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タビスー女神の刻印を持つ者ー  作者: オオオカ エピ
二章 王女来訪編
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■月星暦一五四二年七月⑧〈苛立ち〉

「相当機嫌が悪そうですね」


 それが、朝一番に近衛隊の隊舎に現れたアトラスを見たライの第一声だった。


 ライはかつて所属していた誼で、よくここに顔を出している。


「ちょっと付き合え」


 有無を言わせずに、ライを連れ出す先は中庭。

 やれやれといった風に、ライは剣を構えた。


 まともに相手が務まるのは、ライとレイナ位なものだから仕方が無い。


「そんなにカリカリしなくても、あの場に居たのは限られた面子です。公表するにしても、少しは猶予があるでしょう。対策を立てられる筈です」


 アトラスは視線だけで城を示した。


「今朝登城した連中はな、揃いも揃って年頃の娘を連れて来た。月星の王女様と是非お会いして、色々なお話を聞きたいんだとさ」


 その為、急遽お茶会が開かれることになり、今頃厨房はその準備で大騒ぎだ。


「なるほど。それは心から同情します」


 人の口に戸は立てられない。

 特に、女性のその手の能力は侮れない。


 明日の今頃にはアセラの街中に知れ渡っているだろう。


「それでこの荒れ具合ですか」


 アトラスの打ち込みを受けながら答えるライは結構必死だ。

 今日の剣は一つ一つがやたらと重いとぼやく。


「因みに、執務室から離れられない女王に代わってホスト役を務めるのは、お前の奥方だそうだ」

「ペルラが?それは、なかなか強烈ですね」


 ペルラはブライト家の傍系の娘であり、レオニスの愛妾だったという、なかなか凄まじい経歴を持つ。始祖アシエラを彷彿させる色素の薄い色の髪を持つ美しい女性だ。


 半年前、アトラスが出かけた直後にライと結婚し、今は一の郭にあるファルタンの屋敷を住居と構え、共に暮らしている。


「まあペルラなら、そう変な事にはならないでしょう。この国のお嬢様方には些か恐い存在ですし、あれで、話術には長けています」

「まあな……」


 ライの言葉の三割はのろけと差し引いても、頭の回転の早い女性であることはアトラスも認めていた。


 毒舌だがな、とは言わないでおく。


「ライよ、タビスは倒れていられないのさ」

「ああ、その件ですか」


 得心したように頷くライ。


「でも、大丈夫でしょう? 目覚めたあなたが大人しく寝ていたのは三、四日のことですから、そこ迄重傷だったとは誰も思っていませんよ」

「ペルラは知ってたけどな……」


 苦い口調でアトラスは思わず呟く。


 寝付いていたその短い間に、怒鳴り込んできた人物がまさにペルラだったことをライは知っているのだろうか。


 女性は髪を伸ばし結い上げるのがあたりまえの世の中で、レイナの髪が短い原因がアトラスとの喧嘩にあったと知ってのことだった。

 動けないアトラスの耳元で、傷に響く金切り声で延々と文句を言われたのには辟易したものだ。

 鬘や髢をつくるにもレイナの髪色では調達が難しい。一口に亜麻色とは呼んでいるが薄紅がかった、やや変わった光沢をしている。

 レイナがそれなりの『お嬢さま』であることは持ち物や身形からある程度は想像の範疇だった為、そういうこともあろうかと断ち切ったおさげを回収してあったと知って、やっと解放されたのは苦い記憶でしかない。


 話はそこでお終いになった。


 いつのまにか、彼らの周りには人だかりができていた。

 アトラスが剣を仕込んだ隊員達である。

 二人が打ち込みをしていると知って、集まってきたのだった。


「皆の半年分の上達を確認してやって下さい」

「おぉ、いいね。纏めてかかって来い! 俺はそこそこ強いからな」

「そこそこなものですか」


 やっと解放されたライは、痺れた手をさすりながら、呟いた。

お読みいただきありがとうございます

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