《お話》》』が出来たようですね」
「お前の差し金か……」
「私は警護していただけです。男女間の諍いは、じっくり話し合った方が良いですからね」
繰り返すライを睨めつけて、アトラスは溜息をついた。
実際に入れ知恵したのは奥方の方だろうが、厄介な相手に借りを作った気がする。
「陛下もすっきりしたお顔で、誰にも見咎められずに、自室に戻られましたよ」
深々と溜息を吐くアトラス。
だが、纏う空気が柔らかい。
「ライ」
呼びかける声音に真摯なものが混じる。
「俺は月星に帰る。そして然るべき地位と力を取り戻してくる」
アトラスが言外に込めた決意を、察しの良いライは取り違えたりはしない。
「ならば、この報せは丁度いいかも知れませんね」
口元の笑みを消してライは告げた。
「月星から、また使者が到着したそうです」
ファタルからの早馬での報せだった。
察してください……




